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05. エピローグ

 夕方の自宅にて、僕は昨晩から抱えていた一つの問題を解決するべく思いを凝らしていた。

「どうすっかなあ。これ」

 倉林さんのニーハイソックス。昨日帰宅後にポケットをまさぐったら出てきた。つまり、倉林さんからファミレスでお礼を言われたときも、倉林さんが仕返しするのを遠くで見守っていたときも、それが終わってハイタッチをしたときも、僕のポケットには奪い取った彼女のニーハイソックスが丸めて押し込まれていたのだ。

 なんたるクズ野郎だ僕は。

「魚崎ぃ。この漫画続きないのかぁ?」

「今僕は真剣に悩んでいるところなんだ。あとにしてくれ」

 サリー・シェリンガムは依然としてこの狭山ハイツ一○三号に居座るつもりらしい。

 言い分はわかる。僕が食べてしまった種とやらは数十粒もあり、今回の件で消化できたのは靴下フェチだけなのだから。サリーにしてみれば仕事はまだまだあるということだ。

 だけど、だったらせめて態度というものがあるのではないだろうか。

「キャハハハハハ!」

 狭い部屋で惜しげもなく体を伸ばして寛ぎ、家主の所有物である漫画を勝手に読み漁る居候がどこにいよう。ましてやこいつは自称天使だ。天使ってのはもっとこう、常に純真な輝きを放っているべきだ。こうして一緒に生活するなら、せめて掃除をするなり人並みくらいに役に立ってほしいものだが……そうだ。

「おいサリー。頼みがあるんだけど」

「今あたしは真剣に漫画を読んでいるところなのだ。あとに……あいてっ! 何度あたしの額を叩けば気が済むんだ魚崎ぃ」

「この倉林さんの靴下、お前からこっそり返しておいてくれない? サリーだったら女だし、たまたま拾ったとか言っておけば倉林さんも嫌な顔しないだろきっと。な?」

「えー。変態らしく自分のお宝ボックスにでも仕舞っとけばいいじゃないか」

「そんなボックスねえよ。ほら、な!」

 僕はサリーの手に無理やりそいつを握り込ませた。

 正直言うと名残惜しい。サリーの言うとおり、お宝として取っておきたいくらいだ。だが、僕はノーマルな男子高校生としてのプライドを捨てたわけじゃない。僕はあの靴下を取っておくわけにはいかないのだ!

「魚崎ぃ。なんか泣きそうな顔になってるぞ」

「うるせえよちくしょう……早くもってけ!」

「いや、貴様が手を離してくれんとな」

 僕は震える指先を靴下から離した。

 いいんだ……これで……。

 コントロールするってのはそういうことだ。性質はそれぞれだけど、誰しも欲望や衝動は抱えていて、誰しもそれをコントロールしようとしているんだ。それを怠らない限り、内に眠る嗜癖がどんなものであれ、僕は健全だ。

 熱くなる目頭を押さえて立ち上がる。そろそろ準備しなくちゃいけない。

「なんで今更着替え始めてんだ魚崎」

「ふふ。実はこれから倉林さんと映画館デートなんだ! 昨日のお礼にってね。まあ男らしく支払いは僕が持つつもりだけど」

「な、なんだってー!」

 サリーが漫画を放り投げて驚く。人の私物をなんだと思ってるんだ、と言いたいところだが、無理もないか。僕自身、誘われたときは手放しで喜んだ。

「そんな金があるなら冷蔵庫内をもっと充実させろー!」

「驚いたのそこかよ!」

 僕の私服の中でも異彩を放つ漆黒のテーラードジャケットでおしゃれに決めて、約束の時間を待つ。このデートは神様のご褒美に違いない。昨日までの靴下事件を耐え抜き、さらにその余燼として残った靴下への情も切り捨て、紳士的に振舞った僕へのご褒美!

 ありがとうございます神様! あなたの遣わした天使にはこれっぽっちも感謝しませんけれどね!

 呼び鈴の音がして、僕は倉林さんの香気に誘われる羽虫のように玄関まで踊り進む。

 靴下イベントは終わった。さあ久しぶりの楽しいイベントだ。僕は未来へ飛び出るような気持ちで勢いよく玄関扉を開けた。

「ちわっす魚崎さんですね? モンゴル相撲のDVDお届けに上がりました」


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