自由を求めて旅立つ若者の観測記録 Part3
「そ、そうだよね……
僕みたいな奴が付いて行っても足手まといだもんな……」
俺はたった一言で目の前の杉山を突き放した。
「別に旅人としての生活ができるかどうか心配しているわけじゃない
倒れたら置いていくし、我儘を言っても一切聞くつもりはない」
「ははっ……やっぱり手厳しいな」
「だがな……おまえはそれ以前の問題だ
おまえの境遇には同情できるものはあるし、おまえの考え方が俺には間違っているとは思えない
だが、今のおまえは自分の境遇を誰かのせいにして文句ばかり言って自分では何一つ動かない子供に過ぎない」
杉山はその言葉に少し憤りを感じたようだが、思う所があったのか出かけた言葉をしまって俺の話に耳を傾けた。
「子供なら仕方ないがな……だがおまえはもうすぐ25になる男だろ?
今の現状が気に入らず、街の規則から逃れたいなら自分の力で行動を起こせ
俺に頼って旅を始めて後悔する事になったとしたら、今のおまえなら100%俺を恨む
誰と一緒に逃げても同じだ、お前は絶対に他人のせいにする
だから今のおまえを旅には連れて行く事はできない」
この言葉で杉山が怒って捻くれるなら、それまでだ。
俺の観測記録には可哀想な青年として記録されるだけだろう。
杉山は俺の言葉を聞いて怪訝な表情は見せず、ただしっかり前を見つめていた。
そして、しばらく沈黙が続き、その沈黙を破る様に杉山が声を掛けてきた。
「霧崎さん、僕は今あんたに何て言えば良いのか分からない
あんたがここを去るまで……それまで時間をくれないか
その時に答えを出すよ……だから”1週間”だけ待っていてくれないか?」
「ああ……1週間後にはここを出ようと思っていた所だ
その日にもう一度話を聞こう」
俺がそう言うと杉山は軽くお辞儀をしてそのまま立ち去って行った。
今の杉山の中には様々な感情が巡っている事だろう。
そしてその感情の中で冷静に自分がどうしたいかを今すぐに選択する事は難しい事だ。
時間を掛けて考えて、冷静になって考えるのが一番だろう。
その場で俺を怒鳴りつけたり、その場の勢いで答えを出すよりも遥かに良い選択肢だ。
次の日から杉山は食事をする時以外は部屋から出てこなくなった。
食事をする時も終始無言で取り続けた。
あれほど俺の話に興味津々だった杉山も今は自分自身にある壁を乗り越える為に考え続けていた。
最低限の挨拶以外はしないが、出ていけとは言われていないので少なくともまだ俺はここで暮らしていて良いらしい。
俺は杉山に話をしていた時間を使って夜も街に出かけた。
酒屋で酒を飲んだり、多少田舎街なので夜の星空が綺麗に見える事から芝生に寝て天体観測をしたりしていた。
そんな生活をしていると1週間など漫画のページをペラペラと捲る様にどんどん進んでいく様で、ついに期日の日がやってきたのだった。
約束の日……この日で答えが出せなければ杉山は町役場で晒し者にされてしまう。
杉山はこれからどうするべきか、その答えを出せたのだろうか。
俺は家を出て扉の前で杉山を待った。
荷物は昨日のうちにまとめて既にここを出る準備は整っている。
しばらくすると、そこにはリュックを背負った杉山が現れた。
「……答えは決まったか?」
「ああ……決まったよ
聞いてくれないか?」
俺は無言でただ頷く。
「正直に言うと霧崎さんの言ってる事最初はムカついたよ……
でも、分かってたんだ……僕が本当にムカついてるのは
怖がって行動を起こせない自分なんだって……」
杉山は今日まで考えてきた自分の答えを俺にぶつけてくる。
「この家を離れてどんな世界が待っているか何て分からない
怖くないって言ったら嘘になる
でも、現状に納得できないならそれを変えるために行動するしかない」
そこに居るのは1週間前の自分の状況に対して文句を言っているだけの子供だった青年ではなかった。
目の前の青年は今勇気を出して自分を変える為に行動を起こそうとしている。
「だから僕は……ここを出ていく!
この街や地域のルールを変えられる程僕には力はない
嫌なら出ていくさ、霧崎さんの力は借りず自分の力だけでここを出て行って新しい場所を探すよ!」
杉山は自分の決意を俺に表明した。リュックの中には新しい場所でもやっていけるだけの金銭になるものが入っているのだろう。
俺は少し悪戯にこんな事を言ってみた。
「ならおまえとはここでお別れだな
今のおまえなら旅に連れて行っても良いと思っているんだがな」
「ははっ……冗談はやめてよ、例え冗談だとしても少し揺らいじゃうよ
僕はこれから自分で考えて自分で行動する一人の旅人になるんだ」
「まぁ冗談だ、本当にそう思っているかおまえを試した」
「やっぱりそうだよね」
そんな冗談を言っているとどうやら1週間前にもやって来た町役場の人間が楽しそうな話し声を上げながらこちらに近づいてくるのが見えた。
「やべぇ……あいつら来てんじゃん!
じゃあ僕はもう行くよ! ここで捕まったら台無しだからね」
杉山はそのまま走って街の外の世界へと歩みを進めていく。
言葉で言うのは簡単かもしれないが、杉山にはこれからいくつもの苦労が待っているだろう。
しかし、心配はいらないはずだ。きっと最期まで杉山は自分で考えて自分で行動し、責任の所在を誰のせいにもしない立派な旅人でいれるはずだ。
俺はそんな旅人の背中を見ながら自分の旅路へと戻っていく。
杉山の旅は始まったばかりだが、何時かは終わりが来る。
しかし、俺の旅に終わりはない。
ゴールのない旅の中俺は様々な人間を観測し続け、永遠の時を生きる。
俺の犯した大罪は地獄すら生温い大罪を犯した……世界の王の話を聞くと地獄で罪を償うとしてもいずれは終わりが来るらしい。
生前の記憶を奪われたまま何も分からず、永遠に世界の王の目となり世界を観測し続ける。
確かに世界の王の言う通り、俺の償いと比較すれば、何れ終わりが来る地獄での罪の償いなど生温い物なのかもしれない。
終わりの見えない旅の中で最も必要な物は潤沢な資金ではない。
他人に流されず、自分の心で決定していける意思の力が最も必要なのだ。
誰もこの旅の意義も何をすれば良いのかも俺に教えてくれる人間なんていない。
その時自分がどうするべきか決定していけるのはあくまで自分自身なのだ。
自分自身さえ見失わなければ例え永遠の旅を強いられていたとしても、上手くやっていく事ができるはずだ。
「お父さん! またあのお話聞かせて~!」
「もう3回話しただろ、まぁいいけどさぁ……」
新しい街に辿り着き、ベンチに座っているとそこには親子が仲睦まじそうに話している。
楽しそうに話を聞いている娘の顔を横目で見ていると……
俺はふと俺の話を興味津々で聞いていたかつての杉山を思い出す。
もう杉山に会う事はないだろう。
しかし、俺の話を聞いて喜んだり、悲しんだりしていた杉山の表情の一つ一つが俺にとっての思い出であり、旅の供であり続けるに違いない。
俺はそんな事を思いながら、今までの事を観測記録に記帳していた。
終わり
この話もこれで終了です。
このお話は今の日本の多くの若者に当てはまる考え方に焦点を当ててみました。
次回は今タイムリーでインターネット上で取り上げられている事をテーマに物語を書いていこうと思います。
ではでは。