31話 どうせなら一緒にしておいた方がよいでしょう
「何してるんだ?」
怪訝そうな声がヨシフミにかかる。
振り返れば見知った顔がいた。
「ああ、高槻か」
「『ああ』じゃないよ。
なんか、あやしい人間になってたぞ」
「そうか?」
「そりゃあ、仕事を必死になって見ているからな。
不審人物かと思ったよ」
「ひどい言われようだな」
「これをあさるほどヤバイ状況だと思われるのは確実だからな」
困窮者が真っ先に向かうのが仕事の人員募集である。
それだけに、熱心に見入ってれば色々と言われたり思われたりもする。
「でも、そんなに金に困ってるのか?
まずまず上手くいってるみたいだったけど」
「まあね。
食ってくのに困らないくらいには稼いでる」
「じゃあ何で?」
「ちょっと金が必要でね」
「色々ありそうだな、その言い方からするに」
冒険者に限らず金に困ってる者はそれなりにいる。
だいたいが何かしら切羽詰まった事情があっての事だ。
その類なのだろうと高槻は思った。
「まあ色々あってね。
買い取りたいもんがあるから」
「ふーん。
でも、そんなに金がかかるようなもんなのか?」
「ざっと二百銀貨くらいはね」
「……おいおい」
さすがにその額に驚く。
「何を買うつもりだよ。
荷物運搬用の馬か?
武器とかへの魔力付与か?」
どちらも冒険者の金の使い道の一つだった。
荷馬車をひくようになれば、運搬能力が上がる。
武器や防具に魔力を込めれば戦闘が楽になる。
どちらも金がかなりかかるため、だいたい銀貨が大量に必要になる。
もちろんヨシフミの使い道はそこではない。
「人間だ」
「…………なに?」
高槻の混乱は更にひどくなった。
「なるほど、そういう事か」
「ああ。
どうせなら俺が買い取った方が面倒がなくなるだろうからな」
広間に移って再度話をはじめたヨシフミが事情を話していく。
聞いてる高槻も金が必要な理由を理解した。
「しかし、奴隷ねえ」
「やっぱりおかしいか?」
「まあ、普通じゃないけど、珍しいって程でもないかな。
実際、そこらにいるわけだし」
この町にも奴隷は何人か存在する。
たいていは裕福な者達の使用人か、大きめの商会などの従業員をしている。
安く使い倒せる労働者として、割と便利に用いられてると聞いている。
それこそブラック企業の従業員のごとき、ところによってはそれ以下の待遇だとも。
「それに、元奴隷の同業者もいるしな」
奴隷としての契約が終わった者達が、冒険者となるのは珍しくもない。
たいていは周旋屋から仕事をもらうためにやってくるのだが、その中の一部はモンスター退治に赴いていく。
他にも、奴隷が終わるにあたり、そのまま使用人や従業員として働かないかと打診される事もある。
所有者だった主人からすれば、仕事を身につけた人間を手放すのは惜しい。
だから他の使用人や従業員と同じ待遇で雇用をする事も珍しくない。
新しく仕事を見つけるよりはその方が楽なので、そちらを選ぶ者が多い。
だが、奴隷の時と同じような状況にいる事に不快感を持つ者もいる。
そういった者が他に行く所もなく周旋屋に、そして冒険者になっていく。
「誰がそうだったなんて分からないけど、やっぱりいるからな。
奴隷がいるって事はさしておかしくもなんともない」
「そうか」
「でもあれだ、冒険者で奴隷持ちってのは初めて聞いた。
よくそんだけため込んだな」
「他に金の使い道がなかったからね」
「酒や女も?」
「酒は初めて飲んだときに諦めた。
どうにも好きになれん。
女は、まあたまに。
でも、そうそう行けるもんじゃないし」
この世界でも『飲む』『打つ』『買う』の三つは存在する。
娯楽が少ないだけに楽しみと言えばそれくらいだとも言える。
なので稼ぎをそこにつぎ込む冒険者は多い。
次の仕事で死ぬかもしれないならば、金を貯め込んでいても意味が無いと考えるからだ。
ヨシフミのように少額でも貯めておくという者は少数派である。
そういった少数派が貯めたものが、結局使われる事無く家族のもとに送金される事も多い。
そういった出来事が数多くあるから、金は手に入れた瞬間に使う者が多くなっていた。
ごく一部の例外が、金を貯め、貯めた金を資金にして何事かを為していく。
成功してる冒険者にはそういった者の方が多いかもしれなかった。
そこまで生き残れた事。
生き残ってレベルを上げた事。
身につけたレベルという実力を金によって支える事が出来た事。
そういった要素が組み上がって成功に至っている。
中には一攫千金の機会を掴んだ者もいるが、それこそ例外的な少数派であった。
そういった事例に触発されたわけではないが、ヨシフミは金を貯めていた。
最初は武器や防具を手にいれるため。
それからそれらの補修や保全のため。
仕事がない時に食いつないでいくため。
何より前世の経験と体験をもとにして。
『無くて困る事はあっても、有ればたいていどうにかなる』
その事が多少は金を貯めておく事に繋がっていた。
死ねば確かに蓄えた分は無駄になるが、生きてる間はどこかで必要になる。
その瞬間がいつ訪れるか分からないから、多少は蓄えておこうと思った。
将来を見越した計画というよりは、何かあった時の対策としてである。
それなりの金額にまで貯まったのは、たまたまであった。
計画してのものや、意図的にそうしたわけではない。
蓄えというよりは、備えといった方が適切だろう。
「でも、それも使っちまったと」
「ああ。
まさかすぐに必要になるとは思わなかったしな」
奴隷一人を買って終わりだと思っていた。
まさかおまけが付いてくる事になるとは想像もしてなかった。
「でも、買い取る必要はないだろ。
義務があるわけじゃないし」
「そうなんだけどな。
アヤの機嫌が悪くなる」
「奴隷相手にそこまで気遣うのかよ」
「気分の悪い人間は作業効率が落ちるんだよ」
効率重視の言い方に、高槻は呆れた。
「なるほどね」
「それに人手が増えれば楽が出来る。
ガキなら早いうちから仕込んでおけるし、何年かすれば貴重な労働力になってくれる」
「随分気の長い話だな」
「そうでも考えておかなきゃやってらんねえよ」
アヤは特に文句をいうでもなく仕事をこなしてくれるが、使う側はそれなりに神経を使う。
奴隷であろうと人間を用いるのだから、それなりに接し方も考えねばならない。
そういった諸々の事を踏まえると、どうしても横柄にやっていく事は出来なくなる。
ハルを買い取ってアヤと一緒にさせるのも、その為だった。
「まあ、それならこっちも適当な仕事がないか考えてみるよ。
ハルオミさんにも相談してみる」
「頼むよ」
「だけど期待しないでくれ。
俺らも新参だからそんな発言権はないんだし」
「進言してくれるだけでありがたいよ」
期待はしないが感謝はした。
そして一週間。
めぼしい仕事もなく、いつも通りにモンスター退治に出かけて帰ってくる。
そんなヨシフミにオッサンが声をかけ、何事か話しあっていく。
なんだろうと思ってるアヤとサキの前で、ヨシフミは振り返る。
「ちょっと話してくるから、先に食堂に行ってて」
そう言って奥の部屋へと向かっていく。
「なんなんでしょうね」
「さあ。
帰ってきたら説明してくれるだろうけど」
言いながら食堂へと向かっていく。
夕食にはまだ早いが、外から帰ってきたので腹が減っている。
疲れをとって空腹を癒す為に、口に入るものが必要だった。
20:00に続きを公開予定




