因果応報
突如投げかけられた悲鳴にナオトは足を止め、横を向く。
店の最奥に人だかりができており、その隙間からサクラが助けを求めるように手を伸ばしていた。
「おらぁ! 誰が勝手に喋っていいっつった! 犯されてぇのかおめえは!」
髪の毛を掴まれたのだろう、顔から先に奥へ引っ張られていくようにサクラの顔が見えなくなる。
(悪い予感しかしないが、さて……」
思案は短い。どうせ無一文、いや所持金50円の初期装備の初心者、この身軽さを利用して情報収集を優先することにした。
ナオトは騒動を視界の端に収めつつ、店主の真ん前のカウンター席に座る。
「おじさん、あの騒動は?」
「……あんた、プレイヤーだろう? 俺くらいに人を見てると雰囲気でわかんだ。あれはあんたの同類様が起こしてるはた迷惑な恐喝だよ」
店員のおじさんはもう慣れたといった様子でため息交じりに答える。
「同類? プレイヤー? おじさんプレイヤーじゃないのにこの世界がゲームだって知ってるのか?」
「はぁ……やっぱりな、また訳の分からないことを…プレイヤーってのは訳のわからんことを言う奴の総称だ、今のあんたみたいにな。意味は知らないが、ここ数年で自分はプレイヤーこの世界はゲームなんだとかいうよくわからん旅の者が沸いてきたんだよ。どういうわけか優秀なやつが多くてな、世界で活躍してるのはプレイヤーが多い。だがその反面問題を起こすのもプレイヤーが多いときた。俺たち一般市民は迷惑を目にする方が多いがな、けっ」
くいっと親指で騒乱の輪を指さす店主。
(NPCで間違いないのか?だがこんなイレギュラーな状況の会話を違和感なく返すNPCなんて聞いたことがない……自分の意思があるのかもしれないが)
もしや本当にここは一つの自由世界として成り立っているのでは…人類という生物が繁栄している地球と同じく、そんな考えが脳裏に浮かぶ。
「今、この世界は何年なんだ?」
「ラピス期151年だが…なんだあんた、今年が何年かもわかんないって一体どこからきたんだ」
「なっ……」
「おい。てめーさっき女が助けを求めた奴だな? こっちきてもらおうか」
ナオトの言葉は肩を掴まれ、強引に後ろを向かされ不発に終わった。さっきのサクラ達に絡んでいたプレイヤーの一員だろう。
口から漂う酒臭さに顔をしかめつつも逆らうことはしない、反抗の意思なしとアピールするためにも両手は上げておく。
素直に自ら歩くナオトに怪訝な顔をしつつ男は自ら歩くのであれば必要ないと親指でくいっと騒動を指さす。
黙って騒動の輪に入ったナオトは自分の判断を褒めた。
そこにはケンがいた。もちろん他の3人もいたがそれはどうでもよかった。
ケンが正常な状態で生きている。
それだけでこのトラブルに頭を突っ込んだ…ではなく、巻き込まれた価値はあるとナオトは思った。
ケンは山でドラゴンのブレスで焼け死んだはず。それがここに口にテープを貼られているが生きている。
つまり。
この世界では死んでも生き返れる。
この情報だけでもおつりがやってくる。
デスペナルティはどうやらお金だけのようだ。ケンが死んだ直後にそれは確認している。
「ナオト君! 助けっ……きゃっ!」
「黙ってろぉ! 女ぁ!」
ケンはテープで拘束され、ミウは大男の隣に座っているが押さえつけられ、先ほどのサクラは殴られたのか頬が赤くなっており泣いている、そしてカズヤは…痣だらけの血だらけで床に倒れていた。
見知った4人の惨状を見てもナオトの顔は変化しない。頭に浮かんだのは街の中でもPKができるのかというものだった。
「おぉ……ようこそ救世主のナオト君。初心者のナオト君はこれまた初心者の4人を助けにきたんだろう?」
緑色の埃っぽいソファに座っている大男はわざとらしく両手を上げてにまぁっと笑って見せた。
「冗談はよしてくれ。そこの4人組とは面識はあるが敵だ。俺に助けを求められる神経には目を見張るものがあるけどとても褒められた奴らじゃないからな」
「あぁん……?」
怪訝そうな顔をする大男にナオトはアイテムバッグの中身を表示して見せた。
「ん? お前文無しの物無じゃねえか……あ? ぎゃはははははははははははははは!! まいった!俺らよりおめえらのほうが悪人だ! 最初の仲間から盗んだな!? 山からのチュートリアルは5人一組、4人組のおめえらがステ初期化アイテムを5つ持ってるのはおかしいと思ったが……ククククはははははは!」
大男のまわりにいる男たちもこりゃ傑作だと腹を抱えて下品に笑っている。
「そういうことだ。俺に絡んでも何も出てこない」
ナオトは両手をあげてわざとらしく首を振る。
「そうか、それは災難だったな。こんなクズ4人組と組まされて…くっくっく。ほんとにこの4人を助けなくていいんだな?」
「助けるも何も俺が殺してとられたものを取り返したいくらいだ」
「はっはっは! そうか! 殺したいか! おいやろーどもそこのケン君とカズヤ君を殺せ」
「あいあいさー」
「やめてぇええええええええ!」
ミウとサクラの必死の抗議むなしく、目のまえで二人は頭を砕かれた。
大男の手下のひと踏みでリンゴのように頭が潰れたのだ。
「うっうっうっうぅ……」
「俺はもういいか?」
得られるものはもうなさそうだと感じたナオトはこの場を後にしたかった。
「まぁそう言うな。俺らだってお前らには感謝してるんだぜ? 初心者を狩れることなんて滅多にねぇ、これだけで俺の昇格もあるかもしれねえへっへっへ。感謝の気持ちを込めてお前にプレゼントしてやる、ほれ」
ランダムテレポートを手に入れました。
「これは?」
「この世界のどこかにテレポートできるゴミのようなテレポートアイテムだ。ぎゃっはっはっはっは! 運が良ければ安全なとこに飛べるかもな、使え」
「……わかった」
即座に要求を呑む、男の機嫌が変わらぬうちに。この場で殺されるよりかは幾分もましだ。
ナオトはテレポートを使用した。
シュンっという音とともにナオトの姿は酒場から消えた。