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一緒に弁当を食べよう、なんて言いだしておきながら、自分の世界に籠ったように無言でもくもくと弁当を食べる、神崎伊月と名乗った男をちらりと見た。
きちっと背筋を伸ばして姿勢よく座り、きれいな持ち方で箸を運ぶ。コンビニの幕の内弁当が、プラスチックの容器から箸で持ち上げられた瞬間、まるでどこかの老舗料亭の料理にでも変身してしまうようだ。
だんだん我に返ってくると、自分は何をやっているんだろうという気になってきた。会ったばかりのヤツの家で、黙々とコンビニ弁当を喰っている。
き、気まずい、食い終わったら、とっとと帰ろう。部屋主の男は、弁当の空き箱をまとめてキッチンのゴミ箱に捨てた後、冷蔵庫を開けたらしかった。
「あー、冷蔵庫に食べ物やジュース、入っていたんだ」
「自分で買って忘れたのかよ、ま、ありがちだけど」
「ううん、ここに来たのは、今日が初めてだから。多分、誰かが入れておいてくれたのかと」
はじめて? 今日引っ越して来たって事か? に、してはずいぶん片付いているし。
「勝手に冷蔵庫に食い物入れていくとか、オフクロさんとか?
しっかし、いっちはすげえよな、こんなところに一人暮らしなんだろ?
トシだって、俺とそんなに変わらなそうなのに」
「いっち、って、僕?」
驚いたようにきょとんとしながらそういって、いっち、と、自分でも小さく繰り返して、嬉しそうに笑った。
「やっと笑った」
「え?」
「会ってから、はじめて笑っただろ」
冗談みたいなつもりで言ったのに、そいつは、また泣きそうなカオをした。
「あのさ、話しがよく見えねえんだわ。
何があったのか、腰据えて話してみねえ?」
多分、聞いて欲しいんだろうと思った。俺を部屋に誘ったのも、弁当を一緒に食べようと言い出したのも。カウンターキッチン越しに、整えられた眉を少し寄せ、ニガそうなカオをして数秒、ふっと表情を穏やかにして戻ってきた。
「僕、今日、親に棄てられちゃって」
唖然とする俺を見ながら、さっき弁当を喰っていた位置に座り直して、笑っちゃうね、といった。
「いや、笑い事じゃねえだろ。棄てられた、って?」
「リュシオル学院、って、わかるかな」
感情の読めない声で向けられた声に、無言でうなずいた。
大学以外で全国的に有名な、知っている学校名を挙げろと言われたら、きっとベスト5には入る。幼稚園お受験の熾烈さは、テレビでもよく紹介されている。優秀な良家の子息が通う、一貫教育のお坊ちゃま学校。
「幼稚園から中等部までずっと、リュシオルに通っていてさ、そのまま、高等部に進学するように手続きを進めていたんだ。もちろん、試験も受けたし、成績も素行も問題なかったはず。
けど、母親と進路指導の先生が手を組んでいて。
ほ……なんとか、イズミ、とかって、聞いた事もない高校に進学する事になっている、って」
「蓬泉?」
「あ、そうかも、うん、確かそう。ここの近く、のはず」
「俺も、蓬泉に入学するんだよ。今日は、学校見に来て」
「え、本当に? 春から同級生か、すごい偶然だね」
本人が聞いた事もない高校に、進学する事になっていた? そんな事、有り得るんだろうか。