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妹に付き添って帰った翌日から、バイト先での人間関係は一変した。
それまでも何となく不穏だった俺の周辺は、一気に表立って敵ばかりになった。
どうせチーフがある事ない事、というか、自分に都合よく周囲に話しているのだろう。元々チーフによく似た仲間たちだし、客観的に公平に物事を見るよりも群れの仲間を庇い、俺を攻撃できる材料を探す方が楽しいと感じるようなヤツラだという面があからさまになった。
俺が何か弁解したところで聞き入れてくれるわけもなく、それどころか、揚げ足を取られるのはわかりきっている。
ま、気分はよくないが実害があるわけじゃない。
「高城君、妹は、ボクの事を何か言っているかな?」
「は? なにかって、なんですか?」
ニヤニヤ笑いながらチーフが話しかけてきて、こっちも口元だけ笑みの形にして戦闘モードのオーラを放ってしまう。
「なに、って、また会いたいとか、どんな人なのか、とか聞かれたり」
「全くありませんね。この間の事はタブーになっていて、話題にすらなりませんし。うちは家族の誰かが気分悪くなるような話は、あえてしない事にしているんです」
なんて言い返して、愕然としているチーフを見て、胸の内でばーか、と、舌を出している俺も大概だが。つか、なんでコイツはあの流れで瑞穂が自分に好意を持つとか思えるんだ?
脳内不可思議生物は他にもいる。「あの件」のもう一人の当事者、南塚さん。
俺がちょっとでも一人になると、どこで嗅ぎつけるのか、すすっと寄ってくる。
「高城君、私、気付いちゃったんだあ」
「はあ、そうっすか」
「ええ、冷たあい。何に、とか聞いてくれないの?」
別に興味もないんで、むしろ、耳を塞いであーあーって言いたくなるくらい聞きたくないっすね、という言葉はさすがに飲み込んで、無視。けれど、その程度で引き下がるようなヒトじゃない。
「高城君に、彼女がいるかもって思った時、気付いたの。私、このまま一生一人で、ずっと寂しいのかなって。
やっぱり、優しいパートナーが」
「見つかるといいですね。あ、いらっしゃいませ」
レジに近付くお客様に、心からの「いらっしゃいませ」を告げて戦線離脱。レジのブースでチーフがじろじろ睨んできても、手近のお仲間とヒソヒソしても気にしない。ただただ、うっとうしい。
瑞穂がチーフたちともめたあの事件から、数日後。売り場に能天気な声が響いた。
「にーちゃあん」
ぶーーーー。しゃがんで返却されたCDを棚に戻していた俺は、振り向いて大きく手を振っているソイツを見て立ち上がった。
「ああ、いたいた」
「いるよ。てか、朝陽、店ででかい声出すな」
「えっへへ、ごめん」
小学校高学年あたりからぐんと背が伸び始めた弟の朝陽の身長は、中学二年になった今、175cmくらい。手足がすらりと伸びて、誰に似たのか服のセンスもいい。兄の俺が言うのもなんだが、なかなかのイケメンに成長しつつある。が、いまだにどうもガキっぽい。
「ねえちゃんに、これ返してきてくれって頼まれて」
そういって、レンタル用の袋を差し出した。そうか、妹が借りたのはこの前返しに来た新作のもので、俺が借りた旧作は一週間のレンタル期間があったんだった。
「ああ、俺が借りたやつか。サンキュ」
「ええ~、もしかして、高城君の弟クン?」
うわあ、でやがった。南塚さん、弟にまで話しかけるのはやめてくれ。
内心うんざりしつつ、ひきつった笑顔で、ええ、まあ、とかなんとか応えた。
「あ、シュウトんちのおばさん、お久しぶりです!」
朝陽のでかい声が売り場全体に響いた。
「え、シュウト?」
思わず声に出してしまうと、弟はきっぱりと頷いて言った。
「うん、小学校が一緒だったんだ。この前、コンビニで久しぶりに会って。兄ちゃんがここでバイトしているって言ったら、シュウトも母さんもそこで働いているって」
「へえ、南塚さん、うちの弟と同級生の息子さんがいらしたんですか。へええ」
何が、「一生一人で寂しい」だ。
さすがに強張った顔で何かいいたそうに顔を真っ赤にしている南塚さんと、天然全開でにこにこしている朝陽の相反する表情に噴出すのを必死にこらえた。




