第三話 勇者の使命
忙しそうに仕事をしていた従業員の一人、というか、店長をつれて部屋へと帰還。
さて、何から訊いたものか。それより、どう訊いたものか。
観衆の反応から、俺たちの『見た目』が勇者なのは間違いない。この人もそこは疑っていないだろう。
だが、ここでの質問の仕方は選ぶべきだ。俺たちに何か異常が起きたと感づかれるのは避けたい。面倒くさいことが起きる予感がする。
自然に、自然に質問しなければ。
「店長さん、この世界に魔王っているの?」
……はぁ。舞のやつ、この先どうするつもりなんだ。ほら、店長さん凄いびっくりしてる。というか、イケメンの真剣な顔と、質問の内容がずれ過ぎだ。
「ケイト様?ちょっといいですか?」
「え? 何? どうしたの?」
店長さんから遠ざかり、小声で舞を叱りつける。
「お前、ちゃんと勇者のフリをしなきゃダメだろ!」
「はっ!忘れてた……」
「いいか?口調も勇者っぽくして、会話の内容も無難なものを選ぶんだ。際どい質問は俺が上手くするから」
「分かった!」
本当だろうな? 心配で仕方ないぞ。
「……勇者様は今、どういう目的で旅をしているのですか?」
「も、もちろん魔王を倒し、世界中の苦しんでいる人々を解放するためです!」
「そ、そうですよね、魔王がいないなんて、ちょっとした冗談ですよね」
なんとか誤魔化せたか……。よし、次にいこう。
「この辺りの情報を頂けませんでしょうか? 魔王の部下が悪事を働いているとか、何か困っていることとかはありませんか?」
「そうですね……まだ居座って間もないので勇者様もご存知ないかもしれませんね」
「居座るとは……近くまで迫っているのですか?」
「はい。詳しい話は後ほど、町の長がこの宿に出向き、皆様にお伝えする予定です。もうしばらくお待ちください」
「分かりました。わざわざ呼び出して、申し訳ございませんでした」
「いえ、他にもご用があれば、何なりとお申し付けください。それでは失礼致します」
そう言って礼儀正しく部屋を出て行く店長。
ドアが閉まるのを待ち、足音が遠ざかったところで俺たちは一斉にため息をついた。知らないうちに緊張していたのだろう。他人になりきるというのは、なかなか難しい。
「疲れました……。私は無口ということなのでまだ楽ですが、舞さんと翔さんは大変そうですね」
「あれ? 彩さーん?俺もいるよー?」
「まあそのうち慣れるだろう。それより、大事なことが一つ分かったな。この世界にはやはり魔王がいて、世界各地に災いが降りかかっている。俺たちはそれを食い止める役目を果たさなくちゃいけない」
「それって、私達が戦わなくちゃいけないってこと?」
「そうだ。どうしてこんなことになったかは分からないが、俺たちにそれを達成出来るだけの力があるなら、やるべきだと思う」
「ちょっと待てよ翔。それは幾ら何でもお人好しが過ぎるぜ。こんな世界に飛ばされて、俺たちだって被害者だ。自分達のことすらままならないのに、世界を救うなんて無茶だ。
魔王を倒すにしても、確実に全員が生き残れるだけの勝算がないと話にならない。俺たちは元の世界に戻ることだけに集中するべきだね」
珍しくまともな意見だな……。一理ある。
今の俺たちでは何も出来ない。勇者と呼ばれているからには、それだけの潜在能力があるとみて間違いないだろう。しかし、それを活かせるかと言われれば話は別だ。今の状態で生死をかけて戦うなんて正気じゃないと、自分でも思う。
じゃあ、こうしようじゃないか。
「店長の口振りから察するに、この街の近くには魔王に関するなんらかの脅威が迫っている。とりあえず、その問題に対処しよう。どうせ断れやしないんだ。そこで俺たちの力の一部でもいい。戦える材料を把握する。その後、俺たちの今後を決めよう。どうだ?」
「……それならいいさ。でも、俺は死ぬのは御免だからな。今回頼まれたことだって、無理と分かれば逃げさせてもらう」
「分かった。……いや、全員がそうしよう。生き残ること以外の成果は付属品だ」
「りょーかい!」
「分かりました」
思っていた以上に深刻な展開になりそうだ。
かといって、今すぐに状況を打開できるような手を、俺は持ち合わせていない。機会を待とう。
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二日間、俺たちは一切宿の外に出なかった。街に興味がないわけではなかったが、外で待ち受けている地獄を耐え抜くほどのやる気はなかった。その代わり、俺たちは宿にある小さな図書室に閉じこもり、様々な書物を読み漁っていた。この世界のことを少しでも知っておけば、必ず役に立つ。そう思っての行動だった。
「勇者様、そろそろお時間です」
今日はベイリンとの談話の日。そして俺たちの進路決定の日でもある。
通された部屋では、既にベイリンが最初に俺たちを迎えた時と同じ笑顔で待ち構えていた。無理難題を押し付けられそうで非常に怖い。
「お待たせいたしました、ベイリンさん。さっそくお話を聞かせてくださいませ」
「はい。ご相談したいことは山ほどございますが、最も大切なことをお話いたします」
ついに来るか。
「この町の近くにある山脈のことはご存知ですか?そこでは良質な木材がとれるということで、王室に献上する品物を作るのに都合がよかったのです。何人もの人を送り、大量に木を伐りだしていました。
ある日、いつものように山に人を送りました。三日ほど山に籠り、まとめて木材を運ぶつもりで。しかし、彼らは一週間経っても帰ってきませんでした。彼らの家族は心配して、町の騎士たちに捜索を願い出たのです。騎士たちは彼らを相手にしていませんでしたが、あまりに熱心なので数人で様子を見に行ったのです。残念ながら、彼らも帰ってきませんでした。今も全員が行方不明です」
近くの山脈とはベルサ山脈のことだ。この町の名前はここからとっている。資料には静かな森が広がっていると書かれていたが……。
「魔物が出たのだな?その山から」
義一、喋るのは構わないがちゃんとやってくれよ?
「確かめてはいませんが、騎士達が帰ってこないとなれば、まず間違い無いかと」
魔物は普通の獣とは違い、魔王に操られ、凶暴性を増している。それが山にいるとなれば……。
「魔王の部下があの山を占領した、と考えることができるわけですね」
舞も無理に会話に入ってこなくていいのに。ああ、心配だ。
「その通りです。流石は勇者様ですね。もしかすると、こちらの事情も既にこ存知だったでしょうか?」
「えっ?そ、そうですね。噂が耳に入ったのでこの街に立ち寄りました」
また適当なことを……でも無難な対応だ。良しとしよう。
「そうでしたか。ご苦労をおかけして申し訳ありません。しかし、あの山が解放されなければ私たちの暮らしは立ち行きません。どうか、宜しくお願いします」
ベイリンは深々と頭を下げ、俺たちに助けを求めた。……断りづらい、というか断れないよなぁ。
断った時点で、俺たちは明らかに勇者としての信用を失う。世界中にこの話が広がるのは間違いないだろう。今まで勇者がどんなことをしていたかなど知る由もないが、ここで取るべき選択肢は一つしかない。
「分かりました。お引き受け致します。魔王を倒す手がかりを掴むことができるかもしれませんし」
「ほ、ほんとうですか!ありがとうございます!」
俺たちは二日後、ベルサ山脈に旅立つこととなった。
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ベルサ山脈を占領してから二週間が過ぎた。
魔王様のお言い付けでは、ベルサ山脈の木材を根こそぎ持ってこいとのことだった。
魔物を総動員してもかなりの時間がかかるだろうが、我ら魔族の寿命から考えればなんということはない。
そういえば、近くの町に勇者が来ているという情報が入っていたな。
全く、人類は学ぶということを知らないのか。
勇者はあくまで勇者。強者ではない。
何人目かはもう覚えていないが、今回も希望を打ち砕いてやろう。