自由を求めて旅立つ若者の観測記録 Part2
「役所の人間か一体どう言う用件でおまえを訪ねてくるんだ?」
俺の問いかけに杉山はこう返した。
「知っての通り僕は天涯孤独だ……
両親は一攫千金の様なヤマを当てた商人でね
金と家を残して10年くらい前にいなくなってしまったんだ」
「じゃあ10代後半からこの家で独り暮らしか?」
「そうだね……まぁ最初は大変だったけど
慣れちゃえばそっちの方が気楽だよ、残したお金だって弁えてれば一生暮らせるくらいだ
何回か帰ってきた時もあるけど、お土産とお金だけ持って来てとっとと行ってしまうしね」
彼の両親は旅をしながら商人をやって、息子をほったらかしていたようだ。
金持ちの両親が金の力で子供を世話する手間を省いていたと言うのが正しいか。
「だからその事に不満は感じていない
問題はわざわざ”この街”に僕を残して行ってしまったのかだよ」
この街……街の役人……少しだけ話が見えて来た様だ。
「なるほど……街に厄介な法律やルールがあって……
そのせいでおまえは苦しんでいる訳か」
「正解だ、街って言うより一応ここ一帯の自治州のルールみたいなものだけどね
この自治州は繁栄のために人口の増加を推進しているんだ……
そのために結婚式の簡略化による費用の節約できる方法があったり、育児支援の充実を最優先で強化していたりね……」
杉山の言う事はまだこの地域への滞在期間が半年にも満たない俺にも納得のできる事だった。
確かに街を歩けば貴方の育児を助けますと言った趣旨の広告をよく見つけたり、同様にお見合いに関する誘いも多く見かけられた。
逆に女遊びできるスポットが極端に少ない事に疑問を抱いていたが、今の話を改めて聞けば独身の男が遊びで満足するのを防ぐために規制が多かったのだろう。
「この地域では結婚に関するルールでとんでもないものがあるんだ……
満23歳に達した女性、又は満25歳に達した男性が未婚の場合、その誕生日の日に役場の前で椅子に縛り付けられて一日晒し者として過ごさなければならない……」
「もしそんな法律があるなら他の地域なら人権侵害が主張できそうだな
おまえ今いくつだ……」
「24だよ……後一週間で25歳さ……」
杉山は頭を抱えながら事実を突き付けた。
町役場の人間がわざわざ街外れのこの家の敷地まで来た事は理解できた。
つまり目の前の男は後一週間以内に結婚相手を見つけて、役場の人間を納得させないと役場の前で晒し者にされてしまうわけか。
「それで……今までのおまえの反応を見ていれば大体察しはつくが
おまえは結婚したいのか、したくないのかどっちなんだ?」
「は? 僕がするわけないだろ!」
即答だった。つまり、役場の人間を納得させるために一緒に結婚相手を探す事は何の解決にもならないと言う訳だ。
「貧乏人の中でも極貧クラスなら流石に結婚できない連中もいるんじゃないか
その場合はどうしてるんだ?」
「流石にあいつらもそこは考えてるよ
説明して誰がどう見てもどうしようもないくらい貧しかったり、できない事情があるならそれは免除される……」
なるほど……とは言え他人を晒し者にできる権限を役場が持っているわけだからな。
少しでも無理ではないと考える人が出る様な説明だったら、強引に認めずに晒し者に仕立て上げる職権乱用はこの街だけではなく他の街も含めたら発生しているに違いない。
よって、今すぐ杉山が貧乏になっても解決方法にはならないだろう。
「具体的に晒し者ってどんな風に晒されるんだ
ただ役場の前で椅子に座って縛られているだけか?」
「そんな生温いものじゃないよ……
縛られて晒し者にされている間は人間として扱われないんだよ
流石に傷害になると別の罪で起訴されるけど、パイ生地を投げられたり、ワインを頭からぶっかけられるのは覚悟しなきゃいけないね
それを朝から夕方まで耐えなきゃいけない……」
晒し者と言う言葉より、合法的なイジメを許容すると言うのが正しいだろう。
「あいつらの言い分としちゃ……結婚して子供を作る事が街に住む事の義務や貢献って言うけど……冗談じゃない!
それで結婚や育児の支援を最大にやって俺はこれだけしてやってんだからおまえらもそれに答えろよって言うライフスタイルの押しつけをあいつらはしてくるんだ!」
杉山は段々と内から湧き出る本音をぶちまける様に言葉を吐いている。
他の地域との建前で結婚の自由は保障されているように見えて実質このルールによってその保障など全くないものとしているのだろう。
この様なルールがあれば普通の人間であれば、結婚をすることを選ぶ。
一定の年齢になったら自分から、又は親に言われて結婚相手を選ぶことに尽力するのがこの地域の常となっているのだろう。
「子供を作って育てる事が地域や国の貢献になるなんて言うけど、違うだろ!
何が貢献だよ、貢献のために子供を育ててるんじゃねーだろ!
目の前の子どものためを思って子供を育てる事が本当の育児じゃねーのかよっ!」
杉山は地域に対しての不満を言いつつも、自分は生まれてきてもあまり大切に育てて貰えなかった時の事を思い出して怒っている様にも見えた。
「自分のライフスタイルくらい自分で決めて何が悪いんだよ!
僕は独り身で生きる事が性に合ってるし、リスクもないと思っている!
そもそも自分の生きたい生き方を他人の邪魔をしない範囲で好きな様に歩むのが人生じゃねーのかよっ!
勝手に他人を劣等種や除者扱いにして虐げるなんてこれじゃ宗教の異端審問と変わらないじゃないかっ!」
杉山は机を叩きながら立ち上がり俺に本音をぶちまけた。
そして、その直後熱くなっていた自分を客観的に見れるくらい冷静になったのか頭を抱えたままそのままゆっくりと座った。
「ごめん……霧崎さんに言っても仕方ないよね……」
杉山は俺に謝るとしばらく無言の時間が続いた。
俺が口を開こうとすると、杉山から言葉が投げかけられる。
「ねぇ……霧崎さんは独りでずっと旅してきたんだよね
羨ましいな……何にも縛られていなくて」
「……この家から出る気はないのか?」
「えっ?」
俺は杉山に一つの疑問を投げかけた。
「おまえの問題……それはこの街……いや、この地域にいるからじゃないか?
相手にも街にいる以上その街のルールがどんなに理不尽であっても従わなきゃいけないと言う言い分が通る事は分かるよな?」
「……ああ、そうだね
霧崎さんの言うとおりだ、街のルールが嫌なら出ていけば良い
そんな事は分かってるさ……分かってるさ……」
「出ていかない……いや、出ていけない理由があるのか?」
杉山は俺の質問に少し考えこんで、そして消え入る声で口を開いた。
「僕は……この街の外に出た事がないんだ……
小さい頃、両親は夜まであちこち駆け回っていて遠出にも連れていってくれた事はない
だから……この街から出る事が少しだけ……ほんの少しだけ怖いんだよ……」
街の外に出た事はない、杉山はこう言った。
杉山が俺の話を熱心に聞きたがった事、出会ったあの時リスクを好まない杉山が俺をしばらく泊めると言った事……
それは、少しでもこの地域の外の話を聞いてここを出る決心をしたかったからなのかもしれない。
「霧崎さん……話を聞かせる以外で
もう一つだけ頼んで良いか?」
「なんだ、言ってみろ」
「僕も旅に連れて行ってくれないか!
霧崎さんとならこの街の外に出ても大丈夫な気がするんだ!
足手まといには絶対ならない様にするから、頼むよ! 僕も連れて行ってくれ!」
杉山は必死に俺に頼み込んでくる。
しかし、その頼みへの答えは最初に会った時から既に決まっていた。
俺はただ一言冷たく言い放つ。
「断る……」
続く