20.木陰のトラブル
前回のあらすじ
町を出て、ミリアにかけっこで負けた。
おわり!
今回はほんの気持ち程度長め
「”疾風走”」
お? おおーっ! これは便利だな。体が軽いなんてもんじゃない、まさに風になったような気分だ。少し残念なのは、魔法の性質上、風が切って走ることはできないということだ。
速度も、さっきまでの1.5倍は出ている。休憩をはさんでも、夕方には村に着くだろう。
そのままの勢いで、一気に丘を駆け上がる。本来の道は、いくつもある丘陵の谷間を抜けるようにあるが、草がそれほど高くないので、遠慮なく真っ直ぐに突っ切っている。
「さすがにローは一度で使いこなしましたね」
そんな俺を見たミリアが放った言葉だ。ミリアは、先行しながら一瞬だけ悔しそうな顔をこちらに向けていた。上手くできなくても、また置いて行くつもりだったのだろう。
「まあ、一度見たからな」
それにしても、改めて中々に上手くできた魔法だと思う。少し複雑だが、何回か練習すれば詠唱に頼らずとも、自分でも発動できるはずだ。
そんな感じで、ひたすらに走り続けていると、丘の上に一本のやや大きな木が立っている場所が在った。
なんで一本だけ生えたんですかね?
「時間もちょうどいいので、あの木陰でお昼にしませんか?」
ミリアが後ろを振り向いてそう言った。ちらっと下を見ると、影はほぼ真下に出来ている。つまりは2時間ほど走り続けたわけか。
「いいんじゃない?」
木陰に辿り着くと、ミリアは不機嫌そうにこちらに手を伸ばしている。
「鞄下さい」
はいよと言って、糸を外しミリアに手渡す。バッグがなくなって、中々の解放感だ。
バッグを受け取ったミリアは、
「これだけ走ってもお腹もすかないなんてローはずるいですね」
こっちは精霊だしなぁ。
「俺は仕方ないだろ。それよりも、これだけの間走りっぱなしで、ほとんど疲れが見えないミリアはすごいよ」
一応フォローしておいた。道中ほとんど減速しなかったので、単純に計算して60キロほど走ったんじゃなかろうか? アップダウンもあったのだし、こっちの元の常識からすれば、とんでもないことだ。本心からすごいなって思う。
「そうですか?」
あんまり褒めきれてなかったけど、ミリアは大分照れている。ちょろい。一昨日のことなのに褒め殺したのが懐かしいな。あの時はもっと恥じらっていて可愛かったのに。
今も可愛いよ。嘘じゃないよ。美人は三日で飽きるって本当なんだなとか思ってないよ。
「何で一人で百面相してるんですか。なんか変なこと考えてないですよね」
なんか、睨まれた。
って、「なんか」じゃないよ。顔があるのを忘れてたよ。触れなければ何考えてもバレないと思ってたけど、顔に出るんじゃ意味がない。人間の時から、嫌な顔が出やすいから他人に嫌われてたのに。と、トラウマが。
……一刻も早く体を消さねばなるまい。
「ローは面白いですね」
ミリアの機嫌治ってるし。フフッて笑ってるし。そんな面白い顔をしていたんだろうか? 結構暗いこと考えてたはずなのだが。
もしかして、Sだから逆にってことか? そういうことなのか?
ミリアが昼食を食べている間、暇なので木に登った。
「どう? 擬態できてる?」
ミリアに聞いてみると、まさに毛虫を見るような目でこっちを見てきた。お願いだから、なんか言ってよ。
そんな願いが通じたのか、ミリアが口を開く。
「パンツ丸見えですよ。恥ずかしくないんですか?」
恥ずかしに決まってんだろ! なぜに早く言わないし。
糸で服の裾を抑えてから再び上って、幹の上に座った。
ミリアは下から俺の顔を覗き込んで、
「ローちゃんかわいいですよ」
やかましい! あー、顔が熱くなってきた。
そんな俺が顔を背けるのを見て、ミリアがニヤニヤしてるのが手に取るようにわかる。またお仕置きしてやろうか?
ミリアの食事が終わったようだ。今は、出した荷物を片付けている。その間暇だったので、鼻歌歌いながら、木の上で遠くの景色を見ていた。東の山脈が一部見える以外は、ほとんどが地平線に隠れている。日本だとこんな場所はない気がする。だから、新鮮な景色を楽しんでいた。
そんな折、進行方向の左側、つまり南側から黒い影が近づいてくるのが見えた。
「おーい、ミリア。なんか南から来てるぞ」
報告しておいた。
ミリアは南の方を見て黒い影を捉える。
「っ!! あれ魔物!」
「え? あれがか?」
確かに凄い速度で近付いてきてはいるが、サイズはそんなに大きくないように見える。大きくなければ魔物でないわけではないが、小さい魔物は多くはない。しかも近づくに連れて段々と見えるようになり、やはり魔物ではないと確信できる。なぜなら、それは見れば見るほどにただの黒い犬だからだ。口を開けて走ってるから、牙が長くないのも見えるし、目もオオカミみたいに鋭くはない。
「ただの犬だろ? あれがオオカミだっていうのか?」
「何言ってるんですか! 犬だってわかってるんだったらそんなのんきなこと言ってる暇はないってわかるじゃないですか!」
え? さっぱり分からん。どういうこっちゃ。
そんなやり取りをしている間にも、黒犬はあと1分もすればこちらに辿り着きそうだ。
俺は、荷物を木の裏に隠した後に、不安そうに身構えているミリアの横に降りる。
「なんで降りて来てるんですか? ローは離れて魔法でも使っててください」
「なんで犬相手にそんなビビってるのか知らないけど、そんなんじゃいても意味ないだろ」
あいつら、こっちがビビってると、平気で吠えたり噛んだりしてくるからな。下手に出ちゃいかん。
そうこうしてるうちに黒犬は目の前だ。あの勢いで突進されたら困る。絶対噛みつかれる。
咄嗟にでかい音を出すと言ったらやっぱり柏手だ。吠えてくる犬は大体これで黙るからな。教わったときは、手を少しずらして叩くって聞いたが、両手を指とその間の窪み、手のひらの凹凸が合わさるように密着させて、接する面積を増やして手を叩く、それだけだ。
パァン!!
案の定、俺たちのもとに辿り着く前に、動きを止める。急にやったからか隣のミリアも驚いて声が出せない様子だ。
驚かせたら……どうすんだっけ? 野良犬はそこまで詳しくないんですが……。
とりあえず俺の方が弱いとなめられないように、肩を広げて歩いて近付く。ミリアが、動けないんだから仕方がない。
「え、え? 何やってるんですか!」
後ろからミリアの声が聞こえる。
「まあ、見てろって」
黒犬はこちらを警戒しながら、グルルルと威嚇している。やっぱ近づかないほうがいい気がしてきた。
近付いちゃったから逃げるのは危険かもな。まあ、ミリアはいけるでしょ。多分クマと会ったときと対処法は一緒じゃないかな。
「ミリアはこっち見たままゆっくりと下がって隠れて」
そう言って俺は対ミリアにも使った、ねじり糸をこっそり黒犬の横から近づける。黒犬の方もその音に気が付いているのか、こっちを見据えたまま両耳が複雑にピコピコ動いている。耳はかわいいが、顔は怖い。
両手両足と体、ついでに口に引っ掛けるための糸の準備ができた。犬相手にやりすぎな気もするが、万が一ってのもあるからな。
魔力障壁を目の前に展開すると同時に糸を高速で動かす。犬もその瞬間にとびかかってきたが、遅い遅い。その後は、糸で縛って地面に縫い付ける。これで上手く野良の黒犬を捕獲できた。
「ふぃー。何とかなったな。おーい、ミリアー。もう大丈夫だぞ」
そう言って振り向くと、昨日らからひょこっと顔を出すミリアと目が合った。その目は心配そうにこちらを見据えている。
あんなに怖がってたし、犬嫌いなんだろうな。割とよく犬にトラウマ持った人っているよな。
さて、流石に犬を飼うわけにもいかないし、どうしたもんかね?
ローがうらやましくなったので補足、あいつは自分が美少女だから美人は三日で飽きるとか言えるんだよ。二日しかたってないし。




