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隣のダンジョン  作者: 軌条
第一部 地上へ
20/111

コア暴発

19、コア暴発



 捨て身の一撃。周囲からハグルマが迫る中、一直線にエイリアンを目指す。


 帯電する鋼鉄の足が今にも綾の躰を貫こうとするが、篠宮の軽機関銃が火を噴き、かろうじてその攻撃を阻んだ。綾は軽く手を上げて礼をし、エイリアンの懐に潜り込もうと足を動かした。


 次の光線が来る。射線からほんの少し逃げ、サトウの防御能力を信じて突っ走る。エイリアンはじりじりとサトウに接近しつつも、綾の存在にはまるで気付いていなかった。


 大丈夫。今度もあいつはこちらに気付いていない。接近し、この銃の一撃で屠る。


 綾には自信があった。なくともやらなければならないが、もし自分が失敗したら全滅が間違いないこの状況において、さほど緊張はしていなかった。


 ずっしりと重い銃を構えてエイリアンの懐に滑り込む。エイリアンはちょうど二射目をサトウに向かって放ったところだった。篠宮の悲鳴が聞こえる。光線には耐えたのだろうが、ハグルマからの攻勢に手間取っているのだろうか。


 一刻の猶予もない。綾は冷静に狙いを定めた。エイリアンを見上げるようにして銃を構え、躊躇することなく引き金を引いた。


 網膜に強烈に焼けつく凄まじい光条がエイリアンの上半身を包み込んだ。前回エイリアンを倒したときは気絶してしまったが、今回は霊力にまだ余裕がある。上半身に埋め込まれていた赤いコアが焼け焦げるのを、この眼で確認することができた。


 エイリアンの下半身が地面にどうと倒れる。綾は脂汗を浮かべながらも周囲を見渡した。


 あっけない。あっけないが、確実に倒した。これで状況は好転するはず――


「うおおおお!」


 篠宮の野太い悲鳴が聞こえる。綾は視線を巡らせた。篠宮がハグルマの足に捉えられ、電流をまともに喰らっているのが見えた。衣服が焼け切れ、躰が不規則に痙攣している。


 サトウは盾を構えながら逃げ回っていた。篠宮を助けようとしているようだが、攻撃手段に乏しい彼女ではどうしようもなかったし、仮に彼女が攻撃に長けていたとしても、ハグルマの防御力は琴歌の銃でも通用しないほど強固である。


「な、なんで……。どうして!」


 エイリアンを倒せばハグルマたちも怯むかもしれない、もしかすると親玉であるエイリアンさえいなくなれば奴らは撤退するかもしれない。そんな甘い考えがあった。その考えに根拠なんてなかった。だからハグルマが変わらず自分たちを襲っているのを見たとき、なんて無謀な賭けに出たのだろうと後悔してしまった。


 既に全ての道は塞がれ、退路はない。奴らには攻撃が通じない。ではどうすればいいのか。サトウは必死に攻撃を避けているがいずれ捕まるだろう。篠宮もあのまま放っておけば死ぬかもしれない。綾には依然じっくり考えていられるだけの猶予がなかった。エイリアンを倒してもなお危機は続いていた。


「綾さん!」


 サトウが叫びながらこちらに駆けてくる。綾は銃を構えて、彼女の援護をしようと思った。だがこの銃で攻撃をしても意味がない。気休めにもならないだろう。

 誰か助けて欲しい。けれど琴歌が助けに来てくれる可能性はゼロに等しい。独力でこの状況を打開できなければ、全滅する――


 サトウの目が訴えている。白手帳なんでしょ。どうにかしてよ。冒険のエキスパートなんでしょ。何か良い方法を考えてよ。私たちを救ってよ――!


「ハグルマを倒す方法――そんなのないんだよ。ごめんなさい、サトウさん、篠宮さん……」


 逃げ出したいのにその道がない。綾は泣き出しそうになった。しかしそこで本当に涙を流すほど、綾は女々しい女ではなかった。

 以前エイリアンを倒したとき、気絶した綾をフォローしたのは琴歌だった。その琴歌の言葉を、この窮地に立たされて思い出した。

 足元に転がっている赤い石ころ。エイリアンの上半身に埋め込まれていたコアが、なおそこにあった。


 ――あれだけの高エネルギーを生み出し続けていた、赤い宝石……。


 綾には考えなどなかった。ただ直感としか言えない、神頼みにも似た感覚が彼女を突き動かした。


 明滅する赤いコアを手に取り、グググと握り締めた。琴歌が踏みつけるとあっさり壊れてしまったという、エイリアンのコア。もしこれがあの必殺の光線を生み出す源だったとしたら。


 もしここからパワーを取り出すことができたら。


「サトウさん、伏せてぇ!」


 綾は左手で銃を、右手で赤いコアを構え、叫んだ。


 どうすればいい。ここからパワーを得るにはどうしたらいい。


 咄嗟には分からなかった。いや、きっと、何時間考えたところで正解など出なかったに違いない。


 だから引き金を引いた。もしコアから力を抽出できなかったら気絶し、そして死に繋がるだろう。考える前にやってしまった。


 黄金色の光の奔流が銃口から発射される――強い脱力感。綾は一瞬、もうこれでおしまいだと思った。


 しかし赤いコアが強く光り出した。そして銃の把が溶解する寸前の鉄のように熱くなる。思わず手を離した。


 綾が見たのは、琴歌の銃がコアから赤い光を受け取り、バラバラに分解されるところだった。銃口だった場所から極太の光条が生み出され、一直線に伸びる。


 綾の言いつけ通り、サトウが地面に伏せて頭を抱えていた。亀の甲羅のように背中に載せた大盾の上方、すれすれをその光条が通過する。


 そして道を塞いでいるハグルマの一体の胴体に直撃した。通常の銃撃を容易く跳ね返したハグルマの躰の中心部に風穴が開く。


 綾はよろめいた。光の衝撃から醒めるのにかなりの時間を要した。他のハグルマは同胞が一体やられたことに動揺したのか、動きを止めた。


 サトウが自らの大盾を跳ね除けながら立ち上がった。


「綾さん、私についてきてください!」


 サトウが猛然と走り出した。電撃を受けてぐったりとしている篠宮を、思わぬ怪力で拾い上げると、ハグルマの遺骸を跳び越えて行く。

 綾も脱力している場合ではなかった。壊れてしまった銃の残骸を一瞥してから、サトウについて行く。


 ハグルマの攻勢は明らかに弱まった。迷宮を駆けながらサトウと綾は息を荒げた。篠宮がやがて意識を取り戻したが、自力では動けない状況だった。


「し、篠宮さんは大丈夫なの……?」


 綾は訊ねた。サトウは静かに首を振った。


「分かりません。息はしてますけど……。治癒のギフトを私も篠宮さんも使い果たしています。琴歌さんと早く合流しないと」

「分けて貰ってないの?」

「……綾さんは?」

「あ、いや、ごめん……」

「私の保存箱はあまり容量が大きくないんです。霊力回復薬がないといざというとき盾として機能できないので」

「なるほど……」


 綾は答えながら、もしかするとサトウにも怪しまれたかもしれないと思った。今はそんなことを気にしている場合ではない。分かってはいるが、信頼を失ってしまったかもしれないのは気掛かりだった。


「あの、綾さん……」

「え? な、何?」

「……ごめんなさい。足手纏いになってしまって……」

「え?」


 全く意想外の言葉に綾は困惑した。


「足手纏いって? 全然そんなことないよ。サトウさん、めちゃくちゃ頑張ってたじゃん」

「ごめんなさい……。綾さんがハグルマの魔物を倒してくれなければ、私たち全滅していましたよね。盾役として頑張るって決めたのに、篠宮さんを守ることもできず、ハグルマから逃げ惑ってばかりで。何もできなかった……」

「何言ってるの。エイリアンの攻撃を引きつけてくれてたでしょ」

「でも、エイリアンって綾さんのことを完全に無視していましたよね。別に私がいなくても、勝てていたんじゃないですか?」


 さっきまで自信満々で囮を引き受けていたのに、この落差は何なんだ。綾は少しサトウのことが分からなくなっていた。


「いやいや、サトウさん。エイリアンをサトウさんが引きつけてくれてたから、あそこまで接近できたの。もしサトウさんがいなかったら、エイリアンはあの場所に現れなかったでしょ」

「そうでしょうか……?」

「だから足手纏いなんかじゃないって。自信を持って」


 綾は申し訳なかった。本当の無能は自分なのに。白手帳を持っている、エイリアンから狙われない、たったそれだけなのに彼女を卑屈にさせてしまっている。


 サトウは微笑んだ。


「綾さんがいてくれて良かった……。ダンジョンから戻れないこんなときに、綾さんみたいな凄い冒険者に出会えて本当に運が良かったです。さっきはハグルマの魔物をどうやって倒したんですか? 凄い威力だった……。あんなの見たことないです」

「ああ、あれはね……」


 説明しようとしたとき、視界の隅に何かが入り込んだ。見慣れた肌色。水着姿の琴歌だった。軽やかに走っている。


「おっ。瀬山さん、盾の女の子、無事だったんだね。篠宮さんは……。瀕死だね」

「琴歌さん! ギフトを!」

「分かってるよ。瀬山さん、飲ませてあげて」


 綾は回復薬を受け取り、篠宮に飲ませた。唇に液体が触れたその瞬間に彼は目を見開き、自分で飲み始めた。


「くっ、すまん、あのハグルマ……。脱出できたのか?」

「はい。立てますか?」

「ああ、大丈夫だ。しかしすまん。予想通りとはいえ、あまり力になれなかったな……」


 綾は首を横に振った。


「そんな。もし私一人だったら早々に諦めていたかもしれません。篠宮さんやサトウさんがいてくれたから、最後まであがけたんです」


 琴歌が腕組みをしながら周囲を見回している。


「ハグルマの動きが緩慢になっている。エイリアンを倒したからだと思ってたけれど、もしかして瀬山さん、ハグルマを倒したの?」

「ええ」

「どうやったの。凄いじゃない」

「コアですよ」

「コア?」

「エイリアンのコアです。そこからパワーを上手く銃に流し込むことができて――」


 そこで綾は思い出した。


「あっ! すみません、銃を壊してしまいました。巨大過ぎるエネルギーに耐えられなかったみたいで」

「別にいいよ。武器なら他にもたくさんあるし……。でもコアを使ったのか。ちゃんとそれ、後始末した?」

「えっ?」

「壊しましたか、ってこと」


 憶えていない。いやきっと壊していない。あのときはサトウに急かされて焦っていた。使った後のコアを壊すなんて余裕はとてもじゃないがなかった。


「あ。すみません、今すぐ戻って――」

「いやいや、それは危険よ。ハグルマを倒す方法は分かったけど、コアを回収できても使い物にならないかもしれないし、そこに辿り着く前に囲まれるかも。ここはさっさと七四階――上階に逃げましょう」

「でも、エイリアンが復活したら――」

「そのときはもう一度瀬山さんが倒す。でしょ? 今回の件で学んだことは、エイリアンを相手にするときは戦力を分散させないほうがいいってことかな。もしコアから自在に力を取り出すことができるのなら、これ以上ない武器になる。その力というのはたぶん霊力だから、私なら瀬山さん以上に上手く扱える可能性はあるね。機会があったら狙ってみましょう。それは今じゃないけどね」


 琴歌はコアに興味を持っているようだった。綾は琴歌なら悪いようにはしないと思ったが、少々危険だなとは思った。エイリアンのコアはやはり利用なんかせずにさっさと壊すべきだ。あんな危険な敵は確実に倒すべき。


 とはいえあの機転がなければ三人は全滅していた。難しいところだ。結局、生き残る為のセオリーなんか存在しない。その場その場での判断を迫られる。そしてその結果には幸不幸が絡む。綾は辟易していた。肉体的にもきついが、精神的に摩耗しているのが自分でも分かった。


 琴歌の主導で、それからは魔物とも出会わずに七四階への上り階段に辿り着いた。


「やっと落ち着けるかもね……。ところで、サトウさんっていったっけ」


 琴歌がサトウに視線を送る。サトウは背筋を伸ばして気を付けの姿勢になった。


「あ、はい!」

「下の名前はなんていうの?」

「ミクです……」

「ふうん。ちょっと手帳を見せてくれる? どんな漢字使うの」

「えっ。それ、重要ですか?」

「うん、というか、手帳を持っているかどうか知りたいってのもあるかな」

「どういう意味です、それ」

「ちょっと温めてる仮説があってね……」


 サトウは自分の緑手帳を差し出した。綾も一緒になってそれを見た。サトウミクは、漢字で書くと佐東未空というらしい。


「あれ、思ってたサトウと違う。佐東って書くんだ」


 綾は感心した。佐東は苦笑した。


「おかしいですか? まあ、普通は違うほうのサトウを思い浮かべますよね」


 琴歌は腕組みをした。


「うん。ありがとう。じゃ、これからよろしく、佐東さん。それとも未空ちゃんって呼ぼうかな?」

「あっ、ええと、それでもいいですけど、ええと……」


 そこで佐東は言い難そうにした。


「同じチームにミクって呼ばれてる人がいて……。その人がいたから、私は普段、佐東って呼ばれてました。その人はもう死んじゃったけど……」

「……そう」


 琴歌は俯く佐東の肩に手を置いた。


「その人の分までしっかり生き抜かないとね。大丈夫、私はあなたたちを死なせはしない。救援隊として、職務を全うする」

「琴歌さん……」

「よし、行こうか」


 琴歌は笑顔で階段を上り始めた。綾はそんな彼女を本当に尊敬していた。だから琴歌の力になりたい、助けになりたい。心の底からそう願っていた。きっと篠宮や佐東も、綾よりも琴歌のほうに信頼を置いているだろう。


 それでいい。それがいいのだ。綾は琴歌と一緒なら地上まで生き延びることができる、そう信じていた。


 



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