第八話 ヘルプミー!
「いくぞ勇者!」
「来なよバカ野郎!」
近接戦闘は俺がやると言っておいたにも関わらず、頭に血が上っているせいなのか、舞はペネルと漢同士の殴り合いを始めていた。もう一度言おう。漢同士だ。傍から見れば勇者と魔族の戦いだ。絵にはなる。
しかしこうなってしまうと、彩の弓は使えない。舞に当たってしまう可能性があるからだ。
本人も焦れったいのか、厳しい顔を更に厳しくさせていた。
義一に至っては壁際の魔族に混じって、野次馬と化していた。
「ペネル様! 勇者なんてボコボコにしちまってください!」
「何を言う! 舞はケンカすると強いんだ! あんな奴に負けるか!ガキの頃ボコボコにされた俺が言うんだ。間違いない!」
「何だと⁈ なら賭けをしようぜ! ペネル様が勝つか、勇者が勝つか!」
「乗った! 俺は舞にこれだけ賭けるぜ!」
「おお! 嬢ちゃんなかなか大胆じゃねぇか! 」
「面白そうだ! 俺も混ぜろ!」
「俺も!」
「俺もだ!」
完全に溶け込んでやがる。ここは闘技場じゃないっての。
「舞! 俺も助太刀するぞ!」
「来ないで! これはサシの真剣勝負なんだから!」
「……もう知らん」
手持ち無沙汰だ。殴り合いは俺の専門だというのに、出番を取られてしまった。
俺も義一を見習おうかと思い始めた時だった。
「お暇ですか?」
背後から声をかけられ振り向くと、そこにはシャネルが立っていた。
「まあな。どうしてこうなったんだか。よく分からん」
「そうですね。ペネル様はああいう方ですから、何かあるかもとは思っていました。こんな見世物は流石に想像出来ませんでしたけれど」
上司の戦う姿は見世物なのな。
「それにしても、うまいこと騙してくれたもんだ。あの演技、見破れなかったぞ」
「私が任される仕事のほとんどは諜報関係です。ああいったことは自然と身につきました」
「なるほどな。仕事なら嫌でも出来るようになりそうだ」
「仰る通りです。……一つ聞きたいことがあるのですが?」
「答えられる範囲なら答えてやる」
「あなたはどうしてそのような喋り方を? いえ、あなたはだけではありません。勇者殿を含め、他の二人も変わった口調ではありませんか。見た目との違いが甚だしいですよ。まるで男性と話しているかのようです」
……鋭いな。しらを切るか。
「……生まれつきなんだ。仕方ないだろ」
「そうでしょうか? あなたたちがベルサの街に来る前に、私は調査したのです。今回派遣された勇者が、どの程度の者たちなのか」
心臓が跳ね上がった。自分がここまで過剰な反応を示した理由は、全く分からない。中身が違う人物に入れ替わっていたとしても、魔族からすれば大した問題にらならないはずだ。なのに、何故だ?それとも、今の言葉に何か引っかかることが……。
「あなたたちが私に会った直後の口調は自然でした。このままどこかで眠らせてしまえば、この砦での私の仕事は終わりだったのです。すっかり油断していたあなたたちに催眠魔法をかけるのは難しいことではないですからね」
やはり、あの時の眠気は魔法のせいだったか。敵を目の前にして眠るとか、どう考えても普通じゃない。
「私が眠ったふりをして、魔法を使おうとしたときでした。耳を疑いましたよ。あなたたちが自然と異なった口調で話しているんですから。聞き耳を立てている間に迎えが来てしまいましたけど」
「そりゃ残念だったな」
「ええ、本当に。良ければ、あなたをここから逃がして差し上げましょうか?」
「……なんだと?」
こいつ、急に何を……。
「私に与えられた任務は、あなたたち勇者一行を捕えること。それはもう果たしました。私はあなたたちに興味があります。でも、話を聞くだけなら一人いれば十分ですから」
「俺にあいつらを置いて行けと?」
「そういうことになりますね」
「お断りだ。話にならない」
「ここで全滅するより良いと思いますが?」
「諦めな」
「……分かりました」
舞とペネルに視線を戻す。まだいい勝負をしているが、流石に疲れが出てきたらしい。舞の動きが若干鈍くなっていた。
「舞! そろそろ代われ! もう気は済んだだろ?」
「そ、そうだね……やい! 別に逃げるわけじゃないぞ! ちょこっと休むだけだからな!」
「何だ? もう限界か? 流石は人間。か弱いねぇ」
「なんだとー!」
「挑発に乗るなって!ほら、交代」
「くそー!覚えてろー!」
喚く舞を彩の下まで引きずった後、俺はペネルと向かい合った。
「なんだ? お前が俺の相手をするのか。まだあそこの筋肉達磨の方がマシだと思うが?」
「うるさい。つべこべ言わずにかかって来い」
「なかなか漢気あるじゃねぇか、嬢ちゃんよぉ! 悪いが手加減できないぜ?」
俺はペネルを見上げていた。身長差が半端じゃないから、どうしてもそうなってしまう。この様子だと、手を伸ばしても奴の顔まで手が届かないだろう。ボディを中心に攻めていくしかないか。
「行くぞ!」
油断しているのか、大振りなパンチを振り下ろしてきた。俺はそれをギリギリで躱し、奴の腹にパンチを叩き込んだ。叩き込んだのだが。
「あれ?……なんか指が……い、痛い痛い!なんだコレェェェ!」
突然の痛みに手をみると、指がぷっくらと膨れ上がっていた。骨折していたのである。
「……おいおい。それじゃあ話にならねぇぞ。パンチ自体の威力も無いも同然だぜ。悪いことは言わねぇ。あそこの兄ちゃんと代わってもらいな」
……まさか敵にまで気を遣われるとは。おい、ちょっと待て。お前ら、その憐れむような目は止めろ!
救いを求めて仲間たちに視線を送る。
「翔……代わろうか?」
「俺が言った方がまだマシなんじゃ……」
「せめて私が盾になって……」
俺に味方はいないのか。
「あああ!全く、どいつもこいつも! バカにすんじゃねーーーー!」
その時、俺は白光に包まれた。手の痛みは和らぎ、身体には力が漲って来る。先ほどまでの身体の重さが嘘のようだ。
これがいわゆる覚醒というやつなのか……。その理由は人に言えたもんじゃないが。
「なんだ。魔法を使えるんじゃねぇか。まあ勇者と一緒にいるんだ。それくらいできて当然か」
「これが魔法……?」
あるのは知識として知ってはいたが、実際に体験するのは初めてだ。
「よし、これからが本番だからな。さっきのは見なかったことにしろ」
「はあ? まあ細けぇことはどうでもいいがな。そっちが魔法を使うってんなら、俺も魔法を使うぞ」
「え?」
「何驚いてんだ? むしろ俺たち魔族はこっちが本業だろうが」
ペネルも光に包まれる。俺の光が霞んでしまうほどの、真っ黒な光だった。
「せっかくだから、お前に合わせて身体強化の魔法を使ってやった。本来ならお前ら全員消し炭にしてやってもいいんだがな。それじゃあ興が醒めるってもんだ。さあて、本番五秒前」
やばい、やばいぞ……。元々の戦力差があれだけあったのに、更に魔法で差がついたら打つ手が無くなるぞ。
「四、三、二、一……行くぞ」
先ほどと同じ、大振りのパンチ。しかしそのスピードは段違いに上がっていた。もはやカウンターを仕掛けるような余裕はない。逃げることに集中しなければ、殺られてしまう。
右へ左へと、細かいステップを繰り返しながら奴の拳を躱す。こうして時間を稼ぎつつ、次の展開を待つしか、手が見つからない。
そして、約十分が過ぎた頃。
野次馬たちはヒートアップし、熱気が部屋に充満していた。
「おいおいどうした? まだ一発も当たってないぜ?」
余裕綽々のふりをしながら、そろそろ自分の体力が限界に近づいていることを感じていた。
「胸に付いてる重みさえなければ……」
「なに贅沢言ってんじゃお前はー! 俺なんてペチャパイだぞ! 揉める胸があることに感謝しやがれ!」
「そうだよ! 今翔は全国の女の子を敵に回したんだよ!」
「私の胸なんか、全部筋肉になってしまいました……謝ってください!」
……今小声で言ったつもりだったんだが。こいつら胸に関して敏感過ぎだろ。この地獄耳め。
「だーっ!もう面倒クセェ!」
突然叫び出すペネル。どうやら次の展開が来てくれたようだ。
「ちょこまかちょこまかと動き回りやがって!やってられるか!」
さあ、どうくる?
「この部屋ごと吹き飛ばしてやる!」
……は?
「ペネル様! それはまずいです! まだ魔王様からの命令が完遂できておりません!」
「うるせぇ! 俺に指図すんな! こいつをブッ飛ばさないと腹の虫が収まらねぇんだ!」
シャネルさんの制止も聞かず奴は呪文を唱え始めた。
「やべぇ! みんな、逃げっぞ! このままだと塵も残らねぇ!」
野次馬の一人が叫ぶと、全員が出口に殺到し、大混乱となった。
「お前押すなよ!」
「うるせぇ!お前こそ邪魔だ!」
「どいつもこいつも退きやがれ! 俺だけ助かればいいんだ!」
死に際になると、人間本性が出てくるようだ。そして、義一の声が聞こえたのは気のせいだと思いたい。
「もう駄目だよ……誰か助けてぇぇーーーーー!」
舞は脱出を諦めたのか、その場にへたり込んでしまった。
「全員消し飛べ! エクスプローグボォファっ!」
凄まじい轟音と共に、ペネルの声は途絶えた。
全員の注目がペネルに、いや、ペネルのお腹に集まった。
舞が放り投げた聖剣が刺さっていたからである。