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1話 奴隷を買いに来たんだが、さてどうしたものかと思ってしまう

(どうすっかな……)

 日立ヨシフミは考えこんでしまった。

 別におかしな所はない。

 ここは奴隷商人の館で、目の前には商品たる奴隷が立っている。

 ヨシフミの呈示した値段で、それなら売れるのはこれだ、と言われた者だ。

 それが二人いる。



 両方とも女で、しかも年齢も若い。

 若いというより幼い。

 聞けば、一人は十三歳で、もう一人は十一歳だという。

 同じ村から売られてきたとも聞いた。



(どうするよ……)

 再び同じ疑問が頭に浮かぶ。

 これはさすがに想定外だった。



 確かに奴隷を買いに来た。

 使える人手を確保しようと思っていた。

 自分の所持金ではたいしたものは手に入らないだろうとも。

 なのだが、それでもこんな幼い、しかも女の子が出てくるのは予想外だった。



 奴隷という存在が特別なものでもない世界である。

 理由は様々なだが、それでも理由は概ね一つにしぼられる。

 『食い詰めて』しまってこうなるより他なかった、というあたりだ。



 作物のなりが悪くて年貢がおさめられないとか。

 背負った借金が払えなかったとか。

 高い身分が落ちぶれていきついたのがここだったとか。

 戦争で負けて捕虜になったり捕らえられたりしたとか。

 とにもかくにも、他に食っていく手段がないから、というのは同じであろう。



 その結果に同情するし、かわいそうだとも思う。

 しかし、だからといって人を売り飛ばすという習わしが無くなってるわけではない。

 最悪の場合の手段として身売りというのは認められてるし、その果てにあるのが奴隷という職業(?)である。

 あるいは身分と言っても良いのだろうか。



 ともにもかくにも、金と引き替えに自由を失う、自由を差し出して金を手に入れる手段としてこれは存在している。

 制度として認められてるわけではないので、合法かどうかを問われれば『否』である。

 しかし、積極的に禁止されてるかというとそうでもない。

 だが、そういう身分に陥ったものを哀れむ気持ちは誰もが持ち合わせてる。

 存在してるからといって、それが最良最善だと思ってるものもほとんどいない。

 ヨシフミも例外ではない。

 とはいえ、それを悪とするほど毅然としてるわけでもないが。



「なあ、親爺」

 店の主である奴隷商人に声をかける。

「本当にこの二人でいいのか?」

「ああ、それが商品だ」

 四十代に入ったと思しき奴隷商人の答えは明快だった。

「他の使用人と間違えてるとか、そういう事はないんだな?」

「ない。

 それが商品だ。

 お前さんが呈示した金額で売れるな」

「…………」

 もう何も言えなくなってしまった。

 出来れば間違いだと思いたかったし、そういう答えが出て来る事を願っていたが。



「そっか、これなんだ」

「ああ、それだ。

 残念か?」

「いや、まあ、そういうわけじゃないんだが」

 嘘である。

 残念と言えば残念である。



 ヨシフミが求めていたのは、もっと使えるものだった。

 仕事の助手として役立ってくれるような。

 目の前の二人は、そういう観点からすれば大きく外れている。

 もっと別の用途であれば話は別なのだが。

 その辺が疑問と言えば疑問にもなる。



「でもさ、これだったら娼館とかに売れるんじゃないのか?」

 それはそれで良いとはいえない。

 しかし、女であるなら、それなりの年頃であるならそちらの道がある。

 十二歳にもなれば結婚してておかしくもないし、十五歳までに子供の一人くらい産んでいて当然。

 そんな世界であるので、この年頃なら性欲発散系の職業に売り飛ばされてもおかしくはない。

 そう思ったのだが、親爺は首を横に振った。



「この年齢じゃあね。

 娼館だって、もっと小さい頃から仕込み始めるんだ。

 この年齢だと躾も難しくて、もう無理だわ。

 あれも客相手の色々な作法を身につけなきゃならんからな」

「作法ねえ……」

 そんな言い方をするほどご大層なものなのかと思うが、そういうならそうなのだろう。



「それで奴隷か」

「そうだ。

 これしかなかったって事だ」

 世の中の仕組みの一部を知って少しだけ賢くなれた。

 今後何の役に立つのかわからないが。



「で、どうするよ」

 親爺が逆に尋ねてくる。

「お前の金じゃこれしか売れないが」

「そうだな……」

 その言葉に、目の前の二人が身を固くするのが感じられた。



 それもそうだろう。

 自分達が売り飛ばされる、いよいよもって奴隷としての身分が確定するというのだ。

 緊張、いや、恐怖しないほうがおかしい。

 だが、だからといってヨシフミも諦めるわけにはいかなかった。



 仕事で人手が必要だった。

 今まで一人でなんとかがんばってきたが、さすがに独立したかった。

 今まではあちこちの一団や徒党に入ったり、一時的に参加したり、臨時編成の集団を作って仕事をしていた。

 だが、それだと安定性に欠ける。

 どうしてもその場その場での状況に左右されてしまう。



 人手が必要な時期は良いが、そうでない時に何も出来ない。

 仮に募集があっても、自分のもってる技術では条件を満たさない事もある。

 それでもどうにか食いつないできたが、そろそろそういった状況から脱却したかった。

 だから、人手が欲しかった。

 自分以外に、一緒に行動出来る者が。

 その為の奴隷である。



 ────ならば仲間を募れば良いのでは?

 おそらく、多くの者がそう考えるだろう。

 ヨシフミとてそれは考えた。

 実行にもうつした。

 一緒に仕事をしてくれる仲間を募った。



 しかし、それなりの腕の者は既に仲間を結成してるか、より大きな一団に加わってるのが大半だった。

 新人でも良いから、と思ってもそういった者達も既に実績のある大きな一団に身を寄せる。

 余ってる人手は、おいそれと頼めないように高レベルの人間か、使い道のない屑であるかの両極端がほとんどだった。



 こういった人手を斡旋する周旋屋に頼んではいたのだが、結果は残念なものとなっていた。

 周旋屋も紹介などはしてくれたのだが、残念ながら誰も集まらなかった。

 実績のないヨシフミの所をわざわざ選ぶような者はほとんどいない。

 ヨシフミ自身はそれなりのレベルに到達してるのだが、個人の能力と集団としての実績は別である。

 ヨシフミが突出して優れていれば良かったのだろうが、そうでないのも響いていた。



 年齢的なものもある。

 もう二十五歳になろうというあたりだ。

 寿命が五十歳から六十歳というこの世界において、人生の折り返し地点である。

 活躍できる残りの時間や期間を考えると、新たに新人を囲って育てた方が良いと言える。

 勢力拡大の為の人員補強や、大幅な欠員の補充でないならば。

 よほどの例外でもなければ、残り十年から十五年余りの活動期間しかない。

 そんな者を好んで用いようというものはそう多くはない。



 既に所属してるものとの兼ね合いもある。

 所属してた者が二十五歳になったのと、新規で二十五歳を採用するのはわけが違う。

 一団に所属して二十五歳にもなってれば、小なりといえども何人かをまとめる立場に立っている。

 そうでなくても、頼れる中堅として一団内においての立場をつくりあげている。

 だが、新規で採用するとなると、どうしてもそれらとの兼ね合いが問題になる。



 まったく技術をもってない新人なら下っ端という事でもよい。

 しかし、なまじそれなりの技術をもってるとなると、集団内における立ち位置を考えていかねばならなくなる。

 役職なしは当然としても、下っ端と同じように扱うのはもったいない。

 かといって、誰かの下にいれるにしても、他の者をおしのける形になるのもまずい。

 それならば、やはり新人を入れて育てた方が、という事になっていく。

 そういった所に最初から所属出来なかったのは不運というしかない。



 そういった諸々の事情から、人手を募る最も簡単な手段が奴隷となった。

 一時的に技術を持ってる者を雇う、というのも考えた。

 だが、依頼料を考えるとどうしても一定以上の稼ぎが見込めないとどうしようもない。

 残念ながらそんなあてはない。



 人手があればどうにかなるかもしれないが、現状ではまったく確約出来ない。

 そんな事にわざわざのってくる奴などいない。

 いたとすれば、それはよほど切羽詰まってるか救いようもないほどの馬鹿なのかのどちらかである。

 義侠心にあふれた誰かがあらわれる……などという夢物語をしんじるわけにもいかない。

 確実な労働力確保となると、思いつくのは奴隷しかなかった。



 幸いにも金銭はそれなりに貯めていた。

 乏しい稼ぎから少しでも貯蓄を作ってある。

 当面の仕事がなくても、数ヶ月は生活出来るくらいには。

 それを擲っての奴隷購入である。



 しかし、実際に目の前に女の子が二人出てきて、少しばかり考えこんでしまった。

 迷ってるわけではない。

 多少の良心の呵責はあるが、それを置いておく事は出来る。

 生半可な優しさなど、無駄どころか足を引っ張る重石にしかならない。



(使えるのか、こいつ)

 そんな、無味乾燥で殺伐とした事務的な考えが頭に浮かんでいた。

 ヨシフミにしてみれば、目の前の女の子の境遇よりも自分のこれからの方が大事である。

 他への憐憫など、それをこなした後に成せるものである。

 自分を捨ててまでなす善など何の価値も見いだしてない。



 善意を否定はしないが、それは生きてる時にいかにして為すかが大事と思っている。

 死んで花実が咲くものではない。

 咲いたとしても、それを自分も楽しめないのでは何の意味もない。

 その事は過去を振り返ればいやというほど思い知る。



(もう、二度とごめんだ……)

 二十五年近くの人生で常に思ってきた事だった。

 生まれてくる前、これ以前の人生を思い出しながら考えていた。

 その時の記憶と体験が、今生での有意義なあり方を求めていた。



 日立ヨシフミ。

 二十五歳目前。

 剣と魔法のファンタジーな世界に転生した、冒険者である。

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