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P3

 自分で決めて、完全に諦めたつもりだったのに、惨めな、苦い思いが胸を満たしていた。冷たい空気を肺いっぱいに吸い込んで吐き出すと、白く煙って闇に紛れて消えていった。

 とぼとぼと駅に向かって歩き続けると、見慣れたコンビニの看板が路地を照らしていた。たまには、いいか、晩メシを何か買って行こう。光に誘われるように、コンビニの店内に入った。

 後から冷静に思い起こせば、いつもの自分なら、家で食べるつもりだったのだから、自宅に近いコンビニに寄ったはずだ。なのに、なぜこの日、これから駅で切符を買い、二駅も電車に乗って帰るというのに、夕食を買いにこの店に寄ったのだろう。

 この日を思い出す時、いつも、運命のいたずら、という言葉が浮かぶ。

 適当に弁当を選び、レジに向かうと、客と店員が揉めていた。

 別の、もう一つのレジは、他の客が集中して列になり始めている。他の客は、スムーズに会計を済ませながら、ちらりとトラブルの様子を窺って店を出ていく。俺もスムーズな方のレジの店員に促されてそちらの列に並んで待った。


「いや、だからさ、すぐそこなんだって」


「けど、困ります。もう、温めちゃったし」


「ちょっと待っていてよ、絶対戻って来るし」


「身分証明書のようなものは」


「ないよ、みんな財布の中」


 ああ、財布を忘れたのか。で、弁当を温めた後に気付いたから、返品もできない、と。

 店員は二人ともまだ新人っぽい雰囲気。自分の順番が来て、もめている客の隣に立つと、見ないようにしようと思っていたけれど、つい、視線がそちらに行ってしまった。

 間近でもめている男の横顔を見た。はっとして、もしかして、芸能人? と思った。

 必死そうなその客は、俺と同じくらいの年だろうか、背は、そんなに高くはない。170ちょっとくらい。けれど、顔が小さいせいか、バランスがいいというか、実際よりも身長が高く見える。整った顔をして、シンプルでカジュアルだけれど、ちゃんとした感じの服を着ているからかもしれないけれど、なんていうんだろう、それまで俺の周りにいたヤツラとは、オーラが違っていた。貴族と平民、くらい違う。そいつが、きゅっと唇を結んで、眉を寄せて俯いた。

 あ、泣く、と思った。


「いくら?」


 声を掛けた俺を、そいつと店員の二人が同時に見た。


「その弁当。俺が代わりに払うよ。いくら?」


「えっと、あの、530円です」


「そのジュースも? 一緒に会計お願いします」


「ちょっと待って、そんな」


 財布から千円札を取り出した俺を遮ろうとした、売り出し前のアイドルっぽい男を躱しながら無理やり会計を済ませ、店の外に出た。


「待って、ありがと、助かった。家、すぐそこだからさ、一緒に来て。お金返す」


「や、いいよ、あとで募金箱にでも入れておいてくれれば」


 なんとなく、このまま別れるのが普通のような気がして立ち去ろうとしたけれど、そいつは頑として俺の腕を掴んで離さなかった。断ろうと思っていたのに、そいつの言葉に従って家までついて行こうと思ったのは、その必死さになにか引っ掛かるものがあったからだ。

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