31.ミリアとムルア
前回のあらすじ
二度目のガキどもの襲撃を何とか乗り切り、その後、夕方まで掛かって人形を保存する魔法を何とか作り上げた。
おわり!
何はともあれ、暫くは練習人形君一号も腐らずに済むだろう。
とりあえず家に入ろ……う?
この体にアクセスしたまま入るのか? 大丈夫かな? 察してくれるかな?
ここはムルアがいないことを願って入ろう。
ガチャッ
そっと開けようとしたが、ドアの取っ手は無駄に大きい音を立てた。無慈悲な。
入ってみると、今回もラン以外は誰もいなかった。
一安心だな。
ランは全く違う体を操っているのに、分かっているのか尻尾を振って出迎えてくれた。
可愛い奴め。
背中を軽くなでて、勝手に自分の部屋になったと思い込んでいる部屋に向かう。
分かっていたが、部屋には誰も居ない。
布団を見ていると、今日はいろいろあったから疲れたな、って思えてくる。実際疲れてないわけではないが、眠ることを強いられてるんだ。
練習人形君一号をベッドの横にある椅子に座らせ、顕現してベッドにダイブする。何とも言えない幸せとぬくもりに包まれて、俺は目を閉じた。
……。
明るいブラウンの髪と小豆色の瞳、薄桃色の肌を持つハーフエルフの少女、ミリアは客室のドアを開けた。そこには赤い夕陽に照らされる黒髪の男の子と薄緑の髪を持つ不思議な女の子がいる。男の子の方は葉っぱを糸で結んだだけという原始的な服を着て椅子に座っていて、死んだように目を閉じて動かない。女の子は布団もかけずにベッドに横になり、すぅすぅと小さく寝息を立てている。
ミリアは、そんな女の子、ローをドアから遠目に見つめると「かわいい」と満足げに頷きながら呟く。自分で作ったのだから当然だと言わんばかりである。今度は男の子の方に近づいて、しげしげと見つめる。こちらはミリアが見るのはまだ二度目だ。男の子の父親と同じ肌の色を持つのに、どこか特徴的な幼い顔つきをミリアは見たことがなかった。ローが人形だと言っているのを聞いていたので、ミリアはこの顔をそういう人形なのだろうと解釈した。
ミリアはこの男の子の人形を触らないほうがいいかと思ったが、少し逡巡してすぐに触り始めた。肌は冷たいが、触感はプニプニしていて柔らかい。漆黒の髪は少し癖があるようで、ガサガサしている。閉じた目をこじ開けてみると、黒い瞳が、鏡のように楽しげなミリアの顔を映している。手を持ってみると、とても重い。寝ている人間は重く感じると言うだけのことだが、それを知らないミリアは何か重いものが入っているのではないか当たりを付ける。それから、体を前に倒してみると、背中に魔法陣のような、しかし見たことのない図形と文字が刻まれていることに気づく。白と水色の円によって構成されるそれは、稼働してるようには見えず、ただそこに書いてあるだけだ。
ミリアはこれを使えば人形を動かせるのではないかと考えた。それは事実ではなかったが、そんなこと魔法陣の造詣が深くないミリアには知る由もなく、ワクワクして省略詠唱で”作動”の魔法を使う。すると、白い円の中の水色の針が、少しずつ動き始めた。成功したと思いミリアは嬉しそうに顔をほころばせて、人形を座り直させてみたが、目を開く様子すらない。もう一度背中を見るが、水色の針は動いているが、それ以外に特別なことはない。ミリアは悔しそうに口をすぼめ、人形を操ることを諦めた。
それだけで帰るのは悔しかったので、ミリアはベッドに横たわるローのそばに座り、その褐色の頬を手で摘まんでぐるぐると動かす。ローは顔をしかめて苦しそうにするが、まったく起きる気配がない。そんな反応に満足して微笑んだミリアは、頬から手を離し、薄緑の髪を二度撫でてから立ち上がる。そこで、ローがサンダルを履いたままなことに気が付いて、脱がしてあげた後、「困った子ですね」と勝ち誇ったように言って、部屋から出て行った。
「ロー、起きて!」
ミリアの声が聞こえる。
寝ぼけた体を起こすと、ミリアは
「稽古に行ってきます。今日も来るならどうぞ」
と言って、部屋を出ていく。
ふと、練習人形君一号が目に入る。
あ、やべ。昨日魔方陣作動させるの忘れた。
俺は急いでベッドを飛び降り、靴も履かずに一号に駆け寄る。どうやら、腐ってはいない。背中を見てみると、止まりかけてはいるが針が時々動くのが見える。
ひやひやしたけど、寝る前に作動させてたみたいでよかった。
そう思ってほっと一息つく。
あれ、ミリアの奴稽古に行くって言ったか? じゃあもしかして朝食すっ飛ばしたのか? がっつり寝たなぁ。
ミリアのことだから、朝食を食べさせないために起こさなかったのかもな。
……そういえば、この部屋って客観的に見ると男女――幼い子供である――が一晩明かしたってことだよな。なんか卑猥。
ガチャッ
再びドアの開く音がする。
「ローちゃんいるかしら? ……あら?」
声をかけながら入ってきたのは、ムルアだった。
おい、誰かさんがフラグを立てるから、この状況を知らない第三者が入って来てしまったじゃないか。
「……ローちゃんと、ロー君がいる。……分裂出来るの?」
んー? ああ、そっか。ランベルトから一号のことも聞いてたのかな? ランベルトは普通の人間だから、一号が俺の別の体だと勘違いしていたのだろう。
誤解を解かねば。
「こっちは人形だから」
その一言で、どういうことか気づいてはっとした顔をするムルア。理解が早くて助かる。
「なるほどね。昨日ランベルトが言ってたロー君は人形だったのね」
そう言いながらうんうんと頷くムルア。そのしぐさはミリアと似ていて、やっぱり親子なんだなぁと思う。
ムルアはもう一度何か思い出したように言う。
「ああ、そうそう。ミリアが言ったからご飯作ったのよ。あの子、もったいないから作るな、なんて言うからこっそり作っておいたわ」
マジですか。有り難いけど、余計に申し訳なく感じるな。
「その代わり」
ムルアはそう言って手招きしている。いったい何だろうか?
裸足だったのを思い出して、サンダルを突っかけながらドアのところにいるムルアのもとに行く。
すると、
急に視界が暗くなる。なんかいい匂いもする。
あ、あれ? どうなったんだ?
次第に背中を手で押さえられてるのに気が付いて、顔が熱くなるのを感じる。
ちょ、ま。え? 抱き着かれてる。
ミリアの母とは言え、見た目は十代の美少女だ。そんなんに抱き着かれたら焦りもする。
ヤバい。こんなの、アレがた……たない。今は幼女だった。
でもいろいろと駄目だ。俺の人間だったころの気持ちが混乱して頭が沸騰している。
暫くして、開放してもらえた時には、頭のねじが二、三本どっかに飛んで行った気分だった。
朝食はもらったのだが、正直、何を食べたか覚えていない。
その後、フラフラと広場に向かったのだが、練習人形君一号を忘れたのに気が付き、一度家に戻るのであった。
落ちたな(確信)
鮭「あんれー?美人は三日で飽きるんじゃなかったんですか?」
ロー「うぜぇ……」




