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P9

 入学式後の実力テストの結果で振り分けられた教室に入ると、いっちは俺の斜め前の席だった。もう、偶然なんてレベルじゃない。

 約一年前、中三に進級したばかりだった俺にとって、蓬泉の特進は、入学自体難関なレベルだったから、ギリギリ滑り込めたって感があったが、配属された一組は特進でも最優秀クラス、さらに俺の順位は学年全体で一桁台という快挙だった。なんとなく、得意な問題が多く、アタリだなとは思ったけれど、まさかって感じだ。

 いっちは、学年2位だといい、副委員長に指名された。イケメン、金持ち、その上成績もいいって、とんだスペックのヤツが存在しているもんだ。世の中は不公平だ。

 いっちの隣の席の、学年1位で委員長に指名された華奢でおとなしそうな佐倉修輔ってヤツとも話すようになって、なんとなく三人でつるむ形で高校生活をスタートさせた。


 俺の勝手なイメージだが、県内私立高校では一番の進学率を誇る蓬泉の特進といえば、勉強三昧でテスト以外のイベントもなく、周りはライバルばかり、友人とバカをやるなんて皆無、って思っていたんだが、わりと普通の高校生活だった。

 ガキみたいにぎゃあぎゃあ騒ぐ奴はさすがにいなかったが、静かに仲の良い者同士でそれなりの交流をするようになっていったし、程よい緊張感、っていうのかな、集合時間の少し前に動く、とか、和を乱さないように気を配るとか、規律正しくて物事がスムーズに進むのが心地よかった。学年1位、2位なんて成績の修といっちも、天然なところがあったりして、気のいい、おもしろいヤツらだった。

 GWが過ぎる頃には、撹拌された泥水が、やがて濁りも取れ、土が底に沈んでいくように、学校生活は落ち着いていった。


 そんなある日のロングホームルームの時間、担任の椎野先生からもたらされた話に、思わず身を乗り出した。

 七月にクラスマッチが行われる。クラスの応援旗と、各クラスオリジナルデザインの揃いのTシャツを作るというから、わりと大掛かりなイベントなのだろう。リレー、大縄跳びの他、球技が数種目。男子はサッカーとバレーボールのどちらかに参加するようにという事で、作業の手順や担当者、選手を決めるのだという。

 俺は当然、バレーボールに挙手した。

 クラスマッチとはいえ、またバレーができる。ボールに触れる。コートに、ネットの前に立てる。練習時間はどれくらいとれるのだろうか。少なくとも、体育の授業はバレーとサッカーが中心になるだろう。バレー部の副顧問をしている椎野先生は、


「特進クラスとはいえ、もちろん優勝を狙っていく。

 特にバレー! お前ら気合い入れて行けよ!」


 と、激を飛ばした。言われるまでもない。我ながら単純だと思うけれど、天から光が降って来たかと思うくらい、明日からの毎日が輝いて見えた。


 なんて思っていたのも束の間。バレーの選手になったのは、いっちと修、あと、中学でバレー部だったという須貝君、他は、授業で何回かボールに触った事がありますってレベルの、しかも、運動が苦手で、こういった体育系のイベントでは進んでみそっかすになろうとするようなヤツラだった。

 経験者の須貝君は別として、元から運動神経が良くて器用なんだろう、いっちはまあまあ形になっているが、他は全員、パスすらまともに続かない。中坊の頃、小学校から上がって来たばかりの一年に教えていた時の方がずっとずっとマシだった。仮にも自分からバレー部に入ろうと志願したヤツラだし、そこそこ動けて飲み込みもよかったし、ちょっとくらい厳しく言っても、歯を食いしばって立ち向かってくる程度の根性があった。

 けれど、ハナっから「なんとなくサッカーよりバレーの方が楽そう」とか「屋外は、ちょっと。屋内の競技なら、まだいいかな」「学校の球技大会でしょ? テキトーに練習してテキトーに参加すればいいんだよね」なんて状態で集まってきたヤツラに、ビシビシなんてできるわけがない。かといって、一人で壁打ちをしたり、須貝君とだけパスをしているわけにもいかない。

 ボールを思っている方向へ返すのにはコツがある。うまく言葉にできない、回数をこなしていくうちに掴めるコツが。手の出し方や構え方は教える事ができても、このコツは自分で掴むしかない。自転車に乗れる瞬間と同じだ。

 できない事を繰り返すのは、たいてい心が折れそうになる。それを乗り越えるのは、やっぱり、できるようになりたいって気持ちの強さ。それがほぼ完全に欠落しているヤツラに、上達しろ、っていうのは無理な話。

 このままの状態で本番を迎え、グダグダの試合で負けてへらへら笑って終わりになるのを予想して、気持ちが沈んだ。

 ストレス、フラストレーション。もうちょっと厳しく言ってもいいんだろうか。けれど、クラスマッチの本質は親睦。険悪になっては本末転倒だし、せっかくやるのなら楽しんでもらいたい。バレーを嫌いにならないで欲しい。

 いや、でも、パスが続いたときは、みんなうれしそうにしているじゃないか。上達する事が、勝つ事が、いいモチベーションを作るし、チームメイトの結束も。

 なんとか、みんなにやる気を出してもらえないかな。頭に中にはいつもその事があって、その日の昼休みも鬱々とした気分で紙パックのジュースのストローを噛んだ。


「あの、お願いがあるんだけれど」


 おずおずと掛けられた修の言葉に、ん、と視線を向けた。

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