第四話 正しい聖剣の使い方!
ベルサ出発の日。
外には大きな人だかりができていた。その中心は俺たち体育会系、もとい勇者様一行だ。なんだか他人事のように思えてならない。不思議なことだ。
俺たちが依頼を受けたということは、その日の内に街の隅々まで広がったようだ。歓喜の渦が大きくなればなるほど、舞の顔が青ざめていくのが、心配なのと同時に面白かった。
「ケイト様、皆様がこちらにお手を振っていらっしゃいます。お答えになっては?」
「えっ?なに?拍手?」
「……お前、本当に大丈夫か?少し出発を遅らせるか?」
「ううん、大丈夫!今行くのやめたら決心が鈍っちゃうよ」
「……わかった。口調は気を付けろよ?」
「うん!あ、わかってるさ!」
舞のやつ、頑張ってるな。キャラは相変わらずぶれてるけど。
今は一刻も早く街を離れたかった。本で蓄えた知識の中には試したいこともたくさんあったし、なりよりこんな風に騒がれるのは疲れてしまう。
「では、わ……じゃなかった。俺たちは皆さんの家族を探すため、ベルサ山脈に行って来ます!安心して待っていてください!」
舞が元気を振り絞って声を上げる。歓声は舞の声の何倍か。耳の奥がじんと痛む。
俺たちはその声に追い出されるかのように街を出発し、前方にそびえる山脈に向かって歩き出した。
そして、街が見えなくなった頃。ようやく舞が音を上げた。
「つ、疲れた……。ねぇ、ちょっと休憩しちゃだめかな? もうヘトヘトになっちゃったよ」
「俺もだよ。なあ翔、休憩しようぜ」
「私も少々疲れました」
「安心しろ。もともとそのつもりだよ。山の麓にたどり着く前にこれほど疲れるなんてな……」
全員体育会系。体力にも、きつい状況での精神面にもそれなりにタフなはずなのだが、今回の場合は勝手が違った。街につくたびにこうなるかと思うと、溜息を堪えられなくなる。
「休憩しながらでも出来ることはやっていこう。時間がもったいないからな」
「賛成です。私たちが貰った食糧にも限りがありますから、時間は有効に使いたいです」
「よし、まずはそれぞれの装備を確認しよう。みんな自分の持ち物を出してくれ」
食糧や小道具に関しては町で用意してもらったものなので違いはない。問題なのは、それぞれの『武器』だ。
「まずは俺から。かなりたくさんの宝石が埋め込まれた杖だ。本には、魔法使いが使う魔法をブーストさせることができる書かれていた。効力が上がったり、射程距離が伸びたりとかな」
「やっぱりあるんだね、魔法とか。ほんとにビックリ!」
「翔は何か魔法使えるんじゃないの? 杖なんて持ってるくらいだし」
「そうですね。魔法なんて物語の中だけでしか見られないと思っていました……。少しわくわくします!翔さん!是非見せてください!」
みんな疲れてると言った割りに随分元気だな。
「悪いが、俺には魔法は使えない。何かしらのコツがあるんだろう。お手軽な呪文でもあれば楽なんだけどな」
ちなみに、魔法を使える人間は本当に少ないらしい。一万人に一人いればいい方だとか。そういう意味では勇者パーティーに魔法使いがいるのは当然と言えるだろう。
「俺もなんとか努力するが、しばらく魔法は使えないと思ってくれ。というわけで、杖もしばらくは使えないな」
まさかこれで殴るわけにもいかないしな。
「その杖、幾らになるんのかね……」
「今なんか言ったか?」
「いや、なんでもないよ」
「そうか? じゃあ次は舞。お前のは……剣だな」
「そう!勇者と言えばこれ!聖剣だよね!」
ぶんぶんと剣を振り回して、なんて物騒な。そして相当子供っぽい。せっかくのイケメンが台無しだ。
「聖剣と言えば……なにか特殊な剣なんじゃないの?ちょっと調べてみようぜ」
調べるといっても、なにか複雑な造りになっているわけではない。問題の箇所はすぐに見つかった。
「『汝、助けを求めよ。我は必ず参じよう』だって。どういう意味?」
「そのまんまじゃないの?」
「それもそのうち分かるだろう。これで何の変哲も無い剣だったら……しょうがないな」
勇者の装備でそれはないと思うが……。
「じゃあ次、義一の武器はなんだ?」
「俺のは……弓だね」
「普通の弓か? 魔法道具とかじゃないのか?」
「さあ? 今のところはなんとも。とりあえず彩に渡しとくよ」
「ありがとうございます」
彩は弓道で全国の一位二位を争う実力を持っている。弓を持たせておけば、まず間違いないだろう。敵が見えたら、とりあえず彩に頼めばいい。女の子にお願いすることじゃないのは分かっているが、現状どうしようもない。
「彩、お前の持ってるのは……ナックルか?」
「私にはよく分かりませんが……どのように使えば良いのでしょうか?」
「ちょっと貸してくれ。別に難しいことはないさ。こうやって握るだけでいい。ものを握り締めると拳は硬くなるからな。正直、石を握っても同じ効果が得られる。ナックルの場合は、殴る面が凶器になってるんだよ」
実際に使ったことはないが、この世界での戦闘では必要になるかもしれないな。貰っておこう。
「これで全員の武器を確認出来たわけだが……まともに使えるのは彩の弓と、俺のナックルくらいか」
「なあ翔。俺の武器無くなっちゃったんだけど。どうすりゃいいんだ?」
「そういえばそうか。この杖持っといてくれ。その身体じゃレスリングも活かせないだろ? 全然筋肉なさそうだし」
「そうなんだよなぁ。魔法でなんとかなればいいのに……」
義一は少し不満気な顔をしたが、無理矢理杖を握らせた。ただの荷物持ちのようで、なんだか可哀想といえば可哀想だ。
「よし、そろそろ出発するか。今日中に山の麓に到着したいからな。日が暮れてからだと、もっと厄介なことになるぞ」
「というと?」
「魔物が出るんだよ。俺たちは勇者パーティーなんだから、余計に狙われるはずだ」
「狙われる? 野生にいる奴らが特定の相手を襲うってことか? 嘘だろ?」
「お前、本を読んでこなかったのか? 魔物っていうのは野生じゃないんだよ。魔王やその部下たちに操られた生き物のことを指すんだ。鳥、犬、猫、果ては人間も魔物になってしまうそうだ」
「もしかして、この山全ての生物が敵、ということでしょうか?」
「その可能性も捨てきれないな。山の中に寝泊まりするのは、出来る限り避けるべきだ」
「いつ敵に襲われるか分からないとか、怖すぎるよ……」
「死んだらどうなるのか、それはよく分からない。元の世界に戻ることが出来るのか、この身体と一緒に俺たちの意識も消え去るのか。だから、確実に元の世界に帰る方法を見つけるまで、絶対に死ねないんだ。この世界の平和なんかより、俺たち四人の命が優先だ」
「当たり前だろ。そもそも俺は、街の奴らのためにこんなことをするのは嫌なんだ。魔族なら帰還の方法を知っているかもしれないって言うから協力してるだけだぜ?」
「義一は口悪すぎ! あの山に行くことは、私達にとってもベルサの人達にとっても大事なことだよ? そんなに愚痴ばっかり言ってても仕方ないじゃん! はい、休憩終わり!早く出発しよう!」
気分屋というかなんというか。舞は本当にマイペースだな。……俺はあくまで無意識に言ってるからな。
「あれ? 翔さん。あそこに何か飛んでいませんか?」
「何?」
彩の指差す先はベルサ山脈の中でも最も高い山、その更に上だった。
「なんだか少しずつ大きくなっている気がします」
「まさか……いや、彩の言う通りだ。こっちに向かってくるぞ!」
噂をすればなんとやら。それは先程話していた魔物だと判断できた。おそらくあれは鷲だろう。だが、大きさが異常だった。
ここに到着するまでにはまだ時間があるか。
「あれを近づけさせるな! 上から襲われたらたまったもんじゃないぞ! 彩、頼む!」
普通なら矢の一本で落とせるだろう相手も、あのサイズではそうもいかない。充分な余裕が必要だ。
「任せてください……あ!」
「どうした!」
「矢が……矢がありません!」
「そんな!義一!矢はどうしたんだ!」
「ちょっと待ってくれ!確かにこの鞄の中に……」
そんなことをしている間にも奴の姿は刻々と大きくなっている。
「うう、気持ち悪い顔してる……。見たくない見たくない見たくない! こっちに来ないでぇぇぇーーーーー!」
俺たちがまごついているうちに、何かのスイッチが入ってしまったのか。舞の叫び声が盛大に響き渡った。
それと同時に、魔物が山の鬱蒼とした森の中に落ちていくのを目の端で捉えることが出来た。
「やった! やっつけた! みんな!私凄いでしょ?」
……確かに助かった。もしかしたらここで全員やられていたかもしれない。正直、山に入ってからが本番だと思い、油断していた。
「助かったよ、舞。感謝してる。でもな、一つ聞きたいことがある」
「なに? 私の華麗な一投を」
「そう、それだよ」
答えを訊くのが怖過ぎる。
「お前今、何投げたの?」
「そりゃもちろん、私が握ってた……あ」
勇者の聖剣は正体をつかむ間も無く、消えてしまった。