表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隣のダンジョン  作者: 軌条
第一部 地上へ
21/111

実績稼ぎ

20、実績稼ぎ



 ジンがダンジョン管理局の中枢に入り込んだのは三年前のこと。それまではしがない地方公務員に過ぎなかった彼だが、政府主導の階級テストで歴代一位のスコアを叩き出したことで状況は変わった。


 階級テストの意義を体現するべく、ダンジョン探索の最前線に立たされた。魔物との戦いは慣れたものだったが、一〇〇階より更に深い超深層での戦いを強要されている内に、上層部への不信感を抱き始めた。


 俺は貴様らの出世の手段にはならんぞ。貴様らの考え出したつまらん階級試験なぞ知ったことか。神は元々大人しい気質だったが、凶悪な魔物との戦闘の日々で性格が大きく変わってしまった。あるいはそれが彼の正体だったのかもしれない。


 ダンジョン管理局の所属となると、非常時におけるダンジョン制圧作戦の必要性を力説、上層部には階級試験における上位者を合法的に大量登用し実績作りのスピードを飛躍的に高められると詭弁を張った。めでたくダンジョン管理局付きの制圧部隊が創設されると、そこの初代部隊長に任命された。


「拾っていただきありがとうございます」


 神が最初にスカウトした志村瑞名は、そう言って感謝を示した。全国ランク一位の伝説的な単騎主義者ソリストである彼女は、その力を持て余していた。国家、あるいは精霊たちによって立ち入りが禁じられている超深層に、彼女は潜りたがっていたようだった。


「もっと交渉が難航すると思っていた。快諾してくれて今後が楽になった。貴様の名を出せば、他の名だたるランカーにも印象が良いだろう」

「入隊を早々に決めたのは、神さん、あなたがいたからですよ」

「俺が?」

「私、階級テストで全国七位だったんです。実績値を日本で最も稼いでいるのは私のはずなのに、まだ世の中には上がいるんだな、と」

「井の中の蛙――といったところか?」

「いえ。階級テストがいかに間違っているかを証明する良い機会だな、と……。超深層に潜るのも楽しみではありますが」


 そう言って志村は冷たい眼差しを送ってきた。一目見ただけでは怜悧そうな小柄な美人という印象しかないが、その瞳には冷酷で死の匂いを漂わせる野蛮な光を宿っている。


 頼りになる女だった。単身ダンジョンの深層に潜り込み、ありとあらゆる魔物を駆逐してきただけのことはある。ただチームプレーが苦手であり、他の隊員との連携は破滅的に下手だった。

 おかげで、志村が出撃するときは神の指揮下にいることがほとんどだった。他の連中だと志村の動きに合わせることができない。


 神は強力な部下を揃えることができたことを喜ばしく思った。後はこの実力を発揮する機会を待つだけ。実績が増えれば局内での発言力も増す。しがない地方公務員だった時代とは違い、もう上司の一挙手一投足にビクビクする必要はなくなる。


 そう、実績が必要だ。困難な課題が欲しい。誰にも成し遂げられないような厳しい作戦を、神は待ち望んでいた。


 もしかすると、今回の作戦はそれに当たるかもしれない。神はそう思った。



   *



 神と志村が一〇〇階に降り立つと、魔物の気配は希薄だった。神は拍子抜けしたが志村は油断することなく、即座にレーダーを起動させた。


「隊長。生存者がこの階層に二人いるようです。拾ってきましょうか」

「二人も生存者が? 地上にいた坊主の姉かな」

「……それとも殺してきましょうか。ダンジョンの異常が収まるかも」


 神はさすがに苦笑した。周囲から狂人だの常識知らずだの言われ続けている神でも、志村の思考についていけないときが多々あった。


「やめておけ。それに事情を知る良い機会でもある。抗体戦となれば、早期の情報収集が重要となる」

「では、事情を聞いた後に仕留めれば――」

「お前はそんなに人を殺したいのかよ。何度も言わせるな」


 神の苛立ちが混じった声に、志村は全く怯まなかった。黙礼するとその場を走り去った。


 神もレーダーを持っていたが、彼の装備の特性上、あまり周囲の探索は得意ではなかった。だから志村の言う生存者がどの辺りにいるのか分からなかった。代わりに九九階への階段を探す。


 かなり時間を要したが、志村が帰ってきた。言っていた通り、二人の人間を引き連れている。一人は青年、もう一人は中年女性だった。二人ともに疲弊し、ぐったりとしていた。そして志村のことを怯えた目で見ていた。


「よくぞ丸一日、この深層で生き延びたな。早速で悪いが手帳を見せろ」


 男と中年女は手帳を差し出した。二人とも赤手帳だった。一人は誉田康熙、女のほうは尾賀由利という名前らしかった。


「……異常はなさそうだな。断言はできないが、こいつらは『不純物』ではなさそうだ」


 誉田康熙が血相を変える。


「それだ。さっきから何なんだ。不純物ってそこの女が何度も繰り返し言ってるが! あんたたちは救援隊じゃないのか?」

「救援隊ではない。制圧部隊だ」

「要するに、助けに来てくれたんだろう!? さっさとここから出してくれ!」


 神はふっと息を漏らした。


「助けに来た、というのは違う。俺たちはこのダンジョンの異常を解決する為に来た。その為ならお前らがどうなろうと知ったことではない。もちろん、部隊としての使命はそうでも、人情というものはあるから、片手間に助けられるものならついでに守ってやらなくもない」


 誉田が絶句する。女のほう――尾賀由利は憔悴し切っているようだった。


「どうでもいいけど、あなたたち敵じゃないんでしょ? だったら、もういいよ……。疲れた。もう歩きたくない」


 志村が目配せする。


「隊長。携帯ホテルを持ってきましたが、使いますか」

「お前、そんなもん持参していたのか」


 志村は荷から筒状のものを取り出した。それは彼女の手から離れるとあっという間に巨大化し、棺桶程度の大きさになった。


「救助者を連れていきながら移動するとなると、かなり動きが制限されます。面倒だなあと思ったので五つほど持ってきました」

「用意がいいな。我々の標準装備ではないはずだが、どこで調達した」

「局内の備品を拝借してきました」

「備品――って、お前……」


 携帯ホテルと呼ばれるそれは、人間を収納し縮小することができる棺桶のようなもので、救援隊でもなかなか持っていないような専門的な装備だった。重傷者を中に入れて持ち運ぶことができるが、重さはそのままなので、それを携帯する者にはかなりの負担を強いることになる。


「……まあ、いい。志村らしくていいんじゃねえか。じゃ、お二人さん、ちょっと話を聞かせてくれ。ダンジョン内で妙なものと出会わなかったか?」

「妙なもの?」

「こう、歯車の形をした、やたら頑丈な敵とか、空飛ぶ白竜とか、一つ目の巨人とか、銀色の宇宙人みたいな奴とか――」

「さあ……?」


 神と志村は頷き合った。


「そんじゃ、もう用はない。さっさとこの高級カプセルホテルに入っててくれよ。次目覚めたときは地上だぜ」


 尾賀はあっさりとその中に入ったが、誉田は警戒しているようだった。


「お前らを信用していいのか? 制圧部隊なんて聞いたことがない。本当にダンジョン管理局の人間なのか?」

「聞いたことがないのはお前の勉強不足なんだよ。さっさと入れ。でなければ一生ここで彷徨っててもらうぜ」

「あるいは死んでもらうか」


 志村の容赦のない言葉に、誉田は不承不承ながら携帯ホテルの中に入った。志村がその蓋を閉める。するとそれらはみるみる小さくなり、志村が拾い上げた。


「私が所持しておきます。二つで一〇〇キロはありますね」

「大丈夫か?」

「いざとなったら飛び道具として使えますね」


 志村はそれを投げるフリをしてから、懐に差し入れた。肉体を改造しているであろう志村にとってそれらはさしたる負担にはならないが、神が懸念したのは戦闘となれば魔物と肉薄する彼女のスタイルでは、救助者も危険に晒されるという点だった。


「心配しなくとも任務となれば手は抜きませんよ」


 志村は言った。二つの携帯ホテルをさらりと撫でる。


「私の命の次くらいに大事にします。それなら十分でしょう?」


 神は尋ねたかった。志村にとって自分の命がどれほど大事なのか。下手をすればかなり優先度が低いのではないか。

 しかし実際に尋ねるのは野暮というものだろう。神は頷いた。


「じゃ、そろそろ次の階層に行くか。準備はいいな?」

「はい」


 二人は九九階への階段を目指した。しかしここで問題が生じた。

 二人が階段に辿り着くと、天井が崩落していた。完全に階段が塞がれている。

 志村が瓦礫を一つどかしたが、かなり量がありそうだった。


「……一〇〇階までジャンプする際、ダンジョン備え付きの転移装置に不備があり、自前の転移装置を使ったんですが、この崩落が原因みたいですね。これでは精霊のサポートも届かない」

「うむ……」

「そう言えば、さっきの二人、階段がどうのこうのと言っていた気がします。上階への道が塞がれていたので、こんなところをウロウロしていたのですね」

「ダンジョンの階段は堅牢な造りのはずだ。そう簡単には崩れない」

「少なくとも、私の装備ではここまで壊せません。魔物の仕業ですか」

「普通の魔物でも無理だろう。考えられるとしたら、抗体だな」


 志村は静かに頷いた。心なしか嬉しそうだった。最初から彼女はそれに期待して今回の作戦参加を志願したのだろう。


 抗体。ダンジョンに侵入した不純物を駆逐する特殊な魔物たち。


 初めてその存在が確認されたのは何百年も昔だという。ハグルマの形をしていて絶対的な装甲を誇る防御抗体甲型、広大なフィールドに出現し地上を高温の瘴気で焼き尽くす機動抗体乙型、圧倒的なパワーとタフネスでダンジョンごと破壊し尽くす殲滅抗体丙型、高出力のレーザーを放つ必殺抗体丁型、完全なる透明な姿で冒険者の背後から襲いかかる暗殺抗体戊型……、などの種類が確認されている。


 彼らは単なる戦力のバリエーションとして存在しているわけではなく、明確な役割分担が課せられている。たとえばハグルマの抗体甲型は、他の抗体と連携し冒険者を追い詰める。竜の姿をした抗体乙型は毒を含んだ瘴気をばら撒き、冒険者の動きを止める。……といった具合に。


 基本的に奴らの攻撃は無差別であり、多くの冒険者にとって抗体との遭遇は死を意味する。不純物を駆逐する為に出現するのだから、不純物だけ倒してくれればいいのに、そうはならない。恐らく、不純物を今後一切ダンジョンに入れるなという星の警告が含まれているのだろう。あるいは普段から人間の冒険者を疎ましく思っており、これ幸いとばかりに虐殺に興じているのかもしれない。


「抗体の仕業となると、巨人の丙型の可能性があるな。倒すには骨が折れるぞ」


 神の指摘に、志村は肩を竦めた。


「抗体同士の連携がなければ大した脅威ではありません。問題はこの瓦礫をどかすのに相当な時間がかかることです」

「どかす必要はないだろう。緊急時用の階層移動アイテムを使おう」


 神は階層を跳び越える為の護符を取り出した。志村は少し意外そうだった。


「いいんですか? 貴重品ですよ」

「俺たちの時間のほうが貴重だろう」


 神は嘯いた。志村は笑みを浮かべた。護符を引き千切り、二人の躰は上階へと運ばれた。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ