第一話 体育会系、飛ばされる
よろしくお願いします!
インターハイ決勝。終わってみればあっという間だった。
日本中から期待され、俺はそれに必死で応えようと努力した。幸い俺の努力は実ったらしく、こうしてリングの真ん中で拳を突き上げている。
視界が妙にぼやけているが、試合の後だ。別に珍しくもなんともない。
俺の頭の中では既に表彰式が浮かんでいたが、それを実際に見ることは叶わなかった。
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気付けば俺は、うつ伏せで倒れていた。
小さい頃によく感じた土と草の匂い。それと、胸辺りにある柔らかい感触。
起き上がった時に見えたのは、見渡す限りの草原と、倒れている三人の男女。
「ここは……どこだ?」
一つの可能性としては、ここが天国か地獄か、とにかく死後の世界であること。試合の後のことはよく思い出せないが、もしかしたらあの後倒れてしまったのかもしれない。
とりあえず、そこに転がってる人達を起こして事情を聞いてみよう。
しかし、起こすのを一瞬躊躇している自分に気が付いた。相手がどう見ても日本人ではないからである。英語なんて話せないし、外人とどう話せばいいのかも分からない。
そして何より、全員がコスプレしていたのだ。剣を背中に背負っているやつ、手にナックルのようなものをはめているやつ、弓と矢も転がっている。そういう俺の近くには綺麗な宝石がいくつもはめ込まれた杖が落ちていた。
ただ、三人のうちの一人。優男は非常にイケメンだった。世界中の女の子を虜にしてしまいそうだ。
残念ながら俺は男なので、なんとも思わなかった。嫉妬のあまり、今のうちに首を絞めてしまおうかという葛藤に苛まれたなんてことは、全くない。
その隣にはクールビューティーな女の子が横たわっている。少し猫っぽい顔立ちに、肩まで伸びる黒のセミロングがなんとも魅力的だ。きっとツンデレに違いない。いや、ヤンデレの線も捨てがたいか……。
最後の一人はおっさんだった。とにかくゴリゴリのスキンヘッドだ。目に傷跡が残っている。サングラスかけてたら完全にマフィアだな。
こいつら三人はグループか何かだったのかもしれない。ならば、全員起こしてなんとかしてもらおう。
「あ、あー、えくすきゅーずみー?」
とりあえずレディーファーストだ。
優しく身体を揺するが、目を覚ます気配はない。
次はおっさんだ。
「お、おじさーん?」
怒ったら何をされるか分からないので、控え目に呼びかける。が、同じく反応なし。
うーむ。仕方ない。イケメンを起こそう。
「オラ!起きろ優男!」
こいつはこれくらいの扱いでちょうどいい。
すると、三度目の正直というか、モゾモゾと動き始めた。
「う、うーん。あれ?ここは……どこ?」
なんかさっきも似たようなセリフ聞いたな。ていうか、普通に日本語だ。
「えーと、あんた、俺の言葉わかる?」
「うん、分かるよ。あなたはどちら様? ……その……すごく可愛らしい顔してますね」
は? いやいや、俺男なんですけど。可愛らしいとか言われてもな。
「胸も大きいし、羨ましい……」
……ん? 胸?
自分の胸元を見てみれば、そこには大きな山が二つそびえ立っていた。
「なんだこれ……」
触ってみると、なんとも柔らかい、張りのある弾力が手を押し返してきた。
これは男の憧れの物体ではなかろうか。おで始まり、いで終わる、あの物体だ。
だが何故だろう。だんだんと自分の行為に哀しみを覚えるようになり、自然と手は止まっていた。
目の前の男はドン引いた顔でこちらを見ているが、ちょっと待て。こちらにも言い分がある。
男の癖に胸が羨ましいだと? 悪いがドン引きなのはこっちの方だ。
「それでさ、君、名前はなんていうの?」
「私? 私は中原 舞っていうの」
「……いや、冗談はいいから本名を教えてくれ」
少なくともその顔で日本人てのは信じ難いぞ。しかも、よりによってその名前は……。
「え? 何か誤解してない? ちゃんと本名だよ?」
冗談じゃない。中原 舞は俺の幼馴染だ。幼稚園から高校まで、ずっと一緒の腐れ縁だ。
「残念だがな……お前が俺の知ってる『中原 舞』なら、そいつは間違いなく『女』なんだよ! 幼馴染で小中高と一緒の腐れ縁。陸上部所属で、槍を投げさせれば日本一って言われてるんだ!」
「……もしかして……翔?」
「……お前、本当に舞なのか?」
「うん」
「マジかよ……」
てことは何か? こいつは男になって、俺は女になっちまったってことか?
「ずいぶんとイケメンになったなぁ」
「翔はまたずいぶんほんわかお嬢様になっちゃって……ボクサーの欠片もないね」
「うるさい」
舞の頭を軽く小突く。
「うわー。女の子にそんなことするなんてひどーい」
「いや、お前もう男じゃん。あと棒読み過ぎ」
会話の調子はいつもの感じだ。
「なあ。もしかして、こいつら二人も……」
「……そうだね。起こしてみよう」
俺はクールビューティー、舞はマフィアもどきの元に向かう。
「すいません。起きてください」
「ほら、マッチョさんも起きて!」
マッチョさんとか、なんて捻りのない名前なんだ。俺も人のこと言えないけど。
「う、うーん。あれ、ここは……。ていうか、君すごく可愛いね! 歳いくつ? よかったらこれから飯食いに行かない? 奢るからさ? ね?」
「ここは……どこなのでしょうか? 綺麗なところですね。あっ、起こしてくださったのはあなたですね? ありがとうございます」
どちらのセリフがどちらのものなのか。現実を直視するのは辛いものだ。
ゲス顔で女の子をナンパするクールビューティーと、丁寧で、どこかお嬢様チックな物腰のマフィアもどき。
こいつら絶対、中身が逆だ。
ついでに、こいつらも俺の知り合いだとすれば、ちゃんと心当たりがあるのも恐ろしい。
「可愛い女の子を見かけると条件反射的にナンパするその感じ。お前、レスリング部の香山 義一だろ?」
「えっ? すごい!よく分かったね? これは運命の赤い糸ってやつだよ! ほら、早速その辺でカラオケでも……」
「はぁ……頭痛くなってきた……」
義一は高校生レスリングで日本代表に選ばれるほどの腕前だが、性格があれなので、一緒につるむと苦労させられた。
「あなたもしかして……舞さんですか?」
「そうそう! いやー、まさかみんないるなんて、ビックリだよ!」
……向こうもどうやら知り合いのようだ。一度四人を集め、状況を確認しなければ。
「見た目のことは一度置いておくぞ。自分の名前、それと所属している部活名を答えろ。まずは俺からな。小泉 翔。ボクシング部所属だ」
「私は中原 舞!陸上部所属で槍投げが得意!」
「俺は香山 義一。レスリング部の超モテ男だ。なあ翔、その胸一回揉ませてくれない?」
「私は宮成 彩と申します。弓道部に所属しております」
それぞれのスポーツで日本人トップと言える実力を持つ体育会系メンバー。よくつるんでいたこの四人と、こんなことになるなんて……。
「それで、これからどうする? 少なくとも、ここは俺たちの家の近くじゃない。家の近くだとしても、このままじゃ帰れない。男は女で女は男だからな」
自分で何を言ってるのか、分からなくなってきた。
「そうですね……。とりあえず、近くの人が集まっている場所を見つけて情報を集めましょう」
「それが一番良さそう!」
「可愛い子とかいないかなぁ」
というわけで、どこにあるかも分からない街を探すことに決定した。
そして、それが俺たちの苦悩に満ちた旅の始まりだったのだ。