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母親に反対されながらも必死に食い下がって続けたバレーは、チームの実力上、市総体を勝ち進み、地区大会、うまくいけば県大会まで行けるかなって思っていたけれど、あと一試合勝てれば地区大会進出という試合で、強豪の真柴中とあたって敗退、予想より早く、部活を引退する事になった。
最後まで全力を出して、その結果だから、諦めるしかない。
いきなり「受験勉強するんで退部します」なんて事になって、チームメイトに迷惑をかけずに済んだし、部長としての面目も保てた。けれど、もう少し続けたかった。最後の試合の敗因は、自分のスパイクが拾われまくって決まらなかった事。
真柴の超中学級の名レシーバーと対戦できたのは、逆によかったのかもしれない。アイツはきっと、高校でもバレーを続けて、大学、実業団って進んで行って、名選手になるんだろう。それで、テレビで活躍するあいつを見て、中学の時に対戦した事があるって自慢を……なんて、じじいみたいなことを考えて自分を慰めても虚しいだけだけれど。
もう少しだけ続けたかった、あの時のスパイクが決まっていれば、なんで、こんなに早く、という思いは、ひっきりなしに襲ってきた。
バレーボールに未練を残しているからといって、高校で続ける事もできない。蓬泉は部活動に力を入れていて、ほとんどの、特に運動部の練習は厳しいだろうし、特進コースは、そんな運動部と両立できるほど甘くはない。勉強に明け暮れ、競うばかりのクラスメイトの中で送る高校生活に、何の希望も、明るい展望も持っていなかった。けれど。
自宅マンションの玄関のドアを開け、リビングに進むと、パジャマの肩にタオルをかけた、濡れた髪のままの妹、瑞穂がテレビを見ていた。
「おかえり、遅かったね。どこか寄っていたの?」
「ん、まあ。父さんたちは?」
「まだ」
「そっか。俺も風呂、入って来るかな」
「お兄ちゃん」
「ん?」
立ち止まって振り返ると、いたずらっぽく笑う妹と視線が合った。
「なんか、機嫌良くない? いい事でもあった?」
「は? いや、別に。高校の様子を見てきたんだよ」
「ふうん、そう。デートでもしてきたのかと思った」
なんなんだ、一体。
眉をしかめて妹を見ると、隠しても、わかっちゃうし、といった表情で、嬉しそうにクスクス笑いながらテレビに向き直ってしまう。
機嫌がいい? 俺が? まったく、最近、妹は生意気だ。相手にせず、脱衣所に移動して服を脱ぎながら、洗面台の鏡に映った自分の顔を見て手を止めた。
自分のカオなんて、そうまじまじと見る事はないが、まあ、いつもと変わらない。何が違うというんだろう。機嫌がいい、心当たりといえば。進学する予定の高校に、なにやら面白そうな同級生がいる。
(あいつ、今頃なにしているんだろ)
はじめての部屋で、はじめて過ごす夜、テレビでも見ているだろうか。はじめて使う風呂に入っているのだろうか。はじめてのベッドで眠っているのだろうか。さみしいとか、思っているのだろうか。今日、とんでもない目にあったあいつにはちょっと申し訳ないが、拾った猫を隠れて飼いはじめたような、妙な高揚感があった。
なるほど、確かに機嫌、いいかもしれないと思いながら、下着代わりに着ていたTシャツを洗濯機に放り込んだ。