第十話 王都に向けて
今回はちょっとテンポが悪いのですが、必要なところですので、ご了承ください
まだ夜も明けないうちに、夢の中の三人を叩き起こす。疲れているのは百も承知だが、それは俺だって同じこと。容赦はしない。
「おい! 寝てる場合じゃない! 早く起きてくれ!」
「……なんだよ……もう少し寝かせてくれ……」
「気持ちは分かるがそれどころじゃない!」
寝ている義一を無理やり起こし、耳に目覚ましの言葉を叩き込む。
「元の世界に戻れるかもしれないぞ」
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ここは舞達の寝ていた男部屋。全員が疲れからくる睡魔と戦いつつ、それぞれの席についた。光が弱く、薄暗い部屋の中で見る三人の顔は疲れ切ってまるで亡霊のようだった。俺自身も同じような顔をしているに違いない。
「まずは謝る。疲れているときに無理矢理起こしてしまって……舞起きてくれ」
「…………はっ! ごめん寝てた!」
「別に責めやしない。二人もごめんな」
「いえ、大丈夫です。ただ少し眠……ふわぁ」
上品に欠伸を隠すヤクザフェイス。これはこれで面白い。
「翔、早く教えてあげなよ。嫌でも目が醒めるからさ」
その言葉の通り、義一はすっかり目覚めきっている。
「そうだな。なら、単刀直入に言う。俺たちが元の世界に戻る方法、それが見つかるかもしれない」
「……ごめん翔。もう一回お願い。寝ぼけてて聞き間違えたかもしれないから」
「大丈夫。多分聞き間違えてないぞ。俺は元の世界に戻る方法が見つかるかもしれない、そう言ったんだ」
静まり返る室内。二人はお互いの顔を見合わせ、俺の言葉を再確認しているようだ。
「つまりそれは……そういうことですか?」
「家に帰れるってことだよね……?」
眠たげだった二人の目が、次第に大きく開かれる。義一と全く一緒だ。
「そうだ。思ったよりも随分早く、手がかりを掴めるかもしれないぞ」
「となると、早く準備をしないとだね!」
「いや、とりあえず今は休もう。王都までの道も調べなきゃいけないし、今無理をしても後が保たない。今まで通り、慎重に行動しよう」
そう、今まで通り……なんだかそれじゃダメな気も……。
「起こしてすまなかった。明日から旅の準備を始めよう。また忙しくなるからな」
そう言って部屋から寝床に戻ったものの、自分自身でも興奮が抑えきれず、その日は結局寝ることができなかった。
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数日後。疲労はすっかり抜け、王都までの道のりを確認した。
街の住民から、馬を差し上げるので使ってやって欲しいと言われたが、そこまで距離が遠くないのと世話から何からどうしていいかさっぱり分からないのとで遠慮した。
義一は俺に是非乗って欲しいと言ってきたが、何が目的なのかは大体予想がついたので無視してやった。
出発の時刻になるとわベルサ山脈に向かう時と同様に、街の人達みんなが集まり、盛大に送り出してくれた。
魔族たちは山脈から撤退し、山で死亡が確認されたものには葬儀が行われた。その場には俺たちも立ち会った。一応魔族を撃退したわけだが、なんとも実感が湧かない。皆にお礼を言われても他人事のようにしか感じられなかったのだ。報酬などはもちろん断り、準備を進め、今日に至った。
「では皆さん。お世話になりました! また何かあれば王都に連絡をください。すぐに駆けつけますから!」
ここ数日、準備をするためにあちこちお店を回り、沢山の人と交流したせいだろうか。舞の勇者としての振る舞いは、かなり板についてきた。
周りを街の人達に取り囲まれながら愛想を振りまく様子は、本物の勇者のそれだった。
と、言いつつも本当の勇者がどんな奴なのかなんて、知らないわけだが。
街を後にして、来たときと同じ道を歩いていく。地図を調べたところ、どうやら俺たちは、というより、元々の勇者一行は、王都を出発して間もない頃だったらしい。なぜそんなことが分かるかというと、ここベルサは王都の西側の街の中で、最も近い位置にあったからだ。
距離自体はなかなかのものだが、道中危険な場所はなく、道もほぼ一本道。なにも起きなければ徒歩で三日程度であった。
さて、一つ疑問が湧いた。ベルサの街は王都にほど近い。しかし、その街が魔族の手に堕ちようとしていた。だというのに、王都からの援軍は一切なかった。王都を守る為の最終ラインともいえる街の危機に、寄越したのが勇者一行の四人のみ。
もちろん、王都の連中が勇者を信頼していたから、という可能性もある。王都の連中が魔族を甘く見ていた、ということもあり得る。まあ実際、俺たち四人でどうにかなってしまったのだし、そこに文句は言うまい。しかし、どうにもおかしい。ベルサにあった書物から分かったことは、あくまでこの世界の基本的なことや、過去の歴史だけ。今この時、『現在』がどうなっているのかを、俺たちは知らないのだ。
「出発したのはいいけど、行ったあとのアテがあるわけでもないし、頼りなのが『夢』だけって、よく考えたら私達、相当無茶してるよね」
「魔王を倒すために旅立ったものの、次の街に着いたらトンボ帰り。これは王都のお偉いさんにいろいろ言われるかもな」
「仕方ないですよ。私達は早く元の世界に戻ることを優先すると決めたんですから。この身体の本当の持ち主に、早く自由を返してあげることもできます」
そのことについても、実際どうなのかは見当がつかない。元々の精神が既に消滅してしまっているのか、俺たちが出て行くのをどこかで待っているのか。俺たちも好きでこうしているわけではないのだが、人の身体を乗っ取っているこの状態がいつまでも続くとなると、少し申し訳なく思ってしまう。
「俺の夢の中に出てきた奴が本物なら、詳しい話がいろいろと聞けるだろう。また魔族の罠って可能性も、まあ無くはない。でも、山の奥地とかに向かうならまだしも、王都に来いって話な大丈夫だろ。王都で魔族に襲われるなんてことになったら、それこそ人間の負けが確定する」
「今回は何もないといいけどね。道に誰か倒れてても、すぐに助けたりしないで気を付けないと……あれ? あそこで誰か倒れてる! 大丈夫ですか〜?」
「……おいおい、ちょっと待て!」
言ったそばから走り出すなよ!
制止の言葉も舞の耳には届かず、かといって足の速さでも勇者に敵うはずも無く。
「やれやれ、舞はしょうがないな」
義一が大袈裟に溜息をつき、舞の後を追って優雅に走り出した。
「あ!すごい可愛い女の子!」
「大丈夫ですかぁぁ!!!!」
隣を凄まじいスピードで義一が駆け抜けた。恐らく、勇者よりも速かっただろう。
もういろいろと馬鹿らしくなってきて、そのまま倒れている人に駆け寄った。
「お怪我はありませんか?」
他人の前なので、勇者一行モードに切り替える。
「ああ、旅のお方ですか……申し訳ない、少し食べ物をめぐんで頂けませんか? 道に迷ってしまって、食料が尽きてしまって……」
どうやら旅人のようだ。俺たちのことを勇者だと分かっていないようだから、恐らくかなり遠いところから来たのだろう。一人旅で道に迷ったとなると、随分と苦労したに違いない。
……迷う?
「それはお気の毒に。大したものはありませんが、好きなだけ食べてください」
舞は荷物を解き、自分の分の食料を全て取り出した。
「こんなにたくさん……。本当にありがとうございます」
「遠慮しないでくださいね?どんどん食べてください」
舞の行為は、勇者ならこうするだろうという憶測から来ているのだろうが、舞本人の気持ちも同然含まれているだろう。
心の中では泣き叫んでるかもしれないな。今晩の飯がなくなったんだから。仕方ない、後で俺のを分けてやるか。
……だが、今はそんなことより大事なことがある。
「旅のお方? それをお召しになりながらで結構ですので、質問に答えて頂いてもよろしいでしょうか?」
「え、ええ。何なりとどうぞ」
「それでは……お前、シャネルだろう」
旅人の手が止まる。
「ちょっとシェリー!何言ってるのさ!この人がシャネルのはず……そっか、一応あり得るんだ」
妙に納得した顔になったな。
「な、なんのことでしょう……?私にはさっぱりです」
「まあ俺は今のままだろうとシャネルさんだろうと、どっちも全力で愛せる自信があるぜ?」
「よし、お前は会話から締め出す」
「えっ?ちょっと待ってそれひど」
「でもなぜこの方がシャネルさんだと思ったのですか? 私にはさっぱり……」
まあ、俺も確信があるわけじゃないが。
「まずはこのタイミング。俺たちが街を出た直後だということ。シャネルは俺たちの気付かないところで監視をしていたようだから、此方の出立する時に合わせて登場するのは容易だ」
「ふむふむ」
「それと、お前、迷ったって言ったよな? それは流石に言い訳として苦しい。みんなで確認したじゃないか。ベルサから王都までの道は一本道。この道に横から入ってきたとしても、周りには森も山もない。迷える場所がないんだよ。迷ったっていうのは、単に俺たちと自然に関わりを持つための嘘だ」
所詮は全て状況証拠。シラを切られればそれで終わりだがな。
「なるほど……で、どうなんです?」
そんな簡単に答えるはずが……。
「ばれては仕方ないですね。そう、私はシャネルです。みなさん、お久しぶりです」
……もう何がしたいんだか、よくわからん。
変身を解いたその姿は、以前と全く変わりなく、なかなかに美しかった。
「で? 姿を見破られたシャネルさんは、この後どうするんだ? 逃げるなら追いかけないぞ。こっちは立て込んでてな。お前の相手をするほど暇じゃない」
「とても勇者一行の方の言葉とは思えませんが。いや何、私も王都へ向かう途中なんですよ。なので、どうせならご一緒しようかと思いまして」
「ねえ。シャネルさんは私達を監視したいのかもしれないけど、私達はああなたと一緒にいたらまずいんだよね。あ、別に嫌いってわけじゃないよ?」
なんで気を遣ってるんだ? 一応敵同士なんだぞ。
「もちろん、存じ上げていますよ。ただ、わたしと一緒にいることは、あなた達にもメリットがあるのでは?」
「メリット?」
「ええ。私はあなた達と一緒でなくとも、王都には行きます。その時、私が不穏な動きをしないか、あなた達も監視できるではないですか。魔族である私を野放しにしておくよりも、よっぽど安全でしょう?」
なるほど。確かにその通りだ。でも、それでは意味がない。シャネルの論理は、前提が間違っているからだ。彼女は、俺たち勇者一行が、魔族を全力で倒そうとしていると考えている。王都を守ることも、当然その仕事の範疇だと思っているのだ。
一方、俺たちの本音としては、王都の安全より自分達の世界への帰還方法の方が大事、といったところだ。恐らく、シャネルが大きな事件を起こすことはない。あくまでその下準備をする程度だろう。今すぐ目の前で人々が襲われ始めでもしない限り、無責任とは思うがーーいきなり任された勇者に責任もなにもない気がするがーー俺たちは放置するだろう。
しかし、メリットはある。シャネルと共に行動することで、俺たちのやらなければならないことの助けを得られる。
「……そうだな。分かった。お前の要求を呑んでやる」
「ありがとうございます。一緒に楽しく、参りましょうね」
もちろん、シャネルが俺の目的に気付くはずもない。というのは、シャネルが俺達の目的、そしてその相手を知らないからだ。ほぼ間違いなく、これから俺達の進む先には『魔法』という不安定で不確かな物が関わるようになる。
シャネルは魔族だ。そこらの人間よりも、よっぽど『魔法』について詳しいはず。シャネルには、これから俺達の対面する相手が何をしようとしているのか、俺達に何をさせようとしているのかの見極めを手伝ってもらう。もちろん、直接頼むわけにはいかない。そうなるように、俺が手綱を取らなければ。
「翔!それ本当か? やったぜ!シャネルさん!愛してる俺と付き合って!」
「翔? 誰のことです?」
「……いや、あのですね……」
……敵は内側にもいるようだが。




