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修は、いっちに聞いてイメージしていたよりも元気にみえた。後は検査の結果待ち、といった状態で、もうすっかりいつもの修だった。
お見舞いに、と、早瀬と選んだ科学雑誌とガガーリンの伝記を渡すと、それを見たいっちが、
「あんまり疲れなそうな本を買ってきてって言ったけれど、なんだよこれ」
と、文句を言った。
いっちが「読んでも疲れなそうな宇宙とか科学の本」を買って来いって言ったんだろ。どっちも、普通に考えたら読んで疲れるモノじゃないか? だいたい修に買って来たのに、なんでオマエから文句を言われないといけないんだよ。
「はあ? 文句言うくらいなら自分で買ってくればいいだろ」
「そうは言ったってさあ」
ぶつぶつ不満げないっちと俺のやり取りを、修は楽しそうに笑って聞いていて、礼を言ってくれた。
元気そうな修に安心して、個室とはいえ声の大きさを気にしながらだったが、学校の事をあれこれ話した。
クラスの連中が、修を心配していた事、須貝君からも、元気になったら、またバレーのパスをしようと言伝を頼まれている事、そして、戸川が、クラスでホモ野郎、とか言われている事。これには、いっちも身を乗り出した。修が、きょとんと不思議そうに、え、なんで、と、聞いた。
「ん、そりゃ、修が戸川に、お前がそういう願望を持っているから変な想像するんだろ、とか言い返したからじゃねえ?」
俺がそう言うと、修はすごく驚いて否定した。
「違うよ、あれは、自分より成績いい人の点数が悪かったら、自分の順位上がるって、湊がそれを望んでいるって、卑怯者みたいな言い方したから。
そんな事を考えているの、自分の方だろうって言ったつもりだったんだけれど。
どうしよう、戸川君に悪い事しちゃった」
あぜん。
そっか、そっちだったか。俺の順位がどうこうっていうより、いっちと修の事ばかりに必死になっていて、頭が回らなかった。いっちと早瀬も意外だったのだろう、修以外の三人で顔を見合わせて思わず笑ってしまった。
「修君って、ほんと、天然。うちのナチュラル・ウエポン、最強」
「戸川の事は、修が気にすることない」
「そうそう、いい薬だよ、良薬口ににがしだよ」
俺たちが口々に言うと、修はしゅんとして、
「うん、でも。退院して学校で会ったら、謝るよ」
と、いった。早瀬が少し目を伏せて、あのさ、と、言葉を続けた。
「別に、誰が誰を好きとか、僕は、偏見を持つ方がおかしい、って思う。
価値観はそれぞれだし、誰かを傷つけていいって訳じゃないけどね。
好きになっちゃったら気持ちなんて、自分でコントロールできるものじゃないだろ? そういうの、少なくともうちのクラスのみんなは、わかっているんじゃないかな。
悪く言われるとしたら、本人の日頃の行いのせい。
だから、修君が悪いわけじゃないよ、謝りたいんだったら止めないけど」
早瀬がこんな風に、恋愛観のような事を話すのを聞くのは初めてだった。こんな話をするヤツじゃないと思っていた。やっぱり、変わったんだろう。なんだかうれしくなる。
病室のドアがノックされて、修が応えると、中年の男性が入ってきた。修のお父さんだという。何か深刻な様子に、席を外した方がいいと感じ、そろそろ帰る、と、荷物をまとめてパイプ椅子から立ち上がった。
「すまないが、神崎君、できたら残って、一緒に聞いてくれないか」
修のお父さんの言葉に、いっちは、何か覚悟をしたような、強い、静かな目で、はい、と答えた。
俺と早瀬は、アイコンタクトで頷き合って、病室を出、病院の入り口で別れた。




