16.マグロ丼争奪戦
前回のあらすじ
マグロ丼につられて、精霊召喚してもらったら幼女だった。
おわり!
「忘れるところだった。飯が食いたくて召喚してもらったんだった。」
「……別に忘れたままでも良かったんですけどね」
「聞こえてるぞ」
そう、俺は女将さんに出されたマグロ丼のようなものが食べたかったのだ。
作った鏡を消して、部屋の端に置かれた小さなテーブルの上のトレイに乗った丼を見る。
しょーもないやり取りがために、せっかくの料理が冷めてしまっては困る。
一歩を踏み出した俺の前にミリアが立ちふさがる。
「一口目は譲れませんよ。大丈夫です、ローの分は最後に残しておきますから」
「そう言って全部食べる気だろ」
「そんなことはありません。ほら、昨日の木の実が残ってますから、腐る前に食べてください」
そう言って、ミリアはこちらの様子をうかがいながらバッグに手を入れて、木の実を取り出した。三つほどある。
確かに木の実も食べてみたいが、今はマグロ丼だ。マグロ丼を一口食べたいのだ。
「分かった、一口目をミリアが食べたらいい。二口目を俺に食べさせてくれ。それならいいだろ?」
「何を言うんですか。私がどんぶりを渡した時点で、一口って言いながら全部食べるんでしょう。知ってますよ」
ミリアの方も、俺のことをバリバリ疑ってやがる。
それならば、
「じゃあ、そのスープを先に飲んでくれ。その皿にこっちの分を入れてくれればその分だけ食べられるし、お前は一口以上食べられなくて済む」
どうだ? と言わんばかりにミリアの方を見る。
ミリアは一瞬悔しそうな顔をしたが、すぐに、
「わ、私はスープは最後に飲むタイプなので、それは無理ですよー」
そう言うミリアの目は不自然に泳いでいる。
初めからこちらに食べさせるつもりは無かったようだ。
さて、どうしたものか。無理やり奪うって手もあるが、こぼしてしまったら元も子もないのでそれは却下だ。
ならば、このまま交渉を続けるか? だが、こちらには切れるカードがない。
ん? まてよ、こちらには無くとも相手は持っている。
「もう一つ買ってくることはできないか? ミリア、まだお金あるだろ?」
「その手がっ! あ、でも無駄遣いをするとお母さんに怒られちゃう」
その豪華な食事は既に無駄遣いなのではないだろうか? このくらい普通と言われたら困るが。
「わかったよ。最初にお前が言ったように、先に食べてくれ。ちゃんと一口残せよ」
ミリアは勝ち誇ったように微笑む。
「分かればいいんですよ。先に食べてますから、少し待っててください」
そう言って、片手に持ったままだった木の実をベッドの上に置き、傍にあった小さな椅子に座り、トレイの上の箸を取る。箸を……? まあ、食べ物が和食っぽいし、何も問題ないな。
俺はミリアを警戒しながら、ベッドに腰かけて木の実を有り難く頂く。
匂いを嗅いでみると確かに甘い香りがする。
かじってみると、最初に甘い味が、次に酸味が来て、口の中に広がる。甘酸っぱくておいしい。少し幸せな気分になる。
もう一口齧ると、種に歯が当たった。種でかいな。ハルトもミリアも種どうしてたんだ? 捨ててるのを見てなかったけど、食べたんじゃないよな。
種をつまんで、その周りを食べる。……うまぁ。
三つ食べ終わった。これは中々に良い物だった。もっと取っておいても良かったかな。他の木の実の味も気になる。
改めてミリアの方を見ると、マグロ丼は半分ほどに減っている。そして、スープも。最後に食べるって言ったんだから、今回くらいそうしろよ。呆れてものも言えない。でも、ミリアの顔には幸せが浮かんでいるから、それどころじゃなかったのかもしれない。
ミリアが食べるのをただ見てるのも暇なので、鼻歌で三分クッキングのテーマを歌っていると、
「何ですか、その歌? って、随分と楽しそうですね。足までパタパタしちゃって」
ミリアがちらっとこっちを見て言った。
……ちっちゃくなって足が床に届かないから、気づかないうちに……。見た目はかわいい幼女でも、中身は……ね?
しかし、ミリアがこちらを窺った本当の理由はわかっている。こっそりと、全部食べるつもりなのだろう。
こちらがさっきのように鼻歌を歌いながら、ミリアとは別な方向に視線を移す。当然、ミリアは、隙ありと言わんばかりに最後の一口へと箸を伸ばした。
そうはいかないぜ!
俺の糸は既に貴様の体に絡みついている!
ミリアの動きが止まる。少しもがいてから、
「なにこれっ、動かない!?」
「ふっふっふ。ミリア~。約束したよなぁ、最後の一口をくれるって」
「まさか、いつの間に糸を!?」
「そうじゃあ、ないだろう?」
少し怒気を混ぜて言う。
「う、……約束しました」
ミリアから力が抜けるが、固定しているので体は動かない。
「お仕置きが必要だね。どんなお仕置きがいいか、自分で決めてごらん」
笑顔を作ってそう語りかける。
「う、うう。ごめんなさい」
ミリアの目が潤んできている。
「謝る必要はないさ。ただ、自分がされるお仕置きを決めろと言っているだけだから」
その言葉を言い終わるころには、ミリアの目からは涙が溢れて来てしまっていた。
「ろ、ローのおに゛――」
「鬼がなんだって?」
ずいっと顔を近付けて威圧する。
ミリアの涙が一瞬止まる。
「い゛、おに、おにぎりを作ってあげるって言おうと……」
ふむ、今回のお仕置きはこのくらいにしてやろう。また泣かせてしまうとは思わなかったけどな。
すっと顔を戻して、
「よし、おにぎりな。期待してるぞ」
女の子の作るおにぎりは楽しみだ。それだけで、今回のことを許すに値する。自然と、顔がにやけていた。
糸を緩めて、ミリアに椅子を開けるように言うと、ミリアは大人しくどいて、ベッドに腰かける。そこで改めて糸を外した。
やっと楽しみだったマグロ丼だ。
椅子に座ると、テーブルが少し高いので、膝で椅子の上に立つ。トレーの上には赤身が一枚と少しのご飯が入った丼、そして漬物が残っている。
ミリアの奴、漬物を残して、一口残したよーとかいうつもりだったんじゃないだろうな。有り得るから困る。
先にマグロ丼からいただく。
少ししか残ってないご飯は、タレによってくっ付かなくなっているため、赤身の方に乗っける。箸で持ち上げ、口に近づけると、醤油に似たコクの深い香りが鼻を通り抜け、思わずつばを飲み込んだ。口は小さかったが、ぎりぎり入る大きさ――それだけ少ない――なので、一口に食べる。
その瞬間、下の上に赤身だと思っていた魚の切り身の脂の味が下に広がり、一口噛むと包まれていたご飯とタレの味が口いっぱいに広がる。噛みしめる切り身は簡単にほどけていき、ご飯は柔らかすぎない絶妙な触感で、後から口の中に優しい甘さを広げている。
うまい。願わくばお腹いっぱい食べたかった。
漬物は、見た目はやや濃い緑の葉っぱだ。触感は白菜のような感じであったが、少ししょっぱく、わずかに唐辛子のような辛みがあった。これもこれでご飯に合うだろう、そんな味だった。
うーん、この様子だと和食で使われる調味料は大体あるんじゃないだろうか? ほとんど俺に合った味付けだったし、すごいもんだ。
マグロのような魚にしてもそうだ。あれって、そんな近海で手に入るようなものなのか? 海は近いけど、南側の海は崖だったし、漁村がありそうな場所はないと思っていたんだが、案外そうでもないのかもな。
また子供を泣かせてしまった。ローは罪深い。




