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隣のダンジョン  作者: 軌条
第一部 地上へ
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孤高の竜剣

5、孤高の竜剣



 早坂一真が白手帳を給付されたとき、両親はこちらがびっくりするほど喜んだ。


 ろくに学校に通わず、ダンジョン探索に耽る日々。それ自体は非難されるようなことではないが、両親にとっては頭痛の種だった。ダンジョン探索は国民の義務であり、ほとんどの男子がそれを職業とすることを前提として学校で学ぶのに相違ないが、一真は探索の実践にのみ興味を示し、国家が主導するダンジョン探索の階級制度に適合しないことは明らかであた。


 手帳の色別で熟練度を計る精霊の手法に対し、日本政府が認定する資格は少々手が込んでいた。ダンジョンに関する学科試験、実地試験、そして累積実績値。この三つを柱として十階級に探索者を格付けする政府独自の試みだった。

 その階級の高低によって、侵入できるダンジョンの深度が変わる。低い階級の者は浅層での活動を強いられ、高い階級の者はダンジョン探索の最前線に立つことができる。これは、同程度の実力の人間同士でのみ徒党を組むことが許される、と換言できる。


 高い階級の者は国家公務員として仕事に従事することが可能であるし、精霊たちとの協定により、高い実績値を継続的に得ることも容易である。多くの学生が一つでも上の階級で認定してもらおうと学業に励んでいる。


 その中で一真は浮いていた。極端な現場主義であり、冒険者の優劣を計ることができるのは累積実績値のみであると考えていた。別にこれは珍しい意見というわけでもないのだが、学生の頃からそれを実践する者は極めて稀だった。大抵は学校を卒業してからそのようなことを主張するようになる。


 当然、一真は日本政府が主導する階級試験において、低いスコアを記録し、下から三番目の階級と認定された。もし高い実績値がなければ、もっと悪い結果となっていただろう。彼は全く気にも留めなかったが、両親は違った。どんなに実力があっても、今の時流においては宝の持ち腐れ。なにせ難易度の高いエリアには立ち入ることさえ許されていないのだから。


 一真も危機感は抱いていた。しかし彼は学生に認められている実地訓練制度を利用し、名目上だけの指導教官を従え、深層において魔物狩りに勤しんだ。彼の目的は白手帳の取得だった。学生でなくなる前にそれを取りさえすれば、どうとでもなる。彼はそう考えていた。


 白手帳には様々な特権が認められている。なにせ国内において百人弱しかいない。世界中を見回してみても一万人もいないと言われる。貴重な人的資源であり、仮に階級試験でロースコアだとしても、白手帳を示せばダンジョンの出入り制限など幾らでも無視できると考えたのだ。


 実際、そうなった。一真は学生という身分を利用しなくとも、自由にダンジョンに潜ることができるようになった。両親は息子の行動に驚いたが、大いに祝福してくれた。彼がもがいているときは学校に行けだのまともに将来について考えろだの言っていたくせに、喜びを分かち合おうとするその神経が理解できなかったが、まあ、構わない。彼はさほど気にしなかった。


 一真はこういった経緯から、単独での探索機会が非常に多かった。階級試験でスコアが悪かった為に、同程度の実力の冒険者と徒党を組むことができなかった。大人数で浅層を行くか、単独で深層を行くか、その二択に迫れれば、当然後者を選ぶ。一真はそういう人間だった。


「カズマくん!」


 アヤが心配そうに見ている。一真は安心しろと目配せしてから、目の前に迫る亜人型の魔物と相対した。


 全身から銀色の瘴気のようなものを発散している。それ以外は裸の男のようにしか見えない。どうも膂力で押してくるタイプのようには見えない。呪術やら魔術やらを利用してくる魔物と見た。ただ、そういう魔物はあまり堂々と冒険者の前に姿を晒すことはない。壁役となる巨大な魔物の陰に隠れ、こそこそと術を練るものだ。どうも違和感がある。


 しかし一真に恐怖はなかった。今までも単独で凶悪な魔物と相対し、その全てに勝ってきた。戦いながら攻略法を見出だすことには慣れている。少しつつけば分かることもある。一真は抜き放った剣を構えながら接近した。


「一撃で仕留めてやる」


 魔物はゆっくりと手を上げた。霊力がその右手に集中する。一真は目を見開いた。その圧倒的な威圧感。何かやばい。やばい攻撃がくる。本能がそう告げていた。ただし一真は全身に防護措置を施している。精霊たちから高値で交換してもらった一級の防具の数々。何か致命的な攻撃が来たとしても、対策する時間を稼ぐことくらいはできるはずだ。


 できるはずだが……。


 閃光。途端、全身をなぶられるような悪寒が走り、立ち止まらざるを得なかった。次の瞬間、体内に施していた蘇生施術――代替心臓の一つが砕け散ったのを感じた。


 今、俺は殺された。この悪寒は死に際する痛みを精霊の加護によって緩和したものだ。これが死の感覚なのだ。


 一真はそれを察した。何が起こったのか分からなかった。魔物の右手から再び光が発せられる。一真は霊力を靴装備に傾け機動力を上げた。特殊な戦靴が一真の躰を回避方向に向かって強引に移動させる。人体構造からしてありえない速度と反応で横っ飛びになり、魔物の怪しげな光を避けた。


「きゃああ!」


 アヤの悲鳴。ぞっとした。流れ弾を喰らったのか? しかし彼女は闇の奥でおろおろしていた。負傷した様子ではない。ちょっと驚いただけか。


「もっと離れてろ! 巻き添えを喰らいたくないならな!」


 一真は叫び、洞窟の壁に張り付くようにして魔物から姿を隠した。


 あの魔物が右手から光を発した瞬間、心臓が一つ砕けた。まさか一撃で大枚はたいて買った防具の防御を貫通するとは思わなかった。これほどパワフルな攻撃をしてくる魔物とは出会ったことがなかった。自信が喪失しかけたが、やられたのは防具と心臓一つであって、一真自身ではない。こういう不測の事態に対応する為にわざわざ代替心臓を五つも取り込んだのだ。自分に言い聞かせる。


「心臓一つ分は稼がせてもらう」


 一真の眼に付加されているのは暗視能力だけではない。一度目視した獲物の位置を捕捉し続ける追跡能力もある。これさえあれば容易に近づくことのできない魔物が相手でも遠くから攻撃することができる。普段剣を使っている一真にとって、あまり気分のよろしくない方法だったが、今回はまともな味方もおらず、敵の攻撃が苛烈過ぎる。致し方なかった。


 一真は自らの網膜に映し出される魔物の影を探し、そろそろと移動を始めた。懐から狙撃用の後付け式の銃砲を取り出した。これを竜剣に接続することでその爆発的な霊力の燃焼を弾に乗せて撃ち出すことができる。

 銃剣の準備をし、魔物の死角を突くべく周囲を見渡した。既に周辺の地形は把握している。魔物はその場からほとんど動いていないようだ。一真の姿を見失っても深追いしないことを考えると、帰還設備を守っているのだろうか。


「意地の悪い奴だ」


 一真はぼやき、岩陰から銃剣の銃口を外に出した。顔を出して肉眼で確認したが、魔物が動く気配はない。

 一真は狙撃の名手ではないし、まともな訓練を受けたわけではない。ただ、当たらなくとも霊力を充填する回復薬はたくさん持っているし、魔物が勘付いてもまた移動して死角から狙えば良い。こちらからは魔物の位置が正確に分かるのだ、いずれ命中するだろう。


「喰らえ……!」


 一真は三発、続けて撃った。その内の一発が魔物の腹部にヒットした。


「よし、当たった……、が……」


 魔物は衝撃でよろめいたが、ダメージを受けたようではなかった。こちらに左手を突き出す。白い光が放たれ、一真の頭部を撫ぜた。

 例の悪寒が走り、代替心臓が一つ砕けたのを感じた。またやられた。一瞬だけだ。一瞬、相手がダメージを受けたか確かめる為に長く物陰から顔を出してしまっていた。それだけで即死。なかなか緊張感のある戦いではないか。


 相手のこの狂った攻撃力は問題だが、本当に厄介なのは、銃撃しても全く効果がなさそうなことだった。一真が最大火力を叩き出すのは、竜剣による直接の斬撃だが、この銃撃もけして低威力というわけではない。銃撃で傷一つつかないとなれば、直接叩く以外に有効な攻撃方法がない。


 逃げるという選択肢もある。相手がほとんど動かないので帰還設備のところまで行きにくいが、やれないことはないだろう。一真は単独で様々な苛酷な状況に対応する為、多様なアイテムを所持していた。相手の攻撃を釣り、一時的に動きを封じるような手段なら、幾つか心当たりがある。

 しかしそれを試すのに命を一つか二つ犠牲にしなければならないというのはなかなか厳しい状況だった。代替心臓はあと三つ。あと三回まで致命的な一撃を受けても動ける。しかしそれ以降は、強制帰還され、ペナルティを受けることになる。これまで貯めた実績値が一〇分の一となる。これはかなりの痛手だった。慎重に行動しなければならない。


 一真はちらりとアヤのほうを見た。彼女は隠れているようだが、一真の網膜に刻み込まれた追跡能力が、少し離れた位置で息を潜めているのを察知する。

 もしアヤがいなければ、強引な方法で突破を試み、破れかぶれで勝負したかもしれない。あるいはこのまま身を引き、帰還用の指輪の機能不全が回復するのを待つかもしれない。ただいずれにせよそれをアヤがやるのは無理というものだろう。突破するのはもちろん、凶悪な魔物が跋扈するこの深層に長く留まるのは、冒険初心者の彼女には難易度が高い。

 やはりここは目の前の敵を倒さなければ。一真は岩陰から飛び出した。


 魔物が右手を持ち上げる。白い光が飛び交う。機動力を強化し、相手の手の動きを見て攻撃を先読みする。しかし光は凄まじい速度で飛んでくる。目視した次の瞬間には着弾している。心臓がまた一つ砕けた。あと心臓は二つだけだ。


 銃砲を取り外した竜剣を前に突き出し、突進する。魔物は回避行動をとらなかった。至近距離から光の砲撃を受けた。吐き気を伴う悪寒が襲い、また一つ心臓が砕ける。

 しかし懐に入ることができた。竜剣の刀身が燃え盛る。霊力を集中させ、相手の胴に叩きつけた。


 手応えはあった。このまま刃が食い込み、一気に肉を切り裂く。上半身と下半身を分離された魔物は、地面にそれぞれ散らばった。

 一真はしかし戦慄した。下半身は竜剣の炎に包まれて灰と化したが、上半身は依然蠢いている。その左手が光を発した。まともに光を浴びて心臓が砕けた。


「ちっ……、畜生!」


 一真はそのまま追撃しようとしたが、どこを狙えば殺せるのか分からなかった。しかも代替心臓全て潰された。もう一度光を浴びたら強制帰還される。

 迷うようなら退け。一真は前からそう決めていた。信条みたいなものだ。その判断は正しかった。相手の両手に光が満ち、次々と攻撃を仕掛けてきた。地面に伏したままだったので精度が落ちていたが、それでも追撃する為に突っ込んでいたら殺されていただろう。


 一真は物陰に隠れた。光は一撃で一真の心臓を破壊する威力を誇るはずだが、洞窟の壁にぶつかるとあっけなく散った。こうして見るとそれほど危険なようには見えない。

 しばらく洞窟の中を魔物の光の攻撃が飛び交った。一真は動こうにも動けなかった。こうしてやたらめったら撃ってくるということは、あちらはこちらの動きを把握できていないということだ。勝機はある。焦らずじっくり攻めれば――


「カズマくん!」


 ぎょっとした。アヤがちょうど一真の隠れている岩陰に滑り込んでくるところだった。


「馬鹿野郎……、お前、なに考えてるんだ。どうしてここに」

「苦戦してたみたいだから……。何か手伝えないかなって」

「何も手伝えることはない。初心者が手を出すなよ」

「でも、ほら、私って」


 アヤは一真の手から竜剣を剥ぎ取った。そしてぶんぶん振り回す。


「これって初心者には使えない武器なんでしょ? でも私は使える。これでも役立たずって言うの?」

「……ああ、お前は役立たずだ。どんなに凄い武器を手にしたところで、使い方を誤れば何の意味もない。それを懸念して精霊は初心者には高価な武器を使えないようにしたんだ。分かるだろ」

「でも、私って結構やれる気がするんだよね。こんなちゃっちい槍じゃなくて、もっと強い武器をちょうだいよ。後でちゃんと返すからさ」


 一真は唖然としていた。


「お前、さっきまで怖がってただろう。どうしたんだ」

「なんか見てたら、さっきの魔物より迫力ないし、私でもやれるかなって。それにもう真っ二つにしてるじゃん。倒せるって」

「そんな簡単な話じゃないんだ。やっぱりお前は引っ込んでろ。話にならない」


 一真はぶっきらぼうに言った。光を滅茶苦茶に撃つ魔物を目視し、舌打ちする。


「……近くに来たついでに言っておく。どうやら俺はあいつを怒らせたようだ。ああやって滅茶苦茶に攻撃している間は、退くにも退けない。だからここいらで決着をつけにいく」

「決着って……。大丈夫なの」

「やられるかもしれん。まあ、先に俺が帰還することになるが……、そのときはお前もわざとやられて帰還するんだな」

「な、なにそれ。嫌だなあ、痛そうじゃん」

「少しは痛いかも。……まあ、でも、心配するな。俺が手本を見せてやるよ」

「やられ方の手本? それって需要ないよ。まあ、見ててあげるけど」


 一真は頷いた。こんなところでペナルティを受けるなんてろくでもない一日だ。もちろん漫然とやられるつもりは毛頭ないが、仮にやられたとしても、見たことも聞いたこともない、この強力な魔物の攻略法を考えるのはなかなか楽しそうだった。


「俺の見立てによると、この魔物の上半身のどこかに、霊力を充填する機構があるはず。これほど強力な攻撃を連発しているんだ、そう小さな組織ではない。頭部か、胸部か、腹部か。……いつもなら竜剣で丸ごと焼き尽くすんだがな」


 今はこの刃の切れ味で勝負するしかないだろう。一真は覚悟を定めた。


「じゃ、先に行ってるぞ」

「行ってらっしゃい。……ねえ、本当に痛くないんだよね?」


 一真は返事をしなかった。岩陰から飛び出す。光の攻撃は激しさを増し、その間をすり抜けていくのは至難の業のように思えた。

 しかし運が良かったのか、それとも動物的な本能が一真を突き動かしたのか、一切被弾することなく魔物の上半身が転がっている地点まで近づくことができた。魔物の顔が一真のほうを向く。完全に目が合った。恐らく数秒もしない内にやられる。

 だがその前に仕留めればいい話だ。一真は竜剣を突き出した。


 魔物の胸を抉る。血も噴き出さず、まるでハリボテにナイフを突き立てたかのようだった。手応えはあるし、肉のような弾力はある。ただ骨はない。

 刃を滅茶苦茶に掻き回して破壊しようとしたが、全く効果がなかった。魔物の左手から光が溢れる。ここまでか……。


 ふと、魔物の肉の奥にルビーのような赤い宝石があるのを発見した。もしかするとあれがこの魔物のコアなのかもしれない。破壊しようと剣を動かそうとしたが、魔物の右手が剣の柄を掴み、離そうとしない。右手を破壊することもできそうだったが、コアを破壊するのには間に合いそうになかった。


「ちっ、最後の最後で間に合わなかったか。心臓がもう一つあればな……。よく見ておけ、アヤ。これがこいつの弱点だ」


 アヤに聞こえたかどうかは分からない。一瞥すると彼女の不安げな顔が見えた。


「そんなところにいると巻き添えを喰らうぞ。顔を引っ込めろよ。……そう、それでいい。それじゃあな、アヤ。先に地上で待ってる」


 最後にペナルティを喰らったのはいつだったか。思い出せない。少なくとも白手帳を貰ってからは初めてのことだ。

 こんな強力な敵がいるということは、精霊たちが求める秘宝とやらが近いのかもしれないな。ふと一真は思った。地上に戻ったら仲間を募って行くか。いや、このダンジョンの場合、政府が主導している階級試験の結果ではなく手帳の色別でダンジョンの出入りを制限しているようだった。

 白手帳の人間などそうはいない。となると一緒に潜れる人間となるとアヤくらいだろう。


 まあ、経験がないだけで、ちゃんと仕込めばそれなりに戦えそうな奴ではあるが。一真は魔物の光を浴びながら思った。それが彼の最後の思考だった。











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