表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/57

P45

「ライバルじゃだめなのか?」


 俺の言葉に、弟は、え、と言う表情で顔を上げた。


「同じチームメイトじゃなくても、試合で対戦できるだろ。

 それで、中学を卒業して、高校が一緒になるかもしれないし、学校外にもチームはあるし」


「俺は、同じチームがいい。戦うなら、味方で戦いたい。敵なんてやだよ。

 兄ちゃんは、それで納得できるの?

 中学のバレー部の人たち、仲間だったんだろ? 今はもう、同じチームじゃなくなってさ」


(こういう続け方もあるんだなって思ったんだ)


 椎野先生の言葉が蘇る。


「味方じゃなくても、敵じゃない、って事だってあるんじゃないか?

 よく、マンガとかでもあるだろ。試合が終わったらお互いの健闘をたたえ合う、みたいなの。スポーツは、相手が憎くて戦うんじゃない。だろ?

 学校を選ぶ基準がサッカーの事がメインだっていうのなら、そこまで同じチームにこだわらなくていいんじゃないかって言いたかったわけ」


「それと、さ」


 言おうかどうか、散々迷った方に口籠って、けれど、俺や母さんの促す視線に従って、弟は言葉を続けた。


「俺が私立中学に行ったらさ、また、お金、大変なんだろ?」


 言った後、弟の眼から涙が溢れて頬を伝って落ちた。

 きっとこれが、こっちの方こそが、弟が私立中学の受験をためらう本当の理由。

 母親と妹が目を見開いて俺と弟を見た。


「ガキが、金の事は心配するなって言っただろ」


「けど、兄ちゃんだって、大学だってお金かかるって、東京に行って、一人暮らししたら、大変だって、母さん、父さんとケンカしていただろ」


 迷っていた二つの道のうちの片方が、光を増す。

 揺れていた未来がはっきりと確定する。


「朝陽、俺は、東京にはいかないよ。

 母さん、俺、啓徳大の教育学部を目指そうと思っているんだ」


「啓徳大?」


「え、お兄ちゃん、学校の先生になるの?」


 母親と妹の唖然としたような声に、思わず笑ってしまった。弟も驚いたように俺を見ている。

 鼓動が、軽快にリズムを刻む。


「啓徳大に行くんだったら、本当は啓徳付属高か、推薦枠を持っている公立の進学校の方が良かっただろうな。じゃあ、私立の蓬泉に入った意味がないかっていうと、そんな事はない。俺は蓬泉に入学できてよかったって思っている。

 啓徳は国立大だし、東京の私立大と比べたら、授業料は安いはずだし、ここからだって充分に通える。バイトもするつもりだし、バレーのサークルにも入ろうと思っている。

 これから先の人生は長いだろ? 誰とでも、どんな形でも、バレーは続けられる」


 複雑な顔の三人を見回して、思わず吹き出してしまった。


「なんだよ、そんなに意外か? 俺が教師目指すのって、変?

 打算で言っているんじゃない。金がないからとか、そういう理由じゃない。

 朝陽、兄ちゃんが学校の先生だったら、どうよ?」


「さいっこうだよ」


 弟は、半分泣きそうな顔からくしゃっと笑って、最高の賛辞を述べてくれた。

 サンキュ、と返して、真っ直ぐに弟を見た。


「なあ、朝陽。

 ずい分考えて出した結果なんだろうけど、決めるのはもう少し先でもいいんじゃないか? 父さんにも相談してさ。

 とりあえず、メシにしねえ? ハラ減ったんだけど」


 俺の少し情けない声の発言に、母親は我に返ったように、すぐ準備するわね、と、キッチンへ向かった。妹も、私も手伝う、と、にこやかに後を追った。

 俺は、見上げる弟の頭に、ぽん、と、軽く手を置き、着替えのために自室へ向かった。

 何かが調子よく動き出す。

 なめらかに滑るように、俺の、未来へ向けて。

 俺の心の方が、先に、とっくに気づいていた。

 椎野先生から「教師を目指してみないか」といわれた瞬間から、わくわくとその未来を喜んでしまっていた。


 それから何年か経った後も、あの日の事を思い出す。

 中学の卒業式も間近に迫った、二月の夕暮れ、入学予定の蓬泉高校を訪れ、体育館を見上げていた俺を見て、覚えていてくれた椎野先生。その時だけじゃなく、それから後も、ずっと。そうして、俺に与えてくれた未来は、さらに何年か経った後、自分を誇らしく思わせてくれるだろうという予感があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ