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高校一年の、あの台風の日の後、修は、妙に不安定になってしまった。隠し事を覚られないようにおどおどするような。
俺にも、いっちにも、やたら距離を詰めてくると思えば、完全に殻に閉じこもって全てを拒絶するような態度をとる。
いっちは、そんな修に振り回され、自分を追い込み、ぎりぎりになっていった。
例えば、ある日の昼休みの会話。
「伊月って、おしゃれな服、たくさんもっているよね」
「あんまりこだわりはないけれど、実家にいた頃好きだったショップがあって、だいたいそこで買っていたんだ。後はそれに合わせて買い足す感じかな」
食事を終えて、機嫌よさげにいう修に、いっちが応えると、修がさらに身を乗り出す。
「僕、服とかよくわからなくて。時間があったら選ぶの付き合ってくれない?」
「いいよ、もちろん。
そうだ、修に似合いそうな服で、サイズアウトしたのがいくつかあるんだけど、よかったらもらってくれない?」
いい感じで盛り上がって、和やかに話している途中で、修がすっと蒼ざめたような顔で硬直する。当然、俺や早瀬も何事かと様子を窺う。いっちは不穏な空気を察知して、なんとか盛り上げようと必死に会話を続ける。
「ほら、夏にさ、僕の誕生日に貸した服、とか。
えっと、駅ビルの中に、ちょっといいなってお店があって。一人で行くのも行きづらいなって思っていたから、修が一緒に行ってくれたら、助かるな。
ね、今日、早速学校終わったら一緒に」
「ううん、いい。今日はお金とか、持って来ていないし」
「ああ、うん、でも、見るだけでも」
「買わないのに行ったら、お店にご迷惑だから。
職員室に行く用があるんだった。ごめん、ちょっと行ってくる」
そそくさと席を立ち、教室を出ていく修を、言葉をかける事もできずに見送った。いっちは俯きがちに唇をきゅっと結ぶ。
初めて会った日、いっちが、親に棄てられたと言っていたあの日、コンビニで泣き出す寸前みたいな表情で立っていた風景と被る。
「いっち、いい店があるなら、俺にも教えろよ。まあ、駅ビルに入っているような店の服なんて、高すぎて買えないだろうけど」
「そうとも限らないよ。
最近、ああいう所でも値段低めに設定している店、結構あるし」
「へえ」
雰囲気を戻そうとしてくれているのだろう、明るい調子で早瀬が俺の自虐にフォローを入れてくれた。が。
「買いもしないのに、見るだけ見たって時間の無駄だろ」
でたよ、いっちの八つ当たり。
後は、だいたい早瀬が会話を切り替えてくれたりする、と、まあ、こんな感じ。
修が急に態度を変えたりすることは、最初のうちこそ、内心びっくりしたりおろおろしたりしたが、すぐに受け容れよう、と、思えるようになった。修なりに、自分に自信が無く、恋愛に疎い修なりに、距離感に怯えつつもいっちと向かい合おうと必死になっているのがわかったから。
いっちの八つ当たりは、元々、俺が怒ったりするような類のモノではなかった。
ただ、哀しかった。きっと今まで、両親や兄との関係はあまりよくはなかったようだが、それ以外の人間関係でもめた事などなく、我慢強く相手の事を慮り、器用に本心を隠して付き合って来ただろういっちが、イライラを抑えきれずにぶつけてしまうほど傷ついている事が。そして、そんな風に俺に当たって、罪悪感でさらに心を閉ざしてしまっている事が。




