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P44

 それから数日間、ずっと進路の事が頭の片隅にあった。

 いっちの「社長になるから経営学部に行く」という希望がちらちらと過って眩しい光を放つ。

 家に帰って玄関のドアを開けると、荒く揉める声が聞こえて来た。玄関には母親の靴がある。今日は早めに帰れたらしい。声の主は、母親と、弟の朝陽。


「ただいま?」


 なにもめているんだよ、というニュアンスを込めてリビングに入っていくと、怒りで厳しい表情をした朝陽が、わずかに涙の浮かんだ目で俺を見て、ぷいっと顔を背けた。そこにいたのは、やはり怒りと俺に対する気まずさみたいなものが混ざった顔をした母親と、すっかり困惑して俺に助けを求める妹の瑞穂だった。

 妹が、弟と母をちらりと見て、言った。


「朝陽、中学受験しないって、富成中行くって」


「湊も、なんとか言ってやってよ」


「そうなのか?」 


 母親に言われて、弟の様子を窺い、確認すると、弟は頑なな表情のまま、きっぱりと頷いた。

 富成中は、俺が卒業した、この地区の公立中学校。最近は私立受験も増えてきているが、この地では、いまだ公立中に進学するのが「普通」。ほとんどのヤツが公立小から自然と公立中を進路先に選択する。

 弟は、今、小学五年。もうすぐ六年になる。いままでも塾を続けてきたが、中学受験をするとなると、そろそろ本格的に準備を始める時期だろう。

 膝を抱えて座る、弟の背中が小さく見える。一年と少し前、両親のけんかを聞いてベッドから起き上がっていた姿と、台風の日、俺の布団に潜り込んできた姿が過る。


「なんで、受験辞めたいんだ?」


 俺の問いに、誰も答えない。

 瑞穂が、周囲の顔色を窺って、


「お母さんも、さっきから聞いているんだけれど、朝陽、理由言わないの。

 ただ、受験やめる、富成中にいく、っていうばっかりで」


 と、いった。

 こうなる前のやり取りが予想できる。

 朝陽が理由を言う前に、母親が頭ごなしに否定したもんで、意固地になっているのだろう。


「いいんじゃねえの?」


 俺の言葉に、全員の視線が集まった。


「朝陽がそうしたいって決めたんなら、受験、やめても」


「何言っているのよ、公立中学なんて」


 そういう母親をちらりと見ると、はっとして言葉を止めた。

 小学校を卒業したら、当然のように地区の中学に進学する、という他に選択肢も知らぬまま、公立中を卒業した俺の前では、そこから先は言いにくいわな。


「朝陽、新しく入学した学校に、俺みたいなやつがいたら、ガッカリか?」


 弟は、俺が何を聞きたいのか、まだピンと来ないようだったが、首を横に振って応えてくれた。


「どこにだって、いろんなヤツはいるよ。

 確かに、私立中学の方が、わざわざ勉強して受験しようってくらいだから、勉強に対する意識は高いヤツが多いだろうけど。

 あくまで俺の考えだけれど、勉強だけがすべてってわけじゃないんじゃないか? 俺だって、富成中で部活を引退まで続けて、蓬泉の特進に入ったし、本人のやる気次第って部分が大きいと思う。行きたい中学で、やりたい事をやるっていうのも、いいモチベーションを維持するのに役立つ事もあるだろうし。俺より朝陽の方が、ずっとアタマいいし。

 なあ、朝陽。私立中と富成中では、授業内容もかなり違うと思う。周りのクラスメイトも、授業中に不真面目なヤツとか、学校さぼったり、荒れたりするヤツも出てくるかもしれない。そういうヤツラがいたらさ、先生は、そっちに構うのに必死になって、授業だって後回しみたいになるかも知れない。

 そういう状況で、三年になって高校受験ってなった時、私立中のヤツと同じ学力を持っているようにするためには、周りの誘惑とかに負けずに、自力で勉強していかないといけない。

 さっき、勉強がすべてじゃないって言ったけれど、もちろん、大事なんだよ。学生は、結局、学力で評価されるからさ。

 公立には公立のしんどさもある。私立中に対抗するためには、さらに努力しないといけない、とかさ。そういうのもひっくるめて考えてみたら?」


「兄ちゃん、俺さ、やっぱり、サッカーやりたいんだよ」


 弟の、涙を堪えるように震える声に、母親と妹が小さく驚きの表情を浮かべた。


「俺、ヒロムと一緒にサッカーがしたいんだ」

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