5話 こういう所に落ち着いたのだけど、さてどうなる事やら
「少しだけど、金を払うよ。
売約って事にしてくれないかな?」
その申し出は奴隷商人としても意外なものだったようだ。
「ほう、つまりどういう事だ?」
「さすがに全額は払えない。
でも、少しだけは出せる。
それで、誰かに売るのを待ってもらいたいんだ」
前世における様々な分割払いである。
この世界において存在するのか話からなかったが、とりあえずそれを少し応用してみる事にした。
「必要な金はその後で払う。
一気に貯めるのは無理だから、少しずつ払う事になるけど。
それでどうかな?」
「ふむ……」
ここで奴隷商人は少しばかり考えこんだ。
売れるわけではないが、少しばかりの金が入るなら、それなりに旨みはある。
売ればそれなりに金になる奴隷だが、それまでの衣食などは結構な負担になる。
それを少しでも肩代わりしてもらえるなら、と思えた。
ただ、売約という事になると、簡単には売れなくなる。
「だとして、いつまで待てと?
そもそも幾ら俺に払ってくれるんだ?」
「いつまで待てる?」
「金額次第だな」
このあたり駆け引きが少々発生している。
ヨシフミは売買を控える期間を知りたいが、下手に金額を言えば足下をみられなかねない。
奴隷商人としてもそれは同じで、下手に金額などを口にすれば交渉の糸口にされかねない。
お互い相手の腹の内が読めないので何とも言えなかった。
とりあえずヨシフミの方から先に提案していく。
「銀貨十枚、二ヶ月でどう?」
「それじゃあなあ……。
さすがに食事代だけになる」
実際にはそれでも十分お釣りが来るが、売買を止めてまで保有するにしては旨みがない。
「もうちょっと何とかならんのか?
お前がこの先生き残って支払うかどうかも分からんのだから」
モンスター相手の冒険者である。
実入りはそれなりに良いが死ねば元も子もない。
ここで売却を控えるにしても、少しは上乗せがないとやってられない。
また、その為にある程度の金額を出来るだけ短期間でおさめてもらいたい。
そう思ってる奴隷商人にヨシフミからの質問が飛ぶ。
「じゃあ、どれくらいがいいのさ」
問われてあらためて考える。
収支を考えてどれくらいの期間が良いのかを考えていく。
待つ事が出来る限界の期間と、必要になりなおかつ利益を出せるあたりを探る。
「二ヶ月なら、銀貨二十枚かな」
「それは高いよ」
きつい金額だった。
銀貨二十枚となれば一ヶ月生活をしてお釣りが来る金額である。
売約、あるいは売買保留にしては良心的かもしれないが、さすがにそれだけ出すのは大変な負担になる。
「せめて十五枚にしてくれ。
俺の財布じゃそれくらいでないと」
「いや、俺だって売っちまった方が楽なんだから。
このあたりが精一杯だな」
嘘ではないが、真実でもない。
買い手にあてがあるならそれでも良いが、そう簡単に購入者があらわれるわけではない。
たとえ奴隷を買いたいと思う者がやってきても、この娘を購入するかどうかは分からない。
確実な買い手、購入したいという意欲のあるヨシフミは貴重ではある。
なのだが、そこは商売である。
必要経費をまかなって余りある利益が欲しい。
利益が無ければ生きていく事が出来ないのだから。
そういった商人の心情はヨシフミにも分かっている。
だとすれば、どのあたりが妥協点になるのかを考えていく。
「じゃあ、銀貨二十枚出す代わりに、三ヶ月待ってほしい。
それでどう?」
「いや、それもなあ……」
それも悩ましいところだった。
ヨシフミの出せる金額を考えれば、おそらくそれが限度なのだろう。
だが、銀貨二十枚で三ヶ月というのは辛い。
「その間世話をするんだぞ。
それも考えてくれ」
「それは分かるけどさ」
両者共にこのあたりが譲れない部分だった。
ヨシフミとしては金額が。
奴隷商人としては期間が。
いずれもこれ以上はまけられなかった。
出来ればこの値段でおさめたいヨシフミであったが、さすがにこれ以上はどうにもならないと分かってきた。
相手の都合もあるのだろうし、無理してもどうしようもない。
(さて、どうするよ)
少しばかり考える。
出来れば三ヶ月くらいは待ってもらいたかった。
それでどうなるというわけではないが、それだけあれば奇跡が起きるかもしれない。
希望的観測でしかないが、とりあえずそれだけ待ってもらいたいかった。
二ヶ月ではさすがに余裕がない。
「それじゃ……」
少しばかりかけに出てみる。
「三ヶ月で銀貨二十五枚。
これが限界」
「ふむ……」
奴隷商人も考える。
彼とてこれ以上は無理だろうと分かってる。
おそらく、それならギリギリの範囲である。
「まあ、それならそういう事にしよう。
ただ、売約という事には出来ない。
売買保留だ。
それでいいな?」
「ああ、かまわない」
ヨシフミとしても、納得するしかなかった。
「でも、少しは頭金に勘定してくれよ」
ささやかな意思表示はしておいたが。
そんなこんなを経て奴隷の入手となった。
十三歳の娘は、左手の甲に魔術による刻印を浮かび上がらせる事となった。
これが所有者のいる奴隷としての証になる。
時期が来ればきえさり、その瞬間に主人から解放されるようになっている。
それを含めて、銀貨二百枚。
それがこの娘の値段だった。
一時の稼ぎとしてはかなりのものであろう。
だが、数年の労働の対価としては安いかもしれない。
だからこそ購入者には人件費という面で得ではある。
衣食住の面倒を別にすれば。
それを含めて色々と負担が増えた事に、少しばかり頭が痛くなる。
(やっていけるかねえ……)
先行きがどうなってるのかサッパリ分からない。
それでも、これで良いんだと思いたいところだった。
とにもかくにも今日から二人でやっていける。
それが吉と出ると信じたかった。
「それでだ」
隣を歩く娘に声をかける。
このほどヨシフミの奴隷となった娘は、様子を伺うように見上げてくる。
何となく自分が悪い事をしてるような気にさせられるが、無視していく。
良い事をしてるわけではないのでそういう態度もやむをえないが、気にしてたら先に進めない。
それに、ヨシフミが買わなければ他の者が買っていたのだ。
結局は所有者が変わっていただけで、奴隷になる事に変わりはない。
多分に自己弁護じみたそんな言い訳をしながら娘に言うべき事を伝えていく。
「こうなったからにはお前にもがんばってもらなくちゃならん。
仕事にも連れていくし、色々おぼえてもらう。
いいな?」
「はい」
元気よく、とは言えなかったがしっかりと娘は頷いた。
売却保留にされてる娘の事もあるのだろう、決意が感じられた。
(これならどうにかなるかな)
やる気があるのがまずは大事である。
無いよりは有った方が良い。
おぼえてもらう、おぼえさせねばならない事は多いが、これなら何とかなると思えた。
「がんがん働いてもらうからな」
「はい」
今までより明るい表情で返事をされる。
そんな娘を見て、初めて思った。
────割と可愛いな、と。
「そういや、名前を聞いてなかったな。
なんていうんだ?」
「……アヤ」
今更であるが、ようやく名前を知った。
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