第九話 生還!
部屋の中は凍りついたように、全てが止まっていた。ただ一人、崩れ落ちたペネルを除いて。
「助……かった……?」
舞の小さな声は、やけに大きく響き、周りを少しずつ溶かしていった。
「やった……やったぞ! 俺たち生きてる!」
「なんかよくわからんが良かった! 勇者万歳!」
「万歳! 万歳! 万歳!万歳!」
野次馬どもの素早い変わり身に呆れていると、シャネルが近寄ってきて耳打ちした。
「今のうちに逃げてください。勇者は魔族の敵ですが、私にはこの場であなたたちを抹殺するより、重要なことがあると思えて仕方ありません」
「簡単にいうと、泳がせるってことだろ?」
「そうなりますね」
正直気にくわないが、今は贅沢を言っていられるような時ではない。
「借りだなんて思わないからな」
「結構です。私は自分の力でなんとかできますから」
「は! そうかよ。それじゃ、お言葉に甘えさせてもらおうか」
さっさと退散するために、まずは三人を人込みから探しださないと。
一番最初に見つけたのは舞だった。一人だけ人込みからはぐれ、その場にへたり込んでいた。起こったことがいまだに信じられないのか、呆けたイケメンはなんとも言えないバカっぽさを漂わせていた。
「おい舞! 今がチャンスだ! 彩と義一を見つけ次第この砦から脱出するぞ!」
「え……?あ、うん。ちょっと待って」
突然立ち上がり、ふらふらと歩き出した。
「どうしたんだ?」
「聖剣、せっかくだから回収しとこうかなって」
「あ、ああ。急げよ。俺は二人を探しておくから」
回収といってもな……。ペネルの身体に刺さってんだぞ。そう簡単に抜けるわけ……。
「よいしょ」
しかし、聖剣は音もなく、スムーズに引き抜かれた。吹き出るかと思われた血も、全く出てこない。
「上級魔族の身体には実体がありません。聖剣などの特殊な魔法道具でない限り、私達に物理的な攻撃は通用しません。しかし、痛覚は存在するので、痛みはあります。ペネル様は、突然の激痛のせいで気絶しているのだと思いますよ」
俺の驚きを見透かしてか、シャネルは淡々と説明してくれた。
「なるほどな……って感心してる場合じゃないな。舞! 彩と義一を探すぞ!」
彩の方はでかいのですぐに見つかった。未だに状況が理解できていない様で混乱していたが、俺たちが近づいてくるのを見て、少し落ち着いたようだ。
「あとは義一さんですね。どこに行ったのでしょう?」
辺りを見渡すが、なかなか見つからない。義一の身長はあまり高くない。人込みに紛れられてしまうと、目だけで探すのは難しくなってしまう。
「仕方ない。手分けして探そう。見つからないと判断したら出口に集合だ」
「オッケー!」
「了解です!」
分かれて捜索を開始する。『見つからない』とは言ったものの、あまり心配はしていなかった。何故ならば。
「いやー生きてることは素晴らしい! 今夜はお祭りだ!」
「嬢ちゃん酒もいけるかい? 俺と飲み勝負しようぜ!」
「望むとこだ!」
一番騒がしいところに行けばいいからだ。
「何が酒だ。お前未成年だろ」
「あれ? 翔じゃん。今日はいっぱい楽しもうぜ!」
「アホか! 今のうちに逃げ出すんだよ!」
「はっ! そうだった!」
バカの世話を焼くのは楽じゃないな。
「じゃあなみんな! またどっかで会おうぜ!」
「おう! 楽しみにしてっぞ!」
……類は友を呼ぶ……か。
舞と彩を呼び、こっそりと部屋から出た。
行きと同じく暗い廊下も、今は少しばかり明るく見える。気づかないうちに時間が過ぎていたのか、日もかなり進んでしまっていた。夜になる前になんとか下山したいが……。
不用心に、そしてありがたいことに、見張りは一人もいなかった。全員があの部屋に集まっていたようだ。砦の大門をあっさりと抜け、俺たちは砦からの脱出に成功した。険しい山道は、下りだからといって簡単に進めるものではなく、四人で協力し、ゆっくりと行かざるを得なかった。それでも魔物たちには一切出会わず、結局何事もなく麓まで辿りつくことができた。
「だいぶ日が暮れたな……なんとか街まで辿りついて、ベッドで眠れるとうれしいが」
「そうですね……急げばなんとかなるかもしれません」
「私も疲れちゃったよ……。早く寝たいよー!」
「ああ、あんなむさい奴らよりシャネルさんとお話すればよかった……」
それぞれ言葉に疲労感をにじませながら、棒のようになった足を無理やり前に出す。
日が完全に落ちた頃、ようやく街が見えてきた。たくさんの家々から漏れ出た光で、街はほんのりと照らされていた。
「着いたんだね……もうヘトヘト……」
「お風呂にも入りたいですが……お腹も減りましたね……」
「お風呂にする? ご飯にする? それとも」
「それ以上言うな。ツッコミに労力を使いたくない」
落ちそうな瞼をなんとか持ち上げ、ふらふらしながらも、街の外門に向かう。門番達は遠目に俺たちを見つけたのか、何やら集まってヒソヒソ話しているようだ。
「なんで迎えに来てくれないのかな?」
「俺たちのことをゾンビかなんかと勘違いしてんじゃないのか」
「なんせ二日で帰ってこれましたからね。 私が彼らの立場なら、早過ぎて信じられません」
「なんでもいいから、早く中に入ろうぜ。流石にキツくなってきた」
門番たちの中で結論が出たようで、二人ほど中に入っていくのが見えた。おそらくベイリンか、街の誰かに伝えに行ったのだろう。近づいてきた門番に宿を用意してほしいと頼み、そこまで案内してもらった。途中、ベイリンがやってきて、話を聞きたそうにしていたが、対応する気にはなれなかった。ベッドが見えた途端耐えきれなくなったのか、俺たち四人はベッドに飛び込み、死んだように眠り始めた。
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気付けばそこはお花畑で、俺は誰かに膝枕をしてもらっていた。そして、前回何があったかを思い出し、全力で飛び起き、距離を取った。
「なんじゃ急に。そう驚くこともないじゃろう?」
前にケイトが居た場所に、一人の老婆が座っていた。
「前回の時は魔族の波動に遮られてうまくいかんかったが、今回は大丈夫じゃの」
「なんの話だ……?」
「ほれ。前に夢を見たとき、悪夢を見たのではないかの? 内容までは分からんが」
「……ああ。見たよ。貞操の危機だったな」
「? まあなんでも良いのじゃが……さて、一つ聞きたいことがあるぞい」
聞きたいことが山程あるのはこっちの方だっての。
「お主、男じゃろ? 少なくとも、シェリーではあるまい?」
この手のことは、先ほどシャネルに聞かれたばかりだ。しかし、その時とは違い、不安を感じることはなかった。
「……あんた何者だよ。初対面のうえ、更には夢の中ときた。謎過ぎて手に負えないぞ」
「心配するな。お前の敵ではない。安心して答えるとよいぞ」
そんなことを言われても、信用出来るはずがない。理由は単純。この人が怪しすぎるから。
「さあ、どうだろうな?」
「なんじゃ、つれないのう。では、最後に。お主にアドバイスじゃ。一度王都に戻れ。そして、私に会うのじゃ。求めるものが手に入るかもしれんぞ」
「そんな宗教の勧誘みたいなことされたら、余計に聞く気もなくなるってもんだ。……さっさと夢、覚めないかね」
俺が老婆に向かって呆れた表情を向けると、老婆の姿が薄くなっているのが見えた。夢もそろそろ終わりだな。
「そこまで拒絶するのなら無理にとは言わん」
「ああ、俺たちは自由に生きるさ。口出し無用だ」
「そうか、ならば……」
老婆が完全に消える。その瞬間だった。
「私が連れて来てやった世界、存分に楽しむがよいぞ」
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目が覚めた。
隣では、美しい寝顔の義一が転がっている。身体の疲れは抜けきっておらず、全身に気だるさが満ちていた。
だが、悪い気分ではなかった。新たな目標が出来た。何かの罠かもしれないが、俺たちが元の世界に戻るための足掛かりを逃すわけにはいかないのだ。
目的地、王都。みんなを起こさないとな。