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虹色幻想

君に降る夢(虹色幻想24)

作者: 東亭和子

 とても寒い日だった。

 その日は今年初めての雪が降った。

 その雪を見て、とても気持ちが高ぶったのを覚えている。

 そうして嬉しくなり、はしゃいで駆け回った。

 寒さなど気にならなかった。

 それくらい、楽しかった。


 空を見上げると、暗く澱んだ色の間から、白い雪がいくつも舞い降りてきた。

 雪は永遠に降り続くように思われた。

 それほどたくさんの雪が降ったのだった。

 たくさんの夢が、君に降るように、願うよ。

 たくさんの幸福が、この雪のように君に降ればいい。

 例え遠く離れていても、この想いは変わらない。

 君だけを、想い続けるよ。



 とても暑い日だった。

 寝苦しい夜に耐えられず、寝付いたのは早朝。

 そうしてとても幸福な夢を見た。

 あまりにも幸福すぎて、涙を流した。

 そんな夢は、起きたとたんに忘れてしまった。

 それでも幸福感だけは、心に残った。

 夢の余韻が拭えなくて、ずっとベッドにいた。

 動いてしまえば、この幸福が逃げてしまうように思えた。

 幸い、その日は休日だった。

 だからずっとベッドにいた。


 それからしばらくして、また夢を見た。

 とても幸福で、満たされていた。

 そうして起きると、また夢を忘れた。

 心に大きな喪失感が残った。

 大切な何かを忘れてしまったようだ。

 それを思い出したくて、また眠りについた。

 不思議なことに、目を閉じると意識は遠のいていき、あの幸福感が押し寄せてきた。


 夢の中で、私は子犬だった。

 私は雪の降りしきる中を飛び跳ねていた。

 とても楽しく、雪と戯れていた。

「チビ!」

 主人が声をかけた。

 私は喜んで駆けていった。

 主人は優しく私を抱き上げ、頭をなでてくれた。

 それがとても嬉しくて、私は主人の顔を舐めたのだった。


 目が覚めたのは、頬に冷たい涙を感じたからだ。

 いつも見ていた幸福な夢の正体、それは過去の幻影だった。

 あまりにも幸福だった日々。

 もうここにはいない人の声、体温、表情、それは酷く鮮やかで私の心を痛めつけた。

 私は膝を抱えて泣いた。


 彼は遠く離れた場所にいる。

 きっと、もう会うことはないのだろう。

 こことは反対側の世界。

 たくさんの雪が降る場所。

 私が行ったこともない場所。

 そこで彼は暮らしている。


 彼は犬を飼っているのだろうか?

 そうして雪に戯れる犬を優しく抱くのだろうか?


 そうだったらいい。

 あの雪のように清く、美しく、幸福なものが彼の周りを満たしているように。

 そうだったら、いい。



 とても寒い日だった。

 君が泣いている夢を見たよ。

 膝を抱え、君は声を殺して泣いていた。

 それはとても辛く、悲しい涙だった。

 傍に行って抱きしめたかった。

 君の不安を取り除きたかった。

 そしてそれが出来ない自分が、酷く惨めだった。


 君の傍を離れたのは、君のためだった。

 僕たちはお互いをダメにしてしまう。

 二人で話し合って、そう決めた。

 連絡も取らないと。

 でも、それで本当に良かったのだろうか?


 ここはとても寒い場所だ。

 今年の冬は特に。

 空から舞い降りるたくさんの雪は、世界を銀色に染める。

 全てが埋まり、清く、美しいモノに変えられる。

 それは言葉で言い表せないほどに美しい。

 

 この世界を、君に見せたいよ。

 きっと君も寒さを忘れて雪に興奮するのだろう。

 君に会いたいよ。

 会いたくて堪らないよ。

 それほど、君が出てきた夢は幸福だった。

 涙が出るほどに幸福で懐かしかった。

 君にも、幸福がたくさん降ればいい。

 この雪のように。

 たくさん、たくさん、降り積もればいい。



 とても暑い日、久しぶりにあの夢を見た。

 彼は子犬である私に話しかけていた。

「この美しい銀色の世界を彼女に見せてあげたい」

 きっと、喜ぶだろう。

 そう言って笑う彼の笑顔は懐かしかった。

 知っているよ。

 美しい雪で遊んだ。

 とても楽しかった。

「会いに、行こうと思う。

 そうしてまた話をして、一緒にここで暮らしたい。

 夢の中で、彼女はまだあの家に住んでいた。

 夢のことだから、真実ではないのだろう。

 でも、僕はきっと彼女はまだ、あそこにいると思う。

 自惚れだろうか?」

 そんなことはない、と私は吠えた。

 彼は優しく私を撫でた。


 そうして私は目覚めた。

 まだ、彼に撫でられた感触が残っている。

 幸福な夢は、時に残酷だった。

 きっとこれは私が望んだ夢。

 私に都合のいい、夢。


 チャイムが鳴った。

 こんな早朝に誰だろうか?

「はい」

 覗き窓から外を見る。

 そこには、あの子犬がいた。

 そうして彼がいた。

 私は慌ててドアを開けた。


「君に会いたくて堪らなかったよ。

 だから来てしまった。怒るかい?」

 そう言って俯く彼に、私は飛びついた。

「私も会いたかったの。

 ずっと、あなたの夢を見ていたわ」

 彼に抱かれた子犬が嬉しそうに鳴いて、私の頬を舐めた。

「チビ。君にも会いたかったよ」

 そう言って私が子犬を撫でると、彼は驚いた顔をした。

「どうして名前を?」

「ずっと夢を見ていたの。

 私は夢の中でこの子になっていたわ。

 そうして雪の降る中を遊んだ。

 とても楽しかったわ。

 美しい銀色の世界をあなたと共に見ていたの」

 そう言って、私は笑った。


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