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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ある殺人人形が壊れるまで

作者: 七つ橋

*一部残酷な描写があります。

 私の第二の誕生の記憶。

 それは海の中から始まった。

 淡いグリーンに光り輝く命の海。母の胎内を擬似的に再現したかのような場所。 

 そこにまるで意識だけで存在しているような感覚があった。


 緩やかな曲線を描く薄いガラスの向こうを確認しようとするも、屈折した光が差し込んできて正常に外界を捉えることが出来ない。

 私がそう思考すると両目に魔力が集まる感覚があった。

 自動的に調光魔術が起動し光量が落ちる。

 ただの村娘だった以前の私にはこんな魔術すら発動できなかったが今は違う。自然とそれを理解する。


 そして薄暗くなった視界の中で外界を認識すると、白衣をきっちり着こなした黒髪黒目の第二の『お母様』がひどく失望した表情で私を睨み付けていた。

 しかしそれも一瞬のこと。

 お母様はすぐに両目にギラギラとした光を取り戻すと私に向かってこう言った。

 

 「新たな私の娘よ、貴様の名称と用途を述べよ」


 ひどく小さな声だ。しかし力はある。この世界に対するあらゆる憎悪を押し込めたかのような力が。

 昔の私ならば彼女を見て何を感じたのだろうか。恐怖だろうか、畏怖だろうか、それとも悲哀だろうか。


 「どうした、早く応答しろ」


 無感情な声でお母様が私を急かす。

 私は頷いた。起動直後で思考が乱れている、と自己判断する。

 お母様の目的を果たす道具として、そして殺人人形として製造された物としてあってはならない失態だ。

 口を開き言葉を発する。自分の声とは思えない柔らかで鈴のなるような、そしてひどく寒々しい声が出た。


 「はい、お母様。エヌピーシー27番、只今起動しました。戦術級ユニットとしての戦闘行為全般、及び少女の姿を利用した潜入工作が主要な用途として設定されています」


 「良し。27番。最終調整を行う。対魔力障壁及び精神防壁を解除せよ」


 「はい、お母様」


 私はお母様のオーダーを即座に実行する。

 それとほぼ同時に奔流のような魔力が流れ込んできた。


 「ああ…………」


 スペック上は何も問題はない。

 そうと分かっているはずなのに襲い来る絶大な痛みと僅かな快感に身を捩る。


 身体が発光しガラスに自分の姿が反射する。

 苦悶する中、私はその時初めて第二の私の姿を自身の目で認識した。

 魔道具から注入される魔力を受け白い肢体に刻み込まれた刻印が励起し赤く光り輝いている。

 様々な機能を有する魔眼に改造された瞳もまた赤く染まっている。

 銀色だった髪はお母様と同じ黒色に変化していた。

 かつての野暮ったい村娘はどこへやら、異形の刻印さえ落ち着けば目が覚めるほどの美しい十代半ばほどの少女がそこにはいた。

 

 魔力の激流が収まると今度は莫大量の情報が頭に刻まれ始めた。


 「グギガ…………」


 先程までとは別種の苦痛が私を襲う。思わず口を開閉させて無数の気泡がこぼれだす。

 脳を引きずり出されて無数の針を突き刺されるかのような感覚だ。

 しかしそれもお母様の愛情と思えばむしろ喜びさえ感じる。


 流入する情報は全て、私が自身の製造目的を達成するために必要な情報だ。身体の効率的な動かし方、魔術行使の方法、医学面から検証された人の壊し方、人間心理に基づいた人に取り入る手法、現在の世界情勢にいたるまで。この世界ではありえない高度な知識すら含んだそれが27番の中を埋めていく。


 そうして、苦痛の果てに私は自身が殺人人形として完成したことを悟った。

 その事実に私は絶頂してしまいそうなほどの喜びを覚える。

 ああ、これでお母様の役に立てる。お母様から受けた愛に恩返しを出来る。それはなんと素晴らしいことなのだろうか。


 そんな私をじっと観察していたお母様は口を開いた。


 「さて27番、お前に最初の任務を与えよう。運用試験だ。先程戦場に出したお前の姉達が帰還した。全くつまらないことに任務に失敗したらしい。たかが数名のイレギュラーすら乗り越えられずにな。しかしそんなゴミでも使いようはある――」


 お母様はそう言って慈母のような笑みを浮かべた。


 「――新たな妹の門出を祝う、というな。意味はわかるな?」


 「はい、お母様。お母様の期待に答えられたなかった愚か者どもを粛清します」


 私もお母様と同様に刻まれた知識に従ってとろけるような笑みを浮かべた。



*****



 そうして私は混迷を極める戦場を、お母様の工作によって意図的に泥沼と化した王国の内戦を駆け抜けた。


 ある時は革命軍の精鋭部隊を量産型の妹達を率いて正面からすり潰した。

 すり潰した、というのは比喩ではない。文字通り肉片までも細切れにして人肉でできたひき肉を作り出した。それはお母様に直接こうせよと命じられて創り出した惨劇ではない。お母様の『絶望を、悪意を見せつけろ』というオーダーに私は独自の判断で答えたのだ。帰還し報告した時お母様が珍しくも私にかけてくれた褒め言葉は、私にその手の行為を加速させた。私と妹達はやがて革命軍から『鏖殺人形』と呼ばれるようになった。


 また、ある時は貴族軍に潜入し閨で高位の将官を暗殺した。

 貴族たちは通常、戦場の表には出てこない。彼らは革命軍の将校とは違い自身の命を惜しみ後方の安全地帯から指揮を取っていた。しかし私は、妹たちは彼らの安全を脅かした。しかも暗殺といっても普通の殺し方をしたわけではなかった。五体を引き裂き無作為につなぎ合わせ展覧した。バラバラにした死体を弄び文字を作ったこともある。私たちの行為は数で優るはずの貴族軍の勢いを削いだ。


 私たちの奉仕にお母様は滅多に応えてくれなかったが、それでもお母様の役に立っているという実感は私たちにとって何よりの幸せだった。


 しかしそれも長くは続かなかった。私たちの正体が両陣営に露見してしまったのだ。

 それまで革命軍も貴族軍も私たちを互いの敵対勢力の秘蔵戦力だと誤認していた。誤認し、互いの非道を糾弾する材料としていたのだ。それはリーダーである私が意図していた通りの行動で、しかし彼らは無能ではなかった。

 両陣営はお互いに連絡を取り合っていたわけではない。それでも私たちという脅威を彼らはそれぞれ分析していた。意図的に互いの軍事行動を見逃し私たちの死地を作り上げたのだ。お母様は方針は提示するがその方法は全て私に一任していた。それを招いたのは全て私の判断ミスだった。


 私たちがいつものように革命軍の一部隊を虐殺しに来ると、そこは空っぽだった。しかしそれでもお母様が作り出した優れた殺人人形である私たちは慌てない。直ぐに嵌められたことに気付き撤退を開始しようとした。しかし全てはもう遅かった。無数の強力な戦術級魔法が私たちに向かって殺到した。前からも後ろからも。私たちは即座に儀式術法による高位障壁を形成したが、それは一向に止むことはなかった。

 それも当然か。いつの間にか私たちがいる場所は両軍の中心地点となっていた。彼らは表向きは一合戦を行う風に布陣しながら私たちを誘導し、そしてそこを戦場の真っ只中にするように移動してから戦闘を開始した、ということなのだろう。


 私は自らの不出来を恥じた。道具としての機能を全うできない。お母様の期待を裏切った。それは私にとって何よりの絶望だった。かくなる上は、と私たちはお互いに頷き合う。両軍により多くの出血を強いることで絶望を見せつけよう。平等に戦力を削減することで更なる内戦の泥沼化を図る。それが私たちに最後に残された役目だと確認する。

 

 障壁を解除し妹たちが走り出す。腕がちぎれても身体が焼き焦げても氷槍で腹部に大穴をあけても。それでも走る足と即死だけは免れながら。一人も脱落するものなどいない。当たり前だ。彼らはお母様の娘なのだから。そうして敵軍に飛び込むと。最後の機能を起動する。自爆だ。辺り一面を吹き飛ばす自爆は戦場に地獄と呼ぶも生易しい光景を作り出した。


 一方私はというと。私は妹たちよりもスペックが高い。妹たちが下位戦術級だとすると私は上位戦術級だ。場合によっては戦略級すら足止めできるほどの。相性が良ければ倒せてしまうほどの。

 つまりはどういうことかというと。私の戦闘に最適化された思考は、最後まで自爆よりも通常の戦闘行為により被害を生み出したほうがいいという結論を出し続けた。そう、生き残ってしまったのだ。いつの間にか私は囲いを破り、本来実行しようとしていた逃走が行える状況となっていた。




 帰還した私は罰を受けた。

 お母様は発狂したように叫びながら傷まみれの私の服を剥ぎ、作業台に拘束した。

 強力な精神干渉術式でもって極限の苦痛を私に与えた。身体に塩を塗り込まれ鞭を叩き込まれた。

 手足はハンマーで叩かれて潰された。私が瀕死の状態になると魔道具の中に放り込み回復させた。

 それが三日三晩続いた。


 私は朦朧とした意識の中でもお母様の叫びを聞き取っていた。


 「杏里なら杏里なら杏里なら杏里なら杏里なら杏里なら杏里ならあああああああああああああああああああああああ。……もっとうまく出来たはずなのにな。この世界の人間もどきなんて容易く始末できるはずなのにな。やっぱり『最高傑作』でも失敗作は失敗作か。はあ、全く何なんだろうこの世界は。なんで私はこんな下らない世界にいるんだろう。なんで私の娘は、杏里は死んじゃったんだろう。…………いや死んでない。死んでなかったか。だって私が生き返らせるんだもんね。ふふ、えへ、あは。そうだ、前向きに考えないと。コレは杏里の器としてはダメだけど、でも形式解は得られた。良い機会だ。コレに罰を与えるついでにデータを取ろう。うんそれがいい。あは、あはははははははははは」


 何を言っているのかさっぱりわからない。わからないけれども。

 それでも今の私にもお母様にとっては意味があるのだと思えば、私は平気だった。平気……だったはずだ。


 そしてようやく私の罰が終わり、修復された私は新たに命令を受けた。

 お母様は以前までは欠片ほどは見せてくれていた情を全く見せず、冷たい声で私に言う。


 「27番、特別だ。お前には名誉挽回の機会をやる。革命軍のリーダー、廃嫡された元王子を暗殺しろ。時は来た。長引く内戦に王国は荒れ、両陣営とも風前の灯だ。ここで今の王国で唯一求心力を持つあの王子さえ暗殺すればこの国はもう、如何様にもできる。私の期待に答えろよ、27番?」


 「……はい。お母様」


 私は囁くような声で小さく返事を返した。

 私はお母様の娘……、今度こそ、今度こそ絶対に失敗はしない。



*****



 強い。


 その男を見て、給仕として潜入した私が最初に思った感想はそれだった。

 まっとうに戦えば私ですら殺しきれるか分からない。

 そう思わされてしまった。


 また覇気に満ちたその男は、内戦で逼迫した現状からすればまるで考えられないほど明るかった。

 二十代半ばほどのその王子がいる場所はいつも光に満ちていて、男の周囲の人々も信じられないほど前向きだった。彼ならば今の状態の王国ですら立て直せると、そんな信頼が強く伝わってくる。彼らの様子を見ているとお母様が言った『両陣営は風前の灯』という言葉が間違っているのではないか、そんな愚かな考えさえ浮かんできてしまう。

 

 そして私の任務の障害は、ターゲットだけではない。その周囲も今までの暗殺任務の護衛とは比べ物にならないほどの実力者が揃っていた。幾人かの戦略級、特殊な能力を有する異能者、優れた頭脳を持つ采配士たち。なるほど確かにこれは、失敗した人形は容赦なく廃棄するはずのお母様が私を引っ張り出すはずだ。これは妹たちにも、僅かに残る姉たちにも達成できない。そして私でも成功した暁には命はないだろう。


 しかして私の最後の任務が始まった。

 それは辛く厳しく、しかしこの上もなく『楽しい』毎日だった。

 きっと最後の任務だと自覚したことが良かったのだろう。私は私という生を締めくくるつもりで暗殺任務に取り組んだ。ここまでの器を持つ人々には仮初の信頼ではきっとバレてしまう。そう考えた私はお母様の知識から一旦離れることにした。お母様の知識は万能だがしかし万全ではない。最高傑作である私は意図的にお母様の知識から離れることも出来るのだ。きっとお母様はそんな私の機能をご存知ではなかっただろうが。


 私は誠心誠意、革命軍に尽くした。彼らの理想を学び、思想を学び、生き様を学んだ。偽りの共感ではなく、いつの間にか私は心底革命軍の理想に共感するようになっていた。戦闘で死者が出たときには、お母様の知識から作った人の心に訴える泣き声ではなく、本気で本心から泣いた。そんな私は次第に彼らの信頼を獲得していった。そんな私はいつの間にか王子の愛情を獲得していた。

 彼に告白された時は嬉しかった。本当に嬉しかったのだ。そんな機能は私にはなかったはずなのに。きっとその時既に私は、殺人人形としての私は壊れかかっていたのだろう。


 ――しかしそれでも。だからこそ私は彼を殺す、殺せる。


 それはお母様に作られた殺人人形としての私の矜持だった。私を愛してくれないお母様をそれでも私は深く愛していたから。……分かっている。これが植え付けられた感情であることなど。でもしょうがないじゃないか。私がそうしたいのだから。私の魂がそう叫んでいるのだから。それだけは、例えお母様であろうと否定はさせない。故に、私は道具としての『生』を全うする。


 いよいよ貴族軍を彼らの本拠地に追い詰めたある晩、私は王子を人気のない陣から離れた丘の上に呼び出した。準備は完璧だ。今だけは皆、私と王子の二人きりにしてくれている。今だけはいかなる邪魔も入らない。

 

 ――今だけは私は彼を殺せる。


 私は黒髪を夜風にたなびかせながら王子に自身の正体を告白する。

 それが血濡れた私を愛してくれた彼に対しての、唯一の誠意だと信じて。


 「王子、私は『鏖殺人形』です。私は貴方を殺すために貴方に近付きました」


 私の告白に王子は困ったように笑う。


 「やっぱりそうだったか」


 その返答に私も私自身の笑みで笑う。


 「ご存知でしたか。私は多くの革命軍の将兵を殺しました。それも人としての尊厳など欠片も残さない形で。いえ、それだけではありませんね。私は多くの人の死を弄びました。今のこの国の悲惨な現状すらも私が少なからず関わっているのは確かです。つまり、私は貴方の不倶戴天の敵と言っても過言ではないですね」


 私がそう言うと王子は肩をすくめる。


 「ま、そうだね」


 「そうなんです」


 そして私と王子の間に沈黙が流れる。

 沈黙と言っても決して居心地の悪いそれではない。

 私はかつてないほど心安らかだった。


 そんな私たちを月明かりが照らしていた。

 罪を照らし出すように、これから始まる殺し合いを見守るように。


 王子は私に軽い調子で話しかけてくる。


 「そうだな。ルールを決めようか」


 「ルール……ですか?」


 「うん。ルール。ここはシンプルにいこう。よく物語に謳われるように。都合よく身勝手に何者をも顧みず」


 そこに至って私は初めて困惑した。王子は一体何をいいたいのだろう。

 私が戸惑っている間も王子は言葉を続ける。


 「――俺が勝ったら君は俺のものだ。俺は王だ。誰にも文句は言わせない。君は過去を捨てて俺の妻にならなければならない。……ははは、自分で言っててなんだがこれは王様らしいな。我を通すためならば強権を発動してでも無理やり押し通す。君もそう思わないかい?」


 私は思わず彼から顔を隠してしまう。

 私を受け入れれば革命軍が勝利しても火種は残る。彼なら分かっているはずだ。それを押してでも私を欲してくれるのか。彼の信念を曲げてでもそうしてくれると彼は言っているのか。

 私は感情の乱れを整調してから、再び顔をあげる。


 「……思わないです。本当にめちゃくちゃですね、貴方は。そんなことをしたら貴方が死ぬ以上に国が荒れるかもしれません。こんな私が言っていいことじゃないのは重々承知していますが、今の私はこの国が立ち直って欲しいと本当にそう思っているんですよ? ……まったく困った人ですね。そんなに私が殺人人形として貴方と相対するのがイヤですか?」


 「はは、何のことかな」


 きっと彼はただ殺すという殺人人形の理がイヤなのだろう。

 私が彼以外に向ける執着が気に入らないのだろう。


 それ故に彼は革命軍に染まった私を身勝手に利用する。それも確かに私なのだから。

 私と彼の戦いで彼が勝った場合の国の混乱を示唆することで、殺人人形としてではなく革命軍の一員として自分を殺してみせろと、そう言っているのだ。


 また、国の混乱を避けたいのなら私には自害なんて選択肢もあるのかもしれない。しかし私はそれを選ばない。何故ならどんなに革命軍に傾倒しても、芯では私の心はお母様に向かっているからだ。誰に命じられようとも私は母を裏切らない。


 そこまで考えて、ふと思う。

 そうか、この提案は私の心を完全にお母様から引き剥がし王子のもとに向けさせるものでもあるのか。

 私は思わず呆れてしまう。一体この王子は一つの提案でどれだけ自分の我を押し付けるつもりなのだろう。


 私は彼に向かって告げる。


 「いいでしょう。私は今この時は戦術級殺人人形27番ではなく、皆さんから頂いた『ニーナ』として貴方と相対します。しかし分かっていますね? 私は殺意を持って貴方を攻撃します。しかし貴方は私を殺せない。私はそんなハンデを背負って勝てるような生易しい存在ではないですよ?」


 彼もまた私に告げる。


 「望むところだ。君は俺が覇道を歩む上で絶対に乗り越え、手に入れなければならない至宝だ。覚悟したまえ。王たる者が何故にそう呼ばれるのか、しかとその頑なな心に刻みつけてやろう。――それに赤面するニーナなんて珍しいものが見れたんだ。今の俺が負けるわけがない。そうだろう?」


 私はその時初めて頬が熱くなっていることを自覚した。

 どうやらいよいよ私は壊れてしまったらしい。そんな機能、私にはなかったはずなのに。

 私は彼をきっと睨みつけると、空中に数百もの魔弾を生成、絨毯爆撃を行いつつ、全身の刻印を輝かせながらクレーターを生むほどの踏み込みで持って突撃を掛けた。



*****



 果たしてどれほどの時間が経っただろうか。

 私と彼との交歓はひどく濃密で楽しかった。

 いつしか私たちがいた丘はすっかり禿げ上がってクレーターだらけとなっていた。

 ああ、なんという人だろう。戦闘に最適化された私にただびとの身でここまで着いてこられるのか。

 ああ、なんという人だろう。ただ覚悟と王たる意地だけでここまで食らいついてくるとは。

 この私が魔力の枯渇を覚えるなど初めての体験だ。あの戦場からの逃走ですら最後まで魔力は残っていたと言うのに。


 しかし、それでも私には及ばない。及ぶはずがない。

 いつになく心が高ぶった私はお母様の知識を昇華し完全に私のものとしていた。自らの身体に搭載された機能も単なる機能を越えて私そのものとなる。魂が激しく鼓動する。そう、この時私は上位戦術級から戦略級へと巣立ちつつあった。ピキピキと殺人人形が壊れニーナが生まれる音がする。私は人形の軛から逃れ一つの揺るぎない自我を持つ人間へと変化していた。


 自らが相対する相手が強くなっているにも関わらず、彼はそんな私を見て嬉しそうな顔をする。私の苛烈な攻撃を宝剣で必死に受け流しながら彼は笑っている。多分私も笑っているのだろう。これほど自由を感じたのは初めてだ。


 そうして決着の瞬間が訪れる。私は最後の一瞬にそれまで封印していた魔眼を開放する。束縛の魔眼だ。

 彼は突然のそれに抵抗できず一瞬動きを止める。私は地を這うように走りながら、強烈な熱量を放つ光の剣を作り出し彼に向かって振り下ろした。決まった。私は勝利を確信した。








 ――しかしなぜか地に倒れていたのは私だった。


 私の首元に宝剣が据えられる。

 

 「えっ?」


 きっと私は間抜けな顔をしていたのだろう。王子はまるで悪戯が成功したかのような笑みを浮かべている。彼がとんとんと足元を叩いたので私はそちらに視線を向ける。

 するとそこには何重にも隠蔽が施された非常に複雑な魔法陣が構築されていた。結界魔術だ。効果は恐らく踏み入れた敵対者の魔力無効化と拘束。こんなの戦闘中に構築できるはずがない。私は愕然とする。


 「……王子。もしかして丘に来てからあれこれ話していたのは。もしかしてこれを作るための時間稼ぎだったのですか?」


 「あ、気付いた? それにニーナは頭が良いから俺が一を言ったら十は考えるだろ? だから意外と時間と隙はあったんだよな。まあ最後は少し焦ったけど。赤面してるの指摘したら急に襲い掛かってきたからさあ」


 「まったく。王子は本当にまったくです」


 実にしまらない決着だ。

 私が不貞腐れたようにそう言うと、彼は私を抱き起こす。

 そして不意打ちで私に口づけをしてきた。


 私は顔を真っ赤にしながらも仕方なく彼にいう。

 仕方ない、これは勝負に負けたから仕方ないことなのだ。


 「私をニーナにした、責任は取って下さいね?」


 「勿論、よろこんで」


 王子はそう楽しげに笑った。

 

 この日、エヌピーシー27番と名付けられた殺人人形は壊れて、新たにニーナという少女が生まれた。

 空に浮かぶ月は彼らを祝福するように暖かく照らしていた。






問題が山積している気はしますが、短編なのでここでお終いにしますね。

読んでくださった方に感謝を。

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― 新着の感想 ―
[一言]  最後はてっきり自爆シークエンスに移行するのかと思ってたよ。  単なるハッピーエンドかよ……。  捻くれた俺は、マッドサイエンティスト側で物語読んでたわ。
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