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精霊生活に安息を  作者: 鮭ライス
ハーフエルフの村
36/80

32.何か大切なことを忘れている

前回のあらすじ

 翌日になって、ムルアに抱き着かれたローは狼狽して一号を忘れ、取りに帰ったのだった。

終わり!


 家に戻ると、食堂にはまだムルアが残っていた。抱き着かれたのを思い出して、再び顔が熱くなるのを感じる。

 顔を見られないように急いで部屋に戻り、ドアを閉める。

 一息ついて、一号を動かすために体を一度消す。体を消してから来ればよかったと気が付いたが、もう今更遅い。

 精霊体に戻ったことで、ようやく落ち着きを取り戻した。


 人間の体を使っていると、どうも感情が高ぶりやすい。同じように、ミリアやハルト、妖精たちといる時もたまに調子に乗ってしまっていた。人に触れたり、実際に人間になっていると、感情の波が大きくなると言うことだろうか?

 体を使うのも一長一短だな。


 そんなことを考えながら、練習人形君一号にアクセスする。つい昨日使ったばかりなのに、何だか久しぶりのような気がする。


 部屋を出て廊下を歩きだすと、後ろからムルアの声が聞こえた。


「ロー君ちょっと待って。今着替え持って行くから」


 さっき帰って来たのを見て、一号を取りに来たのだと気が付いたのだろう。

 すぐに、後ろから足音が聞こえて来たので、振り返る。


「はいこれ。こちが下着で、これが上着と上履きね」


 上履きと言ってもスリッパではない、ズボンのことだ。今更だが、何故テントが通じるのか、これが分からない。

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 ムルアは葉っぱの服はひどいから、服を着せたくなったのだろう。


「ありがとうございます」


 と、男の子っぽい声でお礼を言うと、


「どういたしまして」


 と聞こえた。

 ムルアが食堂の方へと向かったので、俺は一度部屋に戻ってから着替えることにする。


 ドアを閉めて、葉っぱの服を脱……げないので糸を切って葉っぱが落ちないように脱いでから再び縛りなおしておく。

 下着だと言われたものを広げると、綿のような生地のブリーフだった。それを履いてみたが、ゴムもないのにしっかりと履けてずり落ちない。

 履き心地も生地も幼女形態の初期装備パンツと似たようなものだった。

 穴が開いていても男女兼用とか言って売り出せるかもしれない。……冗談です。


 ズボンと上着はこの世界でよく見る白いシャツとこげ茶色のズボンだ。このズボンはどうやら何かの皮でできているようだ。履き心地は微妙。白いシャツは普通。


 さて、今度こそ出かけますか。




 午前中は昨日と同様にミリアと混ざって一号の稽古をした。

 午後は今日も座学だそうで、試しにランポさんに魔法の本があるか聞いてみた。


「魔法の本かい? それなら少しだけ家にあるから、ミリアちゃんと一緒においで」


 やったぜ。


 というわけで練習人形君一号のまま、ランポさんの家にやってきた。見た目はほかの家と同様にログハウスだ。だが大きい。他の家の二倍くらいはある。家というよりは屋敷という感じだ。

 茫然と見つめていると、


「ランポさんの家はこの村で一番大きいんですよ」


 と、謎の情報をミリアがくれた。ちなみに、一号は俺の感情を反映するようにできていない。あくまで人形だからだ。つまりは完全に無表情を保っているのだ。たまにまばたきはするけどね。

 当然、茫然と見つめていたのは俺であって、一号ではない。俺には顔がないからいくらミリアでも俺が注視している方向は分からないはずなのだ。

 何が言いたいかというと、エスパー怖い。

 でも、その情報凄くどうでもいい。


 ああ、何かミリアに睨まれた。ほんとに心読んでない? 怖いんだけど。


「ミリアちゃん、ロー様。どうぞ中にお入りください」


 傍から見たら俺たちはただ立ち尽くしているだけだろう。ランポさんさんにそう言われて、ミリアに続いて家の中に入った。

 中は特別凝った内装もなく、やさしい木目の壁と、いくつかの花が花瓶に刺さっているだけだ。玄関は広々としているので、少し寂しく感じる。目の前はすぐに廊下になっていて、ちょっと先が丁字になっている。


「ミリアちゃんはいつもの部屋で待っててください。私もロー様を書庫へご案内した後に、向かいますので」


 ミリアはランポさんの声に頷いて先を歩いて行き、廊下を右に曲がっていった。


「ではご案内いたします」


 ランポさんのこの立ち振る舞いを見ていると、まるで執事のようだ。でも、さっきミリアがランポさんの家だと言っていたので、執事なわけはない。それに格好が普通なのでもったいない。ミリアのパジャマがどこで作られたのか、謎である。誰か燕尾服作ってくれないかな。


 ランポさんに続いて歩いく。ミリアとは逆に廊下を左にに行くと扉が二つがあって、その先が更に右に曲がっている。そのまま道なりに右へと曲がると、右側に一部屋正面の突き当りにもう一つ扉がある。

 ランポさんは右手に合った扉の少し奥で止まり、


「こちらが書庫となっています」


 と言って扉を開ける。中は割と広く、屋敷の真ん中の部分は殆ど書庫だろうと思われるそこには、一つだけ社長室にあるような机が右にあり、それ以外は本棚がいくつも並んでいる。


「魔法に関する本は大体左奥の方にまとまっています。そちらの机の紙と筆はお好きにお使いください。何かありましたら、最初の通路を右に曲がっていただいた突き当りにおりますので、そちらまでお越しください」


「ありがとうございます」


 そう返すと、ランポさんは恭しく一礼をして部屋を出て行った。


 この部屋は一人で管理するとしたら相当大変だ。メイドの一人や二人いそうなもんだな。そうでなければ、何か魔法でやっているのだろう。


 早速本を探してみるとしますか。

 言われた通りに左奥に向かうと、一つの大きな問題があることに気が付く。

 俺、文字読めないじゃん。

 なぜ本を読もうと思ったのか、不思議だ。魔方陣を作るときに、ここの文字分かんないから日本語でいいやって思ったばっかりなのに。

 誰か呼んできて本を読んでもらうのもアレなので、ここは大人しく挿絵でも眺めて、出来そうなら文字も覚えることにしよう。日本語が基礎だから、文字の種類もえげつないほどありそうなので、既に諦めているけどな。

 適当に近くにあった出来るだけファンシーな見た目の本を手に取る。その表紙時点ですでに絶望的だ。理由はその文字が活字でないことにある。ほとんど筆記体のようにさらさらと流れる文字。

 なぜ異世界に来たのに、文字が読めるようになったりするチートがないのか。理不尽じゃないか。そもそも、死んでしまったはずであるのに、異世界にやってきていること自体が理不尽ではあるが。


 元の世界の俺の死体はあの後どうなったんだろうな。死ぬ前に人が通りの反対にいたような気がするので、その人が気づいて通報してくれたのだろうか。

 何もしていなくても死んでいたとは言え、転んで後頭部を強打して死亡ってすごく地味だよな。出来る事なら、轢かれたことになって、慰謝料ふんだくって、少しでも親や兄が幸せ(?)になってくれたらいいなと思う。


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