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P7

 電車のドアに寄りかかるように立って、黒い窓を見ていた。目の焦点を調節して、窓の外の景色と、ガラスに映る自分の顔を交互に見て時間をつぶしていると、現実と違う世界の隙間に立っている気がしてきた。

 あの後、吐き出して気が楽になったのだろう、饒舌になったいっちと、いろいろと話し続けた。

 コウサキという企業名を知らないという俺に、すごくうれしそうに、そうなんだ、と笑っていた。一人で掃除や洗濯、大変じゃないか? というと、不思議そうに首を傾げて、


「さあ。一人だと、大変、なのかな?

 専業主婦の人とか、一人でやっているでしょ? 僕もあんまり家を汚したり、手をかけたりするつもりもないし。

 でも、ハウスキーパーに会ったら、二人に増やした方がいいかどうか聞いてみるよ」


 といった。

 学生の一人暮らしというものを、俺自身の常識で考えてしまっていたが、ナチュラルに、生まれつきの金持ちお坊ちゃまであるいっちの中には、自分で家事をするという状況はないらしい。こっちは五人家族分の家事をこなしているというのに。

 電車の中で思い出して、あまりの会話のかみ合わなさに思わず、小さく噴き出してしまった。ここまで差があると、嫉妬心も出てこない。

 高校には、アイツがいる。おもしろいヤツだ。久々に楽しい気持ちで、電車のリズムに揺られていた。



 俺、高城湊の、というか、高城家の状況が大きく変わりはじめたのは、弟の朝陽が小学二年、妹の瑞穂が小五、俺が中学一年になった時だった。

 妹が、私立白蘭女子学院の中等部を受験したいと言い出した。

 仲良しの友人が受験すると言っている事と、学区の公立中学、俺が通っていた富成中の女子の制服が、紺の作業服のようなシンプルなジャケットで、白蘭女子中学は、某有名デザイナーが手掛けたという、可愛らしい制服だったというのがその理由。

 はじめは、公立中学でいいんじゃない? お兄ちゃんも通っているし、と、渋っていた両親も、妹の学年に、荒っぽい男子が数名いて、そいつらのクラスが授業に支障が出ている、という話を聞き、中学受験を認める方がいいだろう、と判断した。荒れるであろう中学に通わせるのは、不安がある、と。

 妹は希望の、制服が可愛く、規律正しく、授業料の高い中学に合格して通い始めた。

 この段階ではまだ、まったく、妹にも困ったものだ、という空気だった。

 やがて、本当にもっと「困ったやつ」になったのは、母親だった。


 白蘭は、歴史のある、由緒正しい女子学校だった。

 他県から嫁いできた、地元民じゃない母親は、その価値をあまり理解していなかったが、妹の合格を、親戚や友人、知人に伝えるたび、感嘆と羨望の表情で見られるようになったらしい。

 入学式から帰って来て、興奮していたのは、妹ではなくむしろ母親の方だった。設備の豪華さを、生徒の身だしなみや、きちんとした挨拶、先生たちとの会話の美しさを、学校の、毅然とした方針の説明を、さすが私立、と感動を込めて熱弁をふるった。

 白蘭女子に娘を通わせている母親たちは、自身も白蘭の卒業生、とか、子どもは幼稚園からずっとその系列、という人たちも多い。親同士で話せば、当然というか、「そっち寄り」の考え方をする人たちばかり。


(子どもを思えば、お金がかかってもいい教育を)


(今時、公立の学校なんて、ねえ?)


 という価値観が多数派。そこで、思いっきり洗脳された。

 妹が入学して一カ月後には、小四になった弟を、県内最難関の私立中学に合格させると言って塾に通わせ始め、俺にも、バレーなんかに夢中になっていないで、蓬泉の特進を目指せ、と言い出した。

 父親は、そんな母親のテンションに置いて行かれがちになって宥めようとした。現実的なネックとして、当然、金銭問題が持ち上がる。


「お金は、何とかしましょうよ。

 あの子たちの学生時代は、今しかないのよ? 同じ時間を過ごすのなら、少しでもいい環境の場所を、持てるだけのものを、できる限り最良のものを与えたいの」


 というのが、母親の主張だった。

 間違っている考えだとは思わない。

 正論だし、いい事、なんだろうけれど、両親の残業は格段に増え、その分、家の事は俺と妹がこなすようになった。高校の受験が終わった今は、実際のところ、ほとんど、俺。

 弟は、ちゃっかりしているというか、へらっとした性格で、楽しそうに過ごしているように見えるが、本当はきついんじゃないだろうか、我慢を隠しているんじゃないだろうかと、心配になる時もある。俺があいつと同じ年の頃は、遊んでばっかりだったし、寝る時間だって、今の弟より二時間は早かった。

 たった一年で、わりと放任だった両親と、のびのび、好きな事を勝手にやってまったり暮らしていた俺たちは、勉強を最優先に、ピリピリして過ごすように変わっていった。

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