19.奇妙なかけっこ
前回のあらすじ
ローのせいで女将さんに怒られたミリア。そして朝食へ……
おわり!
朝食の後、食器を戻してきたミリアは、バッグの中から堅いほうのパンを取り出し、バリバリ食べ始めた。足りなかったようだな。
対して、俺の方は物足りないということも、食べ過ぎたということもない。そもそも、おなかが空いて食べたわけではないので当然である。この体の維持にも、食べ物は必要ないのだろうか。
食べも終えたミリアが、こちらに目だけを向けて言う。
「ローのせいでお金節約したんですからね。だから少し足りなかったじゃないですか」
そして、ぷいっと目をそらす。……かまってちゃんなのか?
「……ごめんよ」
ミリアは、こちらをちらっと見て、
「どうせ謝るならちゃんと頭を下げてほしいです――」
その後に「出来れば地面に頭をこすりつけて」と小声が聞こえたが、聞こえない振り以外の選択肢はない。
この体でも、語感は普通の人間よりは高いはずだ。独り言には、もっと気を付けるがいい。
そんな不遜さはみじんも出さず――自分ではできているつもり――に頭を直角に下げて、
「すいませんでした」
と言った。
ミリアは満足はしていないが、納得はしたという様子だ。
ここでようやく本題に入れる。
「ミリアの村に向かうのに、馬車とかってないのか? 歩いて二日なら馬があれば一日でも余裕だろ?」
「普段はありませんよ。運が良ければ行商人に相席できるかもしれませんが」
定期馬車はないか。まあそりゃそうか。
「なら、その行商人が護衛とか探してたりするんなら、どこかに依頼とかないかな?」
こういうのはテンプレだろ?
「は? 行商人に護衛が必要なわけないじゃないですか。そんなの、知らない人にやらせませんよ」
一瞬、行商人がくっそ強いのかと思った。
「専属がいるってことか?」
「そう言ってるじゃないですか」
決して言ってなかった。なら、護衛任務から探すのは無理か。
仕方がない。最終手段だ。
「走っていかない? 早く行きたいし」
走るのはダルイが、魔法を使えば何とかなるんじゃないかと思ってのことだ。
「私はいいですけど、この荷物をどうするつもりですか。これ持ってたんじゃ走れませんよ」
魔法で何とかならないかなぁ。なんか良い方法ないか?
「ちょっと持たせて」
「いいですよ」と許可が出たので背負ってみる。そんなに重く感じないし、行けそう。
「大丈夫そう」
「ローのくせに軽々と持ってて、何かムカつきます」
知らんがな。
町を出る前に俺用の靴を買ってもらった。皮でできた安い靴だ。サンダルよりはましだが、運動靴に比べると雲泥の差だ。
「よし、この辺でいいでしょ」
何がって、ミリアの荷物を俺が持ち直すのがね。とっくに町は見えなくなっているが、農民がいたので念のためだ。
「初めからローが持てれば楽なんですけどね」
流石に衛兵に止められるんじゃなかろうか。
今は、ララストルの町から南西に向かって麦畑を抜けて、開拓されていないエリアに到達したところだ。それでも、草を分けた簡素な道がある。
今日はとてもいい天気だ。雲は少なく、日差しも熱くなく、気温も高くはない。
荷物を背負って、屈伸してみる。運動する前だからつい癖で。
「最初はゆっくりな」
念のために保険を掛けておく。走って体がぶっ壊れるのは怖いので。でも、それで体が消滅するのは問題ないんだが、そう上手くはいかないだろう。
「はーい」
ミリアは間の抜けた返事をして、先に走って行ってしまった。
ゆっくりって言ったのに。
そう思いながら、それに続いて走り出す。
「おお、すげぇ」
自分の体とは思えないほどすいすい走れる。だが、荷物と胸が揺れるのだけは鬱陶しかったので、糸でやや強めに固定しておいた。胸は多少痛いが、これなら、ミリアに追いつくのも余裕そうだ。
ミリアがそんな俺を見て少し不機嫌そうな顔をする。そして何事か呟き始めたが、風でよく聞こえない。
「”疾風走”」
そこだけははっきり聞こえた。すると、ミリアの周りの空気が、ミリアを後押しするように動き出す。
空気でパワーアシストするとか、見えないパワードスーツみたいで少しかっこいい。
そんな悠長なことを考えている間にもミリアはぐんぐんと俺を置いて走っていく。
やべえ、速いな。このままじゃ追いつける気がしない。本気で置いて行くつもりなんじゃないだろうか。速度を上昇させる魔法とか全然練習してなかった。だって、体がなければ何もしなくてももっと早く動けたし。
試しに、精霊の時のように、魔力を逆噴射しても推進力は生まれなかった。物理干渉するには、魔力を形にしなくてはいけない。やみくもに風を起こしたって、体が速さについていけなくなってしまう。
人間の魔法。侮っていました。少しの魔力であれだけ技巧の高い魔法が使えるなら、トイレの件も納得だ。起こる現象に対しての対価のみで魔法を行使しているんだろう。それは、灯油を持ってそれで水を温めるようなもんだ。間のプロセスがすっぽりと抜けていやがる。
この体にしてもそうだ。俺が魔力でこの体を複製できたとしても、細かい部分はおかしなことになっただろう。にもかかわらず、ミリアはほんの少しの詠唱だけで、ここまで精巧な体を作り上げた。あれは、精霊の魔力を使う特殊な魔法だからできたのだと思っていたが、そうでもなさそうだ。
30分程走ったところで、ついにミリアが見えなくなった。テレポートできる魔法はまだですか?
目の前には丘があり、その奥へとミリアは消えたのだ。
疲れはないが、体が壊れないか微妙に心配だ。なぜなら、小学生が高校生とでも並走できそうな勢いで走っているのだからな。このロリボディが憎い。大人なら多分もう少し速く走れるはずだ。
丘を越えると、ふもとでミリアが待っていた。
「ロー。遅いですよ」
ドヤ顔で言っているのがむかつく。
辿りついてから言う。
「その魔法を教えてくれ。足手まといになってもいいならいいけど」
森の中では遅くなっていたはずが、一時間で4キロは進んでいた。そのミリアが歩いて二日なら、100キロを超えない程度じゃなかろうか? 今は恐らく、合計で12,3キロほど来ただろう。最初に歩いていたことを加味すると、残りを行くのにおよそ8~9時間。既に日は三分の一ほど登っているから。お昼を食べていたらぎりぎり間に合わなさそうだ。俺は食べなくても大丈夫だが、ミリアは無理だろうう。
ミリアは、それをなんとなくわかっていると思いたい。
「う、確かにそうかもしれない」
お子様ミリアでも、分かってくれたようでよかった。算数ができるのか、勘で言っているのかは分からないが。
「精霊に魔法を教えるって、不思議な気分ね」
確かになぁ。俺も不思議だ。
とりあえず、休憩がてら教えてもらった。
後から気づいたのだが、この時周囲への警戒をすっかり忘れていた。魔物も危ない人も来なくて良かったよ。




