36.子供の肌って柔らかいよね
前回のあらすじ
ミリアから逃げようとしたら、バトルになったよ。
おわり!
くそっ、無駄にミリアが強い。冒険者を目指しているのは伊達じゃないってことだな。
突然、ミリアがこちらに手をかざしてくると、
「”捕縛”」
と言う。また詠唱は聞こえなかった。
あ、体が動かん。これは魔力壁か。全身に纏わり付かせて動けなくするんだな。
しかし、この体なんぞ俺にとっては使い捨てでしかない。
「一度、動けなくなってもらいまし――あっ!」
さらっと顕現しなおす。ミリア、忘れていたのか。ドジっ子め。
ミリアは悔しそうに顔を歪める。
この戦い、終わりが見えない。このままなら俺が負けるはずは無いし、ミリアに対して俺ができることはもうほとんどない。
でも、ミリアが当初の予想通り、何か最終手段を持っている可能性がある。
停戦を申し込もう。
俺が口を開こうとすると、
「ロー、私に借りがありますよね。今日一日大人しくしなさい」
それかぁ。そっちかぁ。
もっとこう魔術的な手段で来ると思ってたのに、隠し持ってた手はそれだったのか。
「え、それはそうけど。でも今は――」
「借り、がありますよね?」
「……はい」
ぐぬぅ。卑怯だぞ。
ミリアは悔しそうに言う。
「こんなに早く使うはずじゃなかったのですが、仕方ないですね」
はぁ、悔しいのは俺の方だよ。それに、最初の蹴りはめちゃくちゃ痛かった。
「とりあえず、皆にかけた魔法解いてあげてください」
これは当然の要望だな。
そういえば、どうやって解けばいいんだろ。
幻惑がかかっているんだから、状態異常を直す魔法をかければいいんだろ?
……何それ知らない。
「なあ、ミリア」
「何ですか?」
「なんか良い魔法知ってる?」
「もしかして、自分で使った魔法なのに、治し方を知らないのですか?」
そこで、一度ため息をつくミリア。
一対一でかけた魔法なら解除すればいいんだろうけど、ばら撒いちゃったからねぇ。
「詠唱魔法でかけた魔法の対処法はあるんですけどね、精霊が掛けた正体不明の魔法なんて、普通解けるわけないですよ」
いや、多分二、三日で解けるとは思うけどな。
「詠唱魔法の時はどうするんだ?」
「大抵は、対応する聖もしくは無属性魔法が確立されています。魔物の魔法についても同様です。例外は病気をもらった時で、その場合は魔法で対処するのは難しいです」
なるほど。つまり打つ手はないと。
もしかしなくてもやらかしましたね。
「何を勝手に諦めているんですか。怒られるのは私なんですから、何とかしてください」
何とかって言われてもねぇ。俺自身教わった魔法を真似ているだけなので、どうして人間に作用するのかわかってないんだよね。ただそういう状態を引き起こす因子を流しただけで。
あ、思いついてしまった。
気が進まねぇ。でもやるしかないか。
「ミリア、ちょっと自分にかけてみて解析してみるから」
あんまりできるかどうか微妙だが、可能性があるとすれば、やるっきゃない。
「自業自得ですね。いってらっしゃい」
いってらっしゃいってどういう意味だよ。やれやれ。
目の前にちょこっとだけばら撒いたのと同じものを生成する。あの時は体に付かないように魔力壁を張ってたから、何ともなかった。
吸い込んでみると、それはそれは気持ち悪い気分になる。頭痛がして、視界が歪んで、どんな音も黒板をひっかいた時の音のような不快なものに変わる。
下手をすれば発狂しそうなものである。子供たちがこうなっていたら、二、三人死んでいるかもしれないので、ただの吸い込み過ぎだ。
この状況ではロクに頭が回らないので、一号の時のように感覚だけアクセスを外す。その瞬間、完全に一体化している体を引きはがしたので、痛みのようで少し違うよく分からない強烈な不快感を感じた。
ふう、外してしまえばどうってこたない。すごく気持ち悪かったけどな。
そして、幼女な体を調べる。――字面自重せよ。
因子は取り込まれることなく付着したままなので、表面を浄化して破壊すれば行ける気がする。
浄化して、アクセスを元に戻す。その瞬間も、いろいろな感覚が一気に流れ込んできて、少し立ちくらみのようになった。しかし、問題の不快感は完全に消えている。
意外と簡単だったな。
「おーい、ミリア。やり方わかったぞ」
「それなら、ちゃっちゃとお願いします」
ミリアは手伝ってくれないらしい。
仕方がないので、子供たち全員を包み込むように浄化し、同時に放つ魔法で因子をすべて破壊する。因子は純粋な魔力なので、拠り所がなければ拡散しやすい。だからこそ水蒸気に混ぜたのだが、空気中では拡散し易いので、更に散らしてしまえば早く消える。
徐々に気を取り直す子供たち。使うときは気にしていなかったが、今までで一番エグイ魔法になってしまった。少し罪悪感がある。
しかし、立ち上がった子供たちは、割とケロッとしていて、思った以上に効果は薄かったんじゃないかな? そうだと言ってください。
そんな子供たちを見て、ミリアが声を上げる。
「みんな大丈夫? まだ気分が悪い人は回復かけてみるから、こっちに来てね」
ガキッズの二人がよろよろとミリアに近づいた。
ちっこいのには辛かったようだな。……凄い罪悪感。
ミリアがその二人に”疲労回復”の魔法を使い、気休めのような治療をした後、地獄が始まった。
手始めに、子供たちからもみくちゃにされて、体中をつつかれ、髪を触り撫でられ、服を脱がされ――ちょっ、脱がすな!
それが終わると、ルールが広めやがったのだろうが、魔法を見せろ見せろと騒がれ、一回やったらアンコールが来て、また見せろと騒がれる。
そしたら今度は、朦朧としながら俺たちが戦っているのを見てたやつがいるのか、ミリアとの模擬戦をせがまれる。サンドバックにされかねないのに誰がやるかと思っていたが、ミリアは乗り気だった。
一方的にやられたくはないので、みずでっぽうを主体とした弱ポケ○ン魔法で応戦する。そのすべてを避けたミリアは、さっきの戦闘のように突進してきて、ガードする暇もなく格ゲーかと言わんばかりの三コンボをぶち込んでくる。当然ながらめちゃくちゃ痛かったが、子供たちは大盛り上がりだった。
幼女をぶん殴るって、絵面的にどうなのよ。……喧嘩程度なのかなぁ。
ここでお昼になって、漸く俺に平和が訪れたのだった。




