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隣のダンジョン  作者: 軌条
第二部 ダンジョンへ
39/111

時期尚早

38、時期尚早




 黒柳は言う。三城のような銃火器を扱う遠隔攻撃手には、守りを固めた後に「押し潰す」のが最適だと。


「銃撃っていうのは点による攻撃にはなるんだけど、それほど多くの霊力を込めることができないし、狙いがぶれるので、結果的に面制圧という性格が強くなる。一撃での破壊力には欠けるわけ」


 黒柳は狙撃銃を構えながら言う。


「こういう、ライフルでも同じ。一見貫通力が強そうに見えるけど、霊力によるダメージの加算は控えめになる。銃器で近接武器と同等の破壊力を稼ごうと思ったら、大量の霊力が必要になる」


 綾がダンジョンに潜ったばかりの頃、カズマが強力な銃撃を実現していたが、なるほど、霊力の消費が激しいと言っていた。それより威力で劣るであろう琴歌の銃でも、綾が撃ってみると二発が限界だった。


「と、いうことは……」

「防御が容易である、ということね。回避にこだわる必要もない、ということでもある。銃火器を主に扱う戦士は、自分の攻撃力の低さを自覚しているから、色々と相手を倒す為の工夫を施しているのが普通なの」

「工夫、ですか」


 綾は三城との戦いを思い出した。あのとき三城は、大量の銃弾をばらまき、綾を空中に逃がしてから、弾速の早い一撃で仕留めにきた。もしかして複数の銃器を使い分け、命中の確率を上げるのが彼の工夫……?


 黒柳は腰に手を当て、つまらなそうに、


「三城の場合、霊力のキャパが多いほうではないから、本来なら手数の多さをウリにする銃遣いには向いてないんだけど、低威力・低精度の粗悪銃を隠れ蓑にして、本命の狙撃銃の命中率を上げている。綾ちゃん、三城攻略の第一歩は、この狙撃銃を確実に受け流すことよ」


 綾は首を傾げた。


「受け流す、ですか。回避する、ではなく?」

「あれを回避するのはかなり難しい。私でも無理。たとえば、ウチであれを避けられるのは、楓ちゃんくらいかな……。制圧部隊の志村ちゃんなら軽々とやってのけるんだろうけど」


 なるほど。確かにそんなことを綾ができるようになるとは思えない。回避するのは諦めるしかないのか。


「受け流す、ということは、霊力を集中させて、点による防御をするってことですよね……」


 黒柳は頷く。


「そう。だから銃火器を扱う遠隔攻撃手と相性が良いのは、防御型の戦士。防御に重きを置けばいいわけだから、武器は剣だろうと銃だろうと構わない」

「でも、三城さんの銃の弾速、滅茶苦茶ですよ。目で追うことさえできません」


 綾は先ほどの戦いを思い出しながら言った。


「仮に目で追えたとしても、攻撃を盾で受けて、しかも着弾する部分に霊力を偏らせる――今の私じゃ、無理です」

「綾ちゃんじゃなくても、誰でも無理だよ。うん」


 黒柳は言う。


「でも、あらかじめどこに攻撃が来るのか分かっていれば、簡単に防御できるでしょ。綾ちゃん、あなた、ダンジョン内で防御特化型の冒険者とは出会わなかった?」


 防御特化と言われて真っ先に思い浮かんだのは、佐東だった。巨大な盾を使って、あの銀色の抗体の攻撃をも防いでみせた。


「います、けど……」

「防御型にも二種類あって、霊力をブーストさせて面防御! どんな攻撃でも受け流す高燃費型と、敵の攻撃を誘導することで点防御を安定して実現する局所ガード型に分かれる。状況によって使い分けるのが理想だね。盾専門に扱う人になると、多様な敵の攻撃に対応して、その都度盾の機能を切り替えることもあるね。まあ、綾ちゃんはそこまで考えなくていいけど」


 綾はじっと考え込んでから、言った。


「格上を倒さなくてはならない私が身に着けるべきは、局所ガード型……、ということですか」

「そゆこと! 理解が早くて助かるわ。高燃費型はどちらかと言うと、多人数を相手にしたり、相手の攻撃方法が分からないときに力を発揮するね」


 綾は何となく理解し始めていた。格上と戦うときはリスクを積極的に背負わなければならない。それは攻撃のみならず、防御や回避をする局面においても同じこと。


「攻撃を誘導するって、そういう手段があるんですか?」

「そこは頭の使いどころだねえ……。相手も、自分の攻撃が誘導されないように知恵を絞っているわけだから」


 黒柳は腕組みをする。


「三城の場合、複数の銃器を使いこなすことで、完全に防御されることを防いでる。あと、様子見の低威力の銃撃で、相手の防御や回避の癖を見ようとしてる。だから、短期決戦が理想。こちらのダメージが蓄積する前に攻撃を成功させる」


 黒柳は自身が手に握っていた剣を一瞥した。


「仮に防御が成功したとして、接近戦を挑むとなると、機動力が肝になる。三城も一応、接近されたときのことを考えて、機動力は重視している。引き撃ちされると厄介だよ。これが奴の勝ちパターンだから」

「引き撃ち?」

「後退しながら撃ちまくること。機動力が互角以上なら、理論的には永遠に一方的に攻撃できる。もちろんそんな簡単じゃないけど、あいつは引き撃ちのセンスがあるから」


 綾は想像した。剣を持って接近しようとしている自分と、後退しながら一方的に銃撃を浴びせてくる三城――きっと絶望的な気分になるだろう。


「それはぞっとしますね」

「でしょ。だから、機動力に自信がないなら、中射程以上の武器をお勧めするけど」


 綾は頷いた。


「アドバイスありがとうございます。でも、結局のところ、私がまともに防御を成功させることができなければ、勝ち目はないんですよね……」

「そうだね。綾ちゃんは初心者。攻撃のバリエーションも、戦闘の経験値も、大きく劣る。だから勝つのには運も必要かな。あと、度胸」


 綾には分かっていた。元々、無謀な挑戦だ。だから簡単な攻略法など最初から期待していない。


 しかし突破口は見えたような気がした。相手の攻撃を誘導し、局所に霊力を集中させ、防御を成功させる。そしてある程度接近し攻撃を当てる。攻撃を当てるには、相手の意表を突く必要がある。普通にやっても回避されるか、防御されて決定打にはならないだろう。


「黒柳さんなら、どうやって相手の攻撃を誘導しますか?」

「私? うーん、私の方法はあんまり参考にならないと思うけど」


 黒柳は急に居心地が悪そうになった。


「教えてください。お願いします」

「ええと、じゃあ教えるけど。盾に攻撃が着弾した瞬間に霊力を移動させるね」

「えっ?」

「だから相手の攻撃の誘導はしない、かな。する必要がない」


 黒柳はアハハと笑った。


「私の場合は、体内の霊力を超高速で移動させることができるから、どこに着弾したか確かめてから盾の性能を引き出しても、十分間に合うんだよね。ごめんね、参考にならなくて」


 確かに、今の綾のレベルからすると、途方もない話だった。


「そんなことが可能なんですか……」

「まあ、ウチの上位組とか、制圧部隊の面々とかだと、当然のようにやっちゃう感じかな。傍から見てると面攻撃、面防御の応酬なんだけど、実際には点攻撃、点防御の攻防だったり」


 琴歌もそうした高度な世界で戦い続けていたのだろうか。綾の認識はあまりにも漠然とし過ぎていた。途方もない力の差に、眩暈さえする。


「私、三城さんに勝てるんでしょうか……」

「相性で有利に立てれば、勝率が一割くらいはあるんじゃないかな……。何回でも挑めばいいよ。だって、楓ちゃんから、模擬戦の申し出は絶対に断るなって通知が来てるもの」


 そうか。勝つまでやればいいのか。


 綾は急に元気が湧いてきた。期間は三日しかない。そして今日という日は、もうすぐ夕刻を迎えようとしている。


「三城さんって、今、どの辺にいますかね?」

「えっ。もうちょっと霊力のコントロールの練習をしてからのほうが良いと思うけど。三日あるんでしょ」

「試したいんです。負けるにしても――何か掴めそうなんです」


 あらら。黒柳は苦笑していた。


「せっかちなのね、綾ちゃん。三城なら、普段はトレーニング室の隣にある射撃場で練習してると思うよ」


 何度目で勝てるかな。そう呟く黒柳は楽しそうだった。綾は深々と一礼してから、小演習室を出た。


 そう、恐らく、勝てないだろう。しかし何度でも戦える。戦っている内に良いアイデアが閃くかもしれない。経験値で劣るというのなら、実戦でそれを稼ぎまくればいいわけだ。


 綾はトレーニング室に着いた。その隣にある射撃場のプレートを見る。廊下まで微かに銃撃の音が聞こえてきた。


「三城さん。ごめんなさい。勝手に練習相手に任命しちゃいます」


 綾は射撃場への分厚い扉を押し開けた。




   *




 三城拓也は地元では有名な男だった。単独でダンジョンに潜り、深層に挑んでは軽々と帰還する、凄腕として知られていた。


 戦闘スタイルはオールラウンダー。単独での行動が主なのだから、近接戦闘も遠隔攻撃もそつなくこなせなければ、生存確率は上がらない。


 加貫総合研究所の戦術研究部に入ることとなった経緯は複雑で、詳述するとなるとかなりややこしいことになる。かなり省略して言えば、地元のダンジョン管理局の人間に目をつけられ、スカウトされ、しかし政府に仕えることに嫌悪感を抱いていたので断り、他の部署からもスカウトされ、なおも断り、その噂が地元で広がると高慢な態度を批判され、なんやかんやあって地元を離れ、小銭稼ぎの為に加貫総合研究所の被験体に応募し、そこで管理局にスカウトされた経緯が露見し、研究所にスカウトされ……、とにかく色々あった。


 だから三城は今の立場に固執することはないはずだった。流れに身を任せている内にここに辿り着いた。その感覚が強い。


 他人を見下すことが多かった三城が、俗称「攻略組」の中では、どちらかと言えば落ちこぼれだった。それが三城にとっては強烈なストレスとなった。


 三城とて、自分が世界で一番強いとは思っていなかった。だが、周りが自分より優秀な人間ばかりとなると、これまで経験したことのない劣等感と恥辱で、精神が壊れてしまいそうになった。


 必死に努力した。強くなろうとした。部内で頻繁に行われる模擬戦でも、勝率を少しでも上げようと工夫を施した。


 自分より戦績の悪い人間は内勤に飛ばされた。それが三城には恐怖だった。この場所から立ち去ることは、自分の無能を証明してしまうようなもの。


 流れ流される人生はここで一旦終わりを告げた。オールラウンダーとしては通用しないと分かると、得意だった銃火器をメインに使うようになった。


 もちろん、近接戦闘も自信がないわけではない。だが攻略組の面々に通用するほどの圧倒的な力を発揮することはできない。


 自分より弱い者はここから去っていった。いつしか、銃火器をメインに据える戦士の中で、最弱と言える存在は自分になっていた。


 次は自分が飛ばされるかもしれない――三城は恐怖していた。そこで現れた瀬山綾。


 あんなに弱いと、すぐに飛ばされてしまうだろうから、大した延命にはならないが、少なくとも自分より弱い仲間は貴重である。これまでの経験から、一度に二人以上飛ばされることはない。一人ずつ、不要な人材は整理される。


 自分より弱い戦士は歓迎だ。少しの間だけ、この劣等感を忘れることができる。





「あの――」


 声がした。三城は射撃場で銃を撃ち続けていた。耳栓をしていたのに、声がする。


 振り返った。そこにいたのは瀬山綾。あの雑魚の。自分より下の。


 銃を下ろし、耳栓を抜いた。そして綾に向き直る。


「どうしたの、綾さん。銃の試し撃ち?」

「いえ」


 綾の瞳はやたら輝いていた。希望に満ちた眼差し。決意が感じられるような。こっぴどく痛めつけたはずなのに、そんな目をするのか。


 自分なら無理だ。三城は思った。


「じゃあ、何の用?」

「模擬戦をお願いできませんか」


 何を言い出すのかと思えば。三城は笑った。


「さっきやったじゃないか。またやるの?」

「お願いします。駄目ですか?」


 正直、面倒だった。実力差は明らかだった。またやる必要を感じない。


 しかし、模擬戦の申し出を断るなと通告を受けている。ここで命令をたがえれば、佐久間部長からの心証が悪くなるかもしれない。


 飛ばされたくない。三城は嘆息した。


「分かった。受けるよ。でも、どうして」

「すみません。何が何でも、模擬戦で勝利しなくちゃいけないんです」

「え?」


 三城は耳を疑った。


 何だよ、それは。


 僕が相手なら勝てる。そう言ってるのか?


 雑魚のくせに……。青手帳、せいぜい緑手帳程度の実力でしかないだろう。白手帳というのは嘘じゃないか?


 三城は引き攣った笑みを浮かべた。


「勝利しなくちゃいけない? それで僕と戦いたいっていうのは、心外だなあ……。まるで僕が相手なら勝てる。そう言っているように聞こえるけどなあ」

「そんなことは……。でも、勝つつもりではあります」


 勝たなきゃいけないんです。綾はそう言った。


 三城は笑顔を忘れた。恐らく怒りの表情を浮かべていたと思う。しかし綾は怯まなかった。じっと三城の顔を見つめている。


 なんだこの女。生意気にも程がある。


「じゃあ、演習場に行こうか」


 三城は自分が笑顔なのか、別の表情なのか、それとも無表情なのか分からなかった。声が上ずっていたように思う。


 いいだろう。


 ぶちのめしてやる。


 新人に教え込まないと。


 ここでは弱者は消える定めだと。その敗北の味を噛み締めながら残りの人生を送るといい。


 僕はそんな負け犬人生、御免だがね。


 三城は懐にある自分専用の銃器――通常のダンジョンでは不純物扱いされて使用できない、開発組特製の銃に触れた。


 このオーダーメイドの銃で仕留める。一瞬では終わらせ、絶望を教えてやる。三城はほくそ笑んだ。




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