9.木之瀬太郎の転生前後
過去編?です
俺はその時、バイト先からの帰り道っだった。
親に黙って勝手に大学を辞めて二年、知り合いの多くは就活していた。
特になりたい職業なんてないから、寝て起きてトイレに入れる最低限のアパートに住み、その家賃と食費のためだけにバイトをしていた。
俺はただぼーっと寝転がっていられれば幸せだった。それ以外は適度な運動と睡眠、他に何か必要であろうか。
何かに追われるように生きていた大学までの人生は、全く楽しいものではなかった。
これまでは、しなきゃいけないことからの現実逃避でゲームや漫画をたしなんでいたが、それはそれで楽しかったようにも思える。だが、そんな憂いの無くなった俺には、暇こそが至福である。
そんな俺でも、たまに何かしたい衝動に駆られることはある。そんな時はダラダラと散歩をしていた。それで十分だった。
病気に不安はないのかと言われたこともあるが、それが苦しいなら、もはや未練なんてない、自殺でもすればいい。そんな風に楽観していた。
そう、未練なんてない。
後ろから迫る大型の車の走行音に何気なく振り向いただけだった。それなのに、目前には死が迫ってきていた。
こういう時、恐怖で体が動かなくなるという話をよく聞く。その時に走馬燈が流れるという話もだ。
俺には、そのどちらも訪れなかった。きっと未練がないから、死への恐怖なんてのもなかったのであろう。
だから、すんなりと避けることができた。簡単に言ってるように聞こえるが、それは火事場の馬鹿力と言うか、普段の俺では考えられないほど速い動きに感じた。
でも、依然として死はそこにあった。
避けた先にあった道路の窪みに足を取られる。普段とは違う制御できないほどの力で動いた俺は、それでも咄嗟に受け身を取ろうと体を捻った。受け身なんて、中学の時の柔道で少し習っただけで、体には染みついていない。
頭に強烈な痛みが走ると、
俺は、
どんでもない大きさの木の前にいた。
あたりは木の陰で薄暗いが、巨木の周りだけは漏れてくる光に照らされている。目の前にある木製の祠のようなものは、その木漏れ日に照らされて、とても神秘的な雰囲気を醸し出している。
ふと、辺りに四つの気配を感じる。
見回すために、首を動かそうとしたが、そんなことをしなくても視界は広く、360°見渡すことができた。
おかげで、自分が体を持っていないことに気が付く。
俺は死んだんだな。きっとここは天国みたいな場所なんだろう。天国があるなんて思ってはいなかったが、状況がそう物語っている。周りにいる気配は同じように死んだ奴らだろう。
そう考えていると、突然声が聞こえてきた。声と言っても、音が響いたのを感じたのではなく、ただ何となく目の前の巨木から言葉を感じたのだ。
『我が子よ、よくぞ生まれてきてくれた。私はエストイアと呼ばれる神木だ』
生まれてきた? 俺は死んだんじゃないのか。
『手始めにお前らに名前を授けよう』
そう言って、他の感じる気配に対し名前を付けている。
俺の番が来て神木が驚く。
『お前には既に名があるようだな。神の寵愛を受けているのではないから、同じ精神を保ったまま転生したということか』
転生だと……。何となくだけど、天国よりか信憑性がある気がする。
『しかし、ここでは何かと不便であるから、新しい名前を受け取ってくれ。お前の名は「ロー」だ』
あれ、勝手に名前付けられた。まあ、親なんて勝手に名前を付けるのが普通か。
「ロー」ね、悪くないな。元が太郎だし。そんなに変わらないからな。
それから数日は、一緒に生まれた兄弟たちと、エストイア(様)の世話をすることになった。何故(様)なのかっていうと、
「おい、ロー。エストイア様にはきっちり様を付けて敬え」
とルーに言われたからだ。
俺としては、何もせずに過ごしたいのに、エストイア(様)の命令が原因で働かせているもんだから、ちょっとした反抗として、対外的には一応(様)を付けているのだ。いくらこの体が必要とするものが少ないとはいえ、働くなら対価がほしい。ブラック企業でも多少の給料くらい出るぞ。
そんなことが言いたかったんじゃない。それはもう少し先のことだ。
エストイア(様)の世話をするにあたって、やることを指示されたのだが、魔力の使い方は、特に何もしなくてもわかった。他の兄弟たちも同様に、すぐに動き始めた。
仕事は、神木の葉を食おうとする不届きな虫を取り除いたり、木の根をかじろうとする動物を追い払ったりといったことをするだけだ。
このくらいのことで文句言ってんじゃないって言われそう。でもね、やっぱ休憩くらいはほしいよ。
それから十日ほど経つと、俺は南の巡回の仕事を任された。
こうしていろいろあって、転生して50日ほど経った今もダラダラと、パトロールを続けている。
いかれ妖精のラリがいなくなってから、この森には平穏が訪れている。山の東での魔物大量発生は俺には関係ないから気にしない。面倒臭いから仕方ない。
あ、でもハルトは東に向かったんだよな。大丈夫かな? あいつ見た目によらず結構強そうだったし、問題はないと思うけど、一人旅だしなぁ、休憩中を奇襲されたりでもしたら大変だろう。
つい、他人の心配をしてしまった。暇だからいいけど。
暇と言えば、必殺技はやってみたいのはいろいろあるが、火を使うわけにはいかないし、剣や体を使うものはできないし、あんまり強いものも使えないので、なかなか進んでいない。制約が多いっす。早く自由になりたいっす。
でも、とりあえずそれっぽい魔方陣を作れるようになった。意味なんてなくて、完全に張りぼてだが、凄い雰囲気は出ている。魔法陣に書かれた呪文なんかは、昔考えた楔形文字みたいな五十音に沿った文字を魔法の説明文を翻訳して貼り付けてある。ぱっと見意味わからないから、それっぽさは十分だろう。
問題があるとすれば、これを披露する相手がいないことだ。実際に敵が現れたらこんなことする余裕はないし、やばいくらい無意味だ。一度くらい、使うチャンスあるよね?
次辺りまともな女の子が出る予定だったりしなかったり。
読み直してミス気づいて修正した。




