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泣いた青鬼

作者: 芦川玲

泣いた赤鬼、その後。

 節分の日。山奥の自宅のなかで、ある赤鬼は筆を取った。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ――青鬼へ

 

 拝啓


 お元気ですか。最近はますます冷え込んできましたが、風邪などひいてはいませんか。こちらでは年が明けてから、雪がたくさん降って、今では僕の足首が埋もれるくらいまで積もっています。君の方ではどうかな? 君が今どこにいるかはわからないけど、体調を崩していない事を祈ります。まあ、君は鬼の中でも特に体が丈夫だから、そんな心配は無用かもしれないね。

 子供たちは昨日まで、霜焼けになってはいけないからと、外を出歩くことを禁止されていたみたいです。人間は脆いから、この雪でも簡単に死んでしまうみたい。大変ですね。



 急に手紙を書いたのは、僕ひとりじゃ、抱えきれないと思ったからなんだ。都合がいい時だけ便りをよこす僕に、幻滅してくれて構わない。自分でも最低だと思う。君にあれだけのことをさせた僕が、今更何を言うのかと思うだろうけど、どうか聞いてください。不愉快だと思ったら、途中で破り捨てて、返事もくれなくていいから。


 この手紙を書いている今はもうありませんが、今日僕は、子ども達に豆を投げつけられました。『節分』というのだそうです。外の村から入ってきた文化で、『鬼を追い払って福の神様を家に呼び込む』というお祭りのようです。

 君も知っている通り、僕は豆が嫌いなわけではありません。ただ、あのお祭りでは豆を鉄砲玉に見立てているのかもしれないと、そう思うのです。だとしたら、僕は本当に疎外されていることになってしまう。


 明日が来るのが怖いのです。明日、子供たちはいつものように親しげに、僕に話しかけてくれるかもしれない。昨日はごめんねといってくれるかもしれない。あるいは、雪解けが始まってから、僕の家を訪ねて、「春だね」と言ってくれるのかもしれない。でも、僕はそれが怖いんだ。

 祭り一つで僕に豆を投げつけ、それが終われば何事もなかったかのような顔をして僕の家の戸を叩く、もし子供たちがそんなことをしたら、僕はそれが耐え難く怖いのです。来年もこの日一日を怯えて過ごさなければいけないとか、そんなことは問題じゃないんだ。豆は美味しいからね。でも、僕は確かに傷ついたんです。事情も知らないまま、無邪気な顔をした子供たちが、何の疑問も抱かずに僕に豆を投げる――その光景を思い起こすだけで、どうしていいかわからなくなります。


 そんな些細なことでと、君は言うかもしれない。ずっと前はもっとひどかったじゃないかと、思うのかもしれない。でも、あの子たちと一緒に過ごすのは、君といられた時間と同じくらいに楽しかったんだ。友達になれたと思ったんだ。それが一瞬で裏切られたようなあの心地を、また何度も味わわなければならないかと思うと、泣きそうになるんだよ。


 やっぱり鬼と人間は、友達にはなれなかったのかもしれない。子供たちが僕らに怯えたように、僕は彼らの豹変した様に怯えている。君が僕のためにしてくれたことを思うと、こんなことを言う自分が心底嫌になるけど、でも決めたことだから、ここに書いておこうと思います。


 僕は山を出ようと思う。


 行くあてがあるわけじゃない。でも、次は人のいない秘境に住もうと思うんだ。人の子と友達になりたいと願うことも、飛んでくる豆に怯えることもない場所は、きっとまだどこかに、少しくらい残っているはずさ。

 この決定を君に謝るつもりはありません。後悔もできればしたくない。親友の君に、僕が真剣に考えて決めたことを、詫びることだけはしたくないんだ。分かって欲しい。


 朝日が昇る前にここを発ちます。

 もう君に手紙を出すことはないと思う。紙も墨も、ここにおいていくからね。それに、次に越す場所には鳥もいないと思うので、届けようもないだろう。

 本当に今までありがとう。君は僕の、無二の親友だ。君の友達でいられてよかったと思うよ。


 どうか幸せになってください。

 鳥に託したこの手紙が、どうか君に届くことを願って。



                                敬具

                               赤鬼より



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 同時刻。別の山奥の滝の奥。洞窟の中で同じように筆を取った、ある青鬼。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ――赤鬼へ


 堅苦しい挨拶は無しにしよう。本当は手紙を出すこともためらったんだけど、これが最初で最後の、俺からお前への手紙だ。もちろん返事なんていらない。ただ伝えたかったんだ。俺は元気にやっていると。もちろん少しだけ自慢したかったというのもある。不快に思ったらすまない。聞いてくれ。


 ……所帯を持つことになりました。



                              青鬼より



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 翌日、各々の住居に手紙は届けられた。しかし赤鬼がそれを読むことはない。青鬼は、妻とともにその手紙を読んだ。


 それからさらに二日が経った頃、ある宿を訪れた老人がいた。彼は建物がほとんど倒壊した村の、一番奥の建物に隠れていた所を、旅の商人に発見されて、ともにここに来たのだと言った。


 老人は語る。

「思い出すだけで身震いする記憶がある。それは二日前のことだ。地響きのような足音を立てながら、二匹の鬼がやってきた。奴らは外で遊んでいる子供を見ると、そちらにずかずかと歩いていき、疾風迅雷のごとき速さで、その子たちを殺した。それからはよく覚えていない。ただ、建物の中に隠れたものは建物ごと、降伏した者も皆等しく殺された。逃げようとした者もあっという間に引き裂かれ、幸い蔵の中で荷物を整理していた儂だけが、二匹に気づかれずに生き延びることができた。ただ一つ目に焼きついているのは、蔵の小窓から見えた鬼の、目の覚めるような体表の青さと、奴が暴れている時にずっと流していた、大粒の涙だけだ」

君の選択を責める気はない。だから、俺の選択も責めないで欲しい。大切な親友を傷つけた奴等に仕返しをしたこと、俺はちっとも後悔していないんだから。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 青鬼のやるせなさ [一言] ぱっと読んだだけでは、赤鬼に対して「何勝手なことを言ってんだ」と思ったのですが、相手が親友の青鬼だからこその吐露なのかなと思いなおしました。切なかったです。
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