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隣のダンジョン  作者: 軌条
第一部 地上へ
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再討伐へ

15、再討伐へ



 琴歌が男性の手帳を見ていた。個人情報を勝手に盗み見ていいんだろうかと綾は思ったが琴歌が深刻そうな顔をしていたのでいちいち指摘できなかった。そうこうしている内に綾自身もつい中身を見てしまった。


「この人の名前は篠宮彰人。緑手帳ね。こんな深層にいるのが不自然だけど、まあ誰か上級者を連れて深く潜りたがる酔狂な人もいる。冒険するには、タイミングが最悪だったみたいだけどね……」


 こんな深層に一人、緑手帳が彷徨っている。綾もそれがどれだけ危険なことか分かりかけていた。


「一緒に連れて行くんですよね? さっきの、寝ながらでも歩けるようになる指輪を着けるんですか?」

「怪我人には使えない。基本的に、霊力を失って意識を失った人に使うものだからね、アレ。ギフトで処置はしたから、たぶん一時間もしない内に目を覚ますはず」

「分かりました。ここで待機ですね」

「そういうこと。わたしも歩き疲れたし、ちょっと休憩ね」


 琴歌と綾は、地面に寝かせている篠宮という名前らしい男性の傍に腰掛けた。新たに人と出会えたのは嬉しかったが、怪我人となると琴歌の負担が大きくなるのではないか。それが心配だったが、


「なあに、何人でも構わない。この琴歌さんが全員まとめて地上に送り届けてあげる」


 おどけて言う彼女が頼もしかった。綾はこの機会に琴歌と色々と話をしたかったが、自分が別の世界からやってきたということを話すべきか未だに悩んでいて、あまり踏み込んだことを聞けなかった。下手に質問するとボロが出そうな気がする。今更無知を恥ずかしく思うような繊細さは残っていないが、頭のおかしい人間と思われるのはさすがにごめんだった。いざというとき信用されない可能性もあるし……。


 当たり障りのない話をしながら時間を潰した。やがて篠宮が目を覚ました。ぎょっとしたように琴歌と綾を見る。


「く……、お前ら……?」

「相沢琴歌さんです。救援隊だったりするんだけど、助けは必要かしら?」

「助けに来てくれたのか……。今すぐ帰還できるのか?」

「ごめん、無理。一通り試してみたんだけど、帰還アイテムの類は全部無効、帰還設備も全滅。一階ずつ地道に地上に上がっていくしかないみたい」

「一〇〇階の帰還設備も駄目なのか……? 確かあそこは動力が複数あって、緊急時にもきちんと機能するように調整されていたはずだ」


 琴歌が黙った。綾がすかさず言う。


「駄目でした。一〇〇階の帰還設備は機能しません」

「だ、そうです。ま、心配しないで。琴歌さんと一緒になったからには死なせはしないわ」

「相沢琴歌……。どこかで聞いた名だが」


 おや。琴歌と綾は顔を見合わせた。篠宮はかぶりを振った。身を起こし、意識が完全に回復すると、はきはきと喋り始めた。


「思い出した。ネット上で妙な番組を持っている露出狂の女だな。ダンジョン攻略のタメになるとかいう触れ込みで話題になったことがあったが、いざ見れば何ということはない、若い女が胸を寄せて原稿を丸読みするだけの芸のない番組だった。お前が相沢琴歌か。動画で見たときより薄汚いな」


 琴歌の顔が引き攣った。綾も、てっきり琴歌の有名人っぷりを目の当たりにすることになると思っていたので、どきりとした。


「薄汚くて悪かったわね。こちとら百単位の魔物と殺し合いの真っ最中なのよ」

「口だけの無能かと思っていたが、実力は確かなようだな。お前、本当に徒歩で地上まで行けると思っているのか」

「行ける。想定では二十人までわたし一人でカバーしながら地上を目指せる。それだけの物資を持参して乗り込んできたわ。篠宮彰人っていう名前よね、あなた? わたしについてくる? それとも一人で彷徨い歩く?」

「一人で行く利点はないな。だが、一つお前らに忠告しておく」

「忠告?」


 篠宮は咳払いしながら立ち上がった。


「七五層にとんでもない魔物がいる。見たこともない魔物だ。一撃で冒険者を葬り去り、こちらの攻撃もほとんど効かない。あんな魔物、噂でも聞いたことがない」


 琴歌は肩を竦めた。


「もしかして、エイリアンのこと? あいつ一体だけじゃないんだね……」

「知っているのか、その魔物のことを」

「銀色に光ってる、亜人型の魔物でしょ? 昨日、倒したんだけど、いやあ、骨が折れたわ」

「た、倒したのか、あの化け物を。俺たちは一二人のチームを組んで戦ったんだ。しかし半数が即死。残りの半分は動けずにいる。俺は命からがら七五層を脱したが、恐らく他の連中はまだあの階層に留まっているはずだ」


 篠宮の態度は一変し、琴歌にすがりついてきた。と言っても、水着姿の彼女には縋りつくだけの取っ掛かりに乏しく、まるで男が痴漢行為を働こうと近づこうとしているように見えた。それに篠宮自身も気付いたらしく、手持無沙汰に立ち止まった。


「どうやって倒したんだ、あいつを。どうやってあの悪魔のような攻撃を切り抜けた」

「十分に距離を取れば躱すことは可能。実際に仕留めたのは、ででん、なんとここにいる瀬山さんがやりましたー」


 と、琴歌が綾を示す。篠宮はこれまで綾にほとんど視線をくれなかったが、ここで初めてまじまじと見たようだ。


「このガキが?」

「なんと、瀬山綾さんは白手帳なんです。あんな化け物、相手じゃないわ」


 綾は動転した。どうしてそんな誤解を生むようなことを言うのだ。しかし琴歌は笑っていた。

 篠宮が心底感心したように綾を見た。


「白手帳……。こんなガキがか。時代は変わったもんだな。しかし頼もしい。こいつも救援隊としてダンジョンに来たのか」

「こいつじゃなくて瀬山綾さん。この子は一〇〇層を探索中に、今回の異変に巻き込まれたのよ。まあ、今はわたしの助手として活躍中」

「助手って……。相沢琴歌、お前、白手帳じゃないだろう。偉そうに」

「うっさいわね」

「ち、ちょっと、琴歌さん。こっちに」


 綾は琴歌の腕を掴んでその場から離れた。篠宮に聞こえないように、小声で、


「どういうつもりなんです。私初心者ですよ。初心者マークがあったら顔面に貼りつけて精一杯初心者アピールしちゃうくらい清々しいほどの素人ですよ」

「あははは。変な言い回し。でも、これは瀬山さんの為でもあるの」

「私の為?」

「きっとあの人、瀬山さんが青手帳相当の初心者さんだって知ったら、侮るわ。そしてきっとこう言う。こんな苛酷な状況なんだ、そんな足手纏いなんか置いて、もっとマシな仲間を集めろって」

「そんなことにはならないと……」


 しかしそう言いかけて、深層九九階にてコウキとユリに裏切られたことを思い出した。あのときの恐怖はまだ完全に拭えていない。


「でも、嘘をつくのは」

「嘘? どこが嘘よ。あなたが白手帳を持っているのは事実で、あのエイリアンを倒したのもあなた。全て事実でしょ」

「それにしても、どうぞ誤解してくださいって言い回しだったでしょ、さっき」

「そうかな?」

「そうですよ。あんまり頼られても困ります。私何にもできないんですから」

「まあ、確かに。でもその辺は私がフォローするし。……本当のことを言うとね、瀬山さん。これは布石に過ぎないのよ」

「布石?」

「これからわたしたちもどんどん大所帯になるかもしれない。五人とか六人くらいのチームなら、足手纏いを排除しろなんて考えには至らないかもしれない。けど、二十人なら? 三十人なら? 弱者を切り捨てて、限られた物資を分け合う、そのような思考に至っても不思議ではない」

「そんな……」

「だからこそ今の内にできるだけ強い肩書きを持っておく。そして瀬山さん、あなたが誰も切り捨てたくないのなら、そう言えばいい。白手帳の発言に反駁する人はそうはいないわ。なにせ白手帳を持っているということは、探索のエキスパートを意味するからね。誰も彼も従うしかない」

「やっぱり騙してるんじゃないですか……」

「騙すというより、工夫よ。主導権はわたしが握る。けど一介の赤手帳に過ぎないわたしより、いざというときは白手帳を持っている瀬山さんの言葉に誰もが耳を傾けるでしょう」

「私に琴歌さんの代弁者になれと?」

「代弁者。そう、恰好良い言い回しね。そういうこと。良い作戦だと思うんだけど、どう?」


 綾は曖昧に頷いた。


「まあ、琴歌さんにはお世話になったし、信頼しているので、でも……」

「そう。じゃ、決まりね」


 琴歌は嬉しそうに綾の肩を叩いた。篠宮が怪訝そうにしていた。


「おい、いつまで内緒話をしているんだ。怪しいぞお前ら」

「いやん、駄目よ、男子が女子の会話に口を挟んだら! もうっ!」


 と、甲高い声を発しながら琴歌が笑っていた。誤魔化すにしてもどうしてそんな陽気なんだろう、と綾は少し呆れてしまった。


「そういうわけで、七五層に行きましょうか」


 琴歌が言うと、篠宮は臆したようだった。


「命からがらここまで逃げてきたっていうのに、また戻るのか……」

「どうせ七五層を通らなくちゃ地上までは行けない。覚悟しなさいな、篠宮さん」


 琴歌は不敵に笑んだ。


「戦闘はわたしと瀬山さんでやるわ。必勝法があるの、離れた場所で見学していればいい。あるいは七六層で全てが終わるまで待っていてもいい」

「冗談じゃない、女二人にそこまでされるわけにはいかない。俺も協力するよ。俺は後衛タイプだが、銀色の亜人型と交戦した際に武器を全て失った。あの光線に全て呑まれたんだ。おまけに銃器が一部が暴発して怪我をする始末。何か武器を貸してくれ」

「ええと、緑手帳にはこんなものしかないけど」


 そう言って琴歌はサブマシンガンのような物騒な銃を取り出した。いったいどこにそんなものを携帯していたのか、綾は驚いた。透明化させていたのか。


「こいつは、またえぐいものを……。霊力消費が尋常じゃないぞ。扱いを間違えると廃人になる」

「間違えなきゃいいわけでしょ? それに、安心しなさい。あなたがそれを使うことはないと思う」

「言いやがって……。あの銀色の亜人型は任せるが、他の魔物との戦いでは、覚悟しておけよ、俺が実績値を総取りだ」

「エイリアン」

「あ?」

「あの銀入りの亜人型。エイリアンって名前なのよ」

「そうなのか?」

「そう。この琴歌さんが名付けた。良いネーミングセンスでしょ?」

「……まあ、いいが。エイリアンだな」


 綾はひとまず胸を撫で下ろした。これで仲間が増えたわけだ。エイリアンにさえ気を付けていれば、普通の魔物に後れを取ることはもうないだろう。琴歌の実力は凄まじいし、篠宮も緑手帳とはいえこんな深層で冒険をしている猛者である。綾のように足手纏いになることはないだろう。


「よう、白手帳を見せてくれないか」


 篠宮が綾に遠慮しがちな距離感を保ったまま言った。


「え? ああ、別にいいですけど」

「いや、渡さなくていい。精霊石の光を確認するだけだ。疑ってるわけじゃないが、一応な。それに、実物を見たことがないんだ、興味がある」

「そうなんですか。まあ、大したもんじゃないですけど」


 綾は手帳を取り出し、最後のページを見せた。白く輝く精霊石の輝きに篠宮が神妙になる。


「マジだ。俺はラッキーだな。さっきまで絶望してたっていうのに、こんなしょぼくれたダンジョンで白手帳の冒険者と出会うなんて」

「あの……」

「これで助かったも同然だ。少しは気が楽になったな」


 コウキやユリのときと反応が一緒だ。安堵し、綾に全てを任せようという気になっている。

 やはり騙すのは悪手のような気がしてならない。今ならまだ取り返しがつくのではないか。だが琴歌が思わせぶりに視線を送ってきた。


 わたしを信じて。


 そう訴えかける琴歌の目を、綾は不承不承ながら信じるしかなかった。






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