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ここ、と示された建物を見上げて唖然とした。ホテルじゃないんだよな、ここ。ガキの俺にも察しがつくくらい、いかにも高そうなマンション。
マジか、と思いながら、そいつの後について恐る恐る自動ドアをくぐると、
「おかえりなさいませ」
と、声を掛けられた。
カウンターの向こうで、スーツ姿の女性が微笑んでいる。ただいま、というのもおかしいし、と、戸惑いながら、俺は一応、頭を下げたけれど、部屋主らしいそいつは、空気みたいに無視しながらカードキーを通してパネルを操作していた。
部屋に入って、これまたびっくり。モデルルームか、ここは。おしゃれで、家具とかも高そうで、生活の匂いが全くしない。
「あの、家の人、とかは」
「ん、ここ? いないよ、僕は一人暮らし、らしい」
ええ? 全部の部屋を見たわけではない、けれど。
広さだけで言えば、うちの3LDKのマンションの方が広いかもしれない。が、うちは五人家族。妹の部屋は5畳、俺と弟は、6.5畳の部屋を二人で使っている。リビングダイニングは、一応片付いてはいるけれど、椅子と背後の壁の隙間は、余裕を持って歩くのには狭すぎる。
それでも、今この瞬間まで、うちは割と裕福な方なんだと思っていた。両親とも正社員で働いているし。こんな部屋に一人暮らしをする、自分と同じくらいの年のヤツがいるなんて。世の中には、俺の知らない世界があるもんだ。
呆然としていると、目の前に一万円札が一枚置かれた。ヤツに視線を移す時、抜き出した財布の中が見えてしまった。全部が千円札だったにしても、ガキが持つのには多すぎる枚数の札が入っていた。
意味が分からず、そいつの顔を見た。
「さっきのお弁当代」
「ああ、悪い、もう少し細かいのない?」
「ううん、このまま受け取って。助かっちゃったお礼込みって事で」
「は? いや、俺が払ったの、六百いくらとかだっただろ。こんなにもらえねえよ」
いいから、気持ちだから、お金はあっても困らないでしょ、と、無理やり押し付けようとするそいつに、さすがにカチンときた。
「あのさ、そっちの常識がどうか知らねえけど、こんなに受け取れねえって。金が欲しくてやったんじゃないし。俺が貧乏だと思って、バカにしてんの?」
思わず強い口調で言うと、また、眉を寄せて口を引き結んだ。
なんなんだよ、いちいちこんな事で泣くなよ。お坊ちゃまなせいか、ずい分と精神状態がイッパイイッパイな奴だな。さすがに涙はこぼれていなかったけれど、冷たく重い空気に気まずくなって、大きく息を吐いた。
「あのさ、やっぱ、金はもういいよ。俺、帰るわ」
「待って」
立ち上がろうとした俺を、必死に制して、震える指で焦りながら、小銭をテーブルに並べはじめた。
「えっと、確か、ろっぴゃく……あ、レシート持っている?」
結局、端数を繰り上げた金額を受け取って、じゃ、とバッグに手を伸ばすと、
「あ、のさ、ここでそれ、食べていかない? 一緒にさ、お弁当」
と言い出した。
この必死さはなんなんだろう。縋るような目で俺を見る、突然関わってしまった異世界に暮らしているイキモノに、俺はすでに興味を持ってしまっていた。