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隣のダンジョン  作者: 軌条
第一部 地上へ
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カズマ

4、カズマ



 暗い洞窟だったがカズマが何やら唱えると、二人の頭上に光球が浮かび上がった。周囲を強力に照らしたが、不思議なことにその光源を直視しても全く眩しくなかった。ぬめぬめとした岩壁と先ほどカズマが仕留めた魔物の死骸の破片が見えて気分が悪くなった。これならちょっとくらい見通しが悪いほうがマシだったかもしれない。


「俺は暗視能力を付与されている。だから照明などなくとも探索できるが、お前は不便そうだな」

「それはどうも。自分には必要ないのに、そんなことができるんだね」

 

 カズマは昔を懐かしむように、光球を見上げた。


「俺にも照明が必要だった時代があったんだよ。霊力を少しずつ消費するから、できればやりたくないんだがな」

「あ、じゃあ、もうちょっと出力を落としてよ。見たくないモノまで見えるからさ」

「……了解」


 すぐに光球の明るさが半減した。これなら周囲の確認もできるし、見たくないモノが視界の隅に入り込んでもある程度は無視することができる。


「ありがとう。……カズマくん、ぶっきらぼうに見えて結構優しいね」

「お前が話にならないほどの初心者だからだ。どうして白手帳を持っているのか疑問だが、お前自身知らないようだから深くは訊ねない。だが、ダンジョンについてあまりに無知なことについてはどうしても納得いかないな」

「だって、私……、ついさっきダンジョン云々について知ったんだもん」

「どういうことだ」


 綾は少し逡巡したが結局話すことにした。自分は日本であって日本ではない、別の世界から迷い込んできてしまったようだ、と。

 ダンジョンなんてものは綾のいた日本には存在しない。どころかダンジョンという存在を社会が広く認知し、国民の義務だなんて言ってしまっているこの世界は異常だ。これは異世界に迷い込んだと理解するほかないだろう。綾の家族は存在していたが性格や状況なども異同があったように思う。


 綾自身、半信半疑だった。自分を取り巻く状況というのをよく理解していなかった。もしかするとこれを話すことでカズマの反応を見たかったのかもしれない。この解釈が突飛なものなのかどうか知りたかった。


「異世界、ね……。荒唐無稽な話だが、一応お前がダンジョンについて無知なことの説明はつくな。白手帳についても、元々この世界の住民ではないのなら何らかのエラーが発生してもおかしくはない」

「信じてくれるの?」

「いや。全然。しかし仮に信じるとして……、お前どうしてここにいるんだ」

「えっ」


 カズマは腕組みをして訝しむように綾を睨む。


「いきなり異世界に迷い込んで、それがたとえ元居た世界と似通っていたとしても、ダンジョンなんて危なそうな場所に近寄らないだろう。お前の世界にはダンジョンが存在しなかったんだろう?」

「う、うん。確かに、私も軽率だったかなーって思ってる。けど、お母さんが安全だよって言ってたし、それに」

「それに?」


 綾は嬉しそうにはしゃいでいた両親を思い出した。ダンジョンに行ってもいいと言った娘を過剰に応援していた。


「お母さんもお父さんも、私にダンジョンに潜って欲しくて堪らなかったみたいなんだよね。別に私も、ダンジョンに対して恐怖心とか薄かったし、何となくここまで来ちゃったっていうか……」

「お前の年齢でダンジョンに潜ったことがない奴なんて、学校に一人いるかどうかってところだからな。親御さんはよっぽど心配だったんだろう」


 カズマは言う。綾は頭を掻いた。


「いやあ、自分のことなんだけど、私的にはいきなり元いた世界と状況が一変して、他人事みたいな感じだったんだよね。私って結構あっけらかんとした性格してると思うんだけど、家族の反応を見てると、ここの世界で暮らしてた私って根暗だったみたいだし」

「……そうか。お前がよく知りもしないダンジョンに突撃するほど無鉄砲な人間だということは理解した。仕方ない。帰還まで付き合ってやる」


 カズマは素っ気なく言った。綾は彼に申し訳ないと思っていたが、自分だってこんな状況になって泣き出したい気分だ。いっそのこと年頃の女の子らしくナーバスに泣き出したって良かった。

 でもそんなことをしたらもっとカズマを困らせてしまうだろう。強引に不安を押し殺して笑顔を取り繕った。


「ねえ、この世界のこと教えてよ。ちょっと聞いただけだけど、結構面白そうだよね。魔物を倒して、実績値を貯めて、それで精霊さんから食べ物とかを交換してもらうんでしょ?」

「大雑把に言えば、その通りだ。食べ物だけじゃなく、日用品や娯楽品、ダンジョン探索の為の武器や防具、あるいは各種サービスも受けられる」


 綾は首を傾げた。

 

「サービスって?」

「手術とか」

「手術? 病気も精霊さんに治してもらうの?」

「それもある。が、簡単に言えば人体改造だよ。俺は暗視能力を付与されていると言っただろう。探索や戦闘に役立つ手術を、精霊たちに頼むことができる」


 カズマは自らの異常な色の瞳を指差した。綾は鳥肌が立ち、腕をさすった。

 

「えっと、それ、なんか怖くない……?」

「精霊の手技は正確だし、手術が失敗したという話は全く聞かないな。まあ、彼女たちならそういった話が広まらないように情報を操作するのは難しくないだろうが……」


 精霊とやらを信用していないような口ぶりだ。綾は少しそれが引っ掛かった。それを振り払う為に周囲を見渡す。

 

「……ふうん、暗視能力かあ。確かにこういう暗がりで冒険するなら必須かもね。費用はどれくらいなの」

「二万点といったところだ。中堅以上の冒険者なら大抵は付与している。他にも筋力増強やら骨格の強化、心臓の増設なんてモノもあるな」

「うわあ、えげつないね……」


 カズマは指で顔の肉をぐりぐり動かして、


「整形する奴も結構いる。ただ、精霊たちの美的感覚は人間のそれとは少々異なっているから、本人が細かく指定しないと駄目だ。悲惨な結果になり、慌てて元の顔に戻す奴が後を絶たない。まあ、元に戻すだけなら完璧にやってくれるから、そこは安心だが」

「へえ……。精霊さんって何でもできるんだね。凄い。でも、ちょっと不思議なんだけど」

「何がだ」


 綾は手帳を取り出して適当にめくった。


「どうして精霊さんは実績値と引き換えに、そういう色々なことをやってくれるわけ? 実績値って魔物を倒して得られるものなんでしょ。何か目的でもあるの」

「随分突っ込んだことを聞くんだな。それについて詳しく話すには、人類と精霊の交流――ざっと三〇〇〇年分の歴史を語る必要がある」

「えっ、そんな壮大な話? あのー、手短にお願いします」


 カズマは微笑した。


「簡単に言うと、精霊はダンジョンの最奥にあるという秘宝を欲しているんだ。まあ、そんなものが実在するかどうかも分からないが、一応彼女たちはそういう説明している」

「秘宝……? お宝が欲しいんだ」

「世界には数万にも及ぶダンジョンが存在している。日本だけでも三〇〇以上のダンジョンがあると言われている。その中で、探索を終えたとされるダンジョンは一つもない。実際に秘宝を精霊に捧げた冒険者など一人もいないんだ。だからこの説明が真実なのかは誰も知らない。精霊以外は」


 綾は首を傾げた。


「でも、その説明でこの世界の人たちは一応納得しているんだよね?」

「まあ、一応」

「ならそれでいいや。それ以上を知ろうと思ったら、めちゃくちゃ時間かかりそうだし」


 カズマは綾をしげしげと眺めた。


「お前、なかなか合理的な発想をするな。そう、それでいいのさ。難しいことなんて考えずにダンジョンに潜っていれば」

「いや、私あんまりダンジョンには……。でも簡単なところからなら、結構面白そうだしなあ……。ていうか、そもそも元の世界に帰れるのかな」

「まあ、今は無事地上に帰還することだけを考えるべきかもな。これを持っとけ」


 カズマは短剣を差し出した。綾はそれを受け取ったが、見た目以上にずっしりと重く、危うく落としそうになった。


「これは、武器?」

「俺が持っている中で最弱の武器だ。青手帳でも扱える」

「えー。ケチケチしないでよ。もっとマシな武器ないの」

「馬鹿言え。初心者が扱える武器がそれだけなんだよ。せめてお前が緑手帳ならもう少し威力のある武器を渡せるんだが」

「なにそれ。初心者差別ぅ?」


 カズマは額に手を当てた。ちょっとしたユーモアなのに面倒臭い女だと思われたようだ。


「はあ……。違うよ。武器によっては、使用制限がかかっているものがあるんだ。一般に強力な武器ほど実績を積まないと使えないようになっている」

「なにそれ」

「武器だって無限にあるわけじゃないからな。希少で強力な武器を初心者に渡して、ダンジョンでぽんぽん紛失されるのはかなり痛い。だから精霊がその武器を手にする資格があるかどうか見極めているんだ。初心者の青手帳は低威力の大量生産品しか使えない。中級者の証である緑手帳、あるいは上級者の証である赤手帳となれば、大抵の武器を扱えるようになる。白手帳となれば全ての武器使用が許可される」

「ふうん。でも、ほら、私って白手帳だよ?」

「阿呆か。お前は手違いで白手帳となっているだけなんだろう。実際には制限がかかっているはずだ。試しに俺の剣を抜いてみろ」

「剣?」


 カズマは腰に差している剣鞘を示した。


「赤手帳以上しか使用できない、竜剣と種別される武器だ。その中でも最高級品――燃費は悪いが一瞬の火力は全ての武器の中でも指折りだ」

「凄い武器なんだ。これを抜けばいいの」

「予め言っておくが、許可されていない武器を手に取ろうとすると電撃のような衝撃が襲ってくる。気絶する奴もいるくらいだ。身分不相応な武器は所持さえ許されない、それがダンジョンでのルールなんだ」

「ふうん。……抜けたけど?」


 綾はカズマの鞘に手を伸ばし、剣を引き抜いた。短剣と違って見た目以上に軽かった。先ほどのように炎を纏っていないが僅かに熱気を感じられた。

 カズマはぽかんとしている。


「……どうして抜けるんだ、お前」

「知らないよ。抜けるもんは抜けるんだもん」


 綾はおっかなかったので、すぐに剣を鞘に戻した。カズマはふうんと唸る。


「もしかして、お前はマジで白手帳の資格を得ているのかもな。武器の使用制限がないとすれば、随分と探索がはかどるだろう」


 カズマは衣嚢から小さな箱を取り出した。するとその箱から真紅の柄の短槍が飛び出してきた。


「うわっ、なにそれ」

「緑手帳以上に使用が許された護符つきの武器だ。防護呪文がかけられていて、敵の攻撃を軽減してくれる。まあ、実際に殴られたり、噛まれたりする攻撃には相性が悪いが、呪いやら毒ガスやらは霊力の消費なく払いのけることができる優良品だ」

「へえ……、頼りになるんだか、ならないんだか。……それより、どう考えてもその箱にこの槍って収まらないと思うんですけど」


 カズマは空となった小さな箱をつまみあげ、放り投げながら言う。


「特殊な格納容器だ。精霊に頼むと、大きなモノでもこの小さな箱に収納して簡単に持ち運ぶことができるようになる。一度取り出すと、元には戻せないがな。……この槍はお前にやるよ」

「えっ。本当に? ありがとう。でも、槍かあ……。剣とかのほうが恰好良いよね」


 槍を受け取りながら綾は不満を口にした。カズマは呆れた様子だった。


「贅沢言うなよ。お前、運動神経良さそうだから、それで牽制しながら逃げることに専念すれば、かなり時間を稼げるだろう。その間に俺が敵を倒して回れば、また大勢に囲まれても切り抜けられるはずだ」

「なるほど。でも、せっかく武器があるんだから、ちょっとくらい戦いたいかも」

「無茶して殺されても知らんからな。まあ、帰還石があるから、それでやられるのも後学の為にいいのかもしれないが」


 綾はここで嫌なことを思い出した。


「ねえ、さっき指輪を使って帰ろうとしたでしょ。でも、できなかった」

「ああ、それがどうした。たまにあることだ」

「だったら、その帰還石っていうのも、機能しないってことがあるんじゃない?」

「それはありえない。過去にそんな例は聞いたことがない。帰還石というのは高価な代物で、三万点もする。日本では政府がその購入を補助してくれているが、精霊たちにとってはかなり力の入った商品なんだ。他の帰還アイテムとは別に、全く独立した呪文式が構築され、何重にも安全策が施され、少しでもその動作にぶれがあったら、しばらくそのダンジョンの立ち入りは禁止されるほどだ。いざとなれば、絶対に機能する」

「そうなんだ。なら、安心だけど」


 綾はそれでも少し不安だった。当然だ。殺されても無事に地上に帰還できる――異世界に迷い込んで違和感とばかりぶつかってきたが、これに優る不可解な感覚は存在しないだろう。殺されても大丈夫。本当にそんなことがありえるのだろうか。


 二人はダンジョンを慎重に進んだ。カズマは熟練の冒険者らしく、こそこそ動き回る魔物を目敏く発見しては、危険が襲ってくる前に手早く処理した。魔物は様々なサイズがいたが、いずれもカズマの前では一瞬で屍と化した。本来なら冒険者を苦しめる凶悪な特徴を備えているらしかったが、全く相手にならなかった。

 綾の持つ手帳にはみるみる実績値が貯まっていった。一万点を超えたときは何もしていないのに妙な充実感があった。強い人と一緒に冒険すれば、簡単に豊かな暮らしができそうだ。


「止まれ」


 のんびり歩いていると、カズマが緊迫した声を発した。


「どうしたの?」

「帰還設備がすぐそこにある」

「じゃあ、帰れるんだ! でももう少し探索してみたい気持ちも……」

「馬鹿言うな。それより、見たことのない魔物が帰還設備の前に立ってる。どうやらこっちに気が付いているようだ」


 綾が目を凝らすと、薄明かりの中に佇む人型の魔物がいた。身長は二メートル前後、先ほどまで戦っていた巨大な魔物たちと比べれば随分と小ぶりだった。

 輪郭は人間と大差なかったが、白銀色のオーラのようなものを纏っている。裸であり、発達した筋肉に野性味を感じた。


「うわっ、マッチョだ。強そう」

「お前は少し離れてろ。どんな攻撃を仕掛けてくるか読めない。まあ、大したことはなさそうだが」

「そうなの? 根拠は?」

「長年の経験からくる勘というやつだ。ほら、後退しろ。もっとだ。もっとだよ」


 綾は言われた通り距離を取った。竜剣を引き抜いて臨戦態勢に入ったカズマを見て、ふと不安が脳裏をよぎった。


「ねえ、気を付けてよ。万が一やられるようなことがあれば――」

「心配するな。俺は心臓を六つ持っている」

「えっ」


 カズマは綾が絶句したのを見て、小さく笑う。


「……心臓というのは比喩的な表現だ。自動蘇生術というのがあって、それを施していれば魔物に殺されたとしてもその場で復活する。だから、もし歯が立たない相手だと分かればこの場を離れるさ。ペナルティを課せられたくはないからな」

「そうなんだ……」

「ああ。だからお前を置いて地上に帰還することはない。安心しろ」


 カズマの優しさに驚いていた。どうして見ず知らずの人間に、そこまで配慮できるのだろう。これが熟練の探索者の余裕というやつだろうか。それとも綾があまりにも可愛いから惚れちゃったか……? なんて。


 綾は自分の思考に呆れつつも、カズマの後姿を見ていた。発光する魔物がゆっくりと近づいて来る。どんな戦いになるんだろう。綾はワクワクしながら見ていたが、不安もあった。いや不安を殺す為に自分を誤魔化していただけだったのかもしれない。

 頼もしいはずのカズマの後姿が儚く見えた。綾にはその理由がしばらく分からなかった。










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