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その夜は、ムカムカが治まらなくて眠れなかった。目の前にある、二段ベッドの上段の底をみながら、考えがぐるぐると繰り返された。
高校生で、二十代半ばくらいの年上のオンナとそういう関係になるのは、普通なのだろうか。いっちは金持ちだから、そっちの世界ではよくある事なのかも。
ああ、ムカムカする。なんでこんなにムカつくんだろう。
いっちが言っていたように、俺も、したい、とか? まあ、確かに、全く興味がないかといえば、なくはない、けど。
やっぱり違う。そういう事じゃなくて。
俺って、そんなに潔癖だったか? エロ話は嫌いじゃない。高校に入ってからはあんまりしなくなったが、中学の頃、部室には誰かが持ち込んだエロ本が何冊か置いてあったし、そういう話で盛り上がる事もあった。
いっちが、呆れた目で俺を見て笑っていた。
あれ? えっと、あれ?
目じりを拭うと、涙がこぼれていた。なんで、俺、泣いてんの?
スライドみたいに、いっちの顔が過っていく。ここ最近、なんでいつもいっちの姿を追ってしまうのだろう、気になってしまうのだろう、と、自分でも不思議だった。いや、でも。ええ? ジリジリ、ムカムカしていた胸の奥に、ふわりと暖かいものが広がっていく。
(恋愛と性欲処理は別な話だろ?)(ああ、なんだ。みーもする?)(修も誘って三人で、とか)
今日交わした会話が途切れ途切れに思い出されるたび、苦しくなる。
気付かなければよかった。余計な事を、考え過ぎなければ。よく見ているから、気付かなくていい事に気付いてしまう。
翌日から、いっちとまともに顔を合わせられなくて、修とか、他のヤツがいればまだマシだったけれど、二人きりになるとどうしていいかわからなくて、妙に挙動不審になってしまって、しばらくの間いっちを避け、素っ気なくし続けた。
岡田は、きっと気付いていた。俺が、墓場まで持って行こうとしているモノに。
実際、今となっては俺自身すら、確信が持てない。
自分の気持ちを意識してすぐ、いっちが修の事を好きだという事にも気付いた。なんとなくがっかりはしたけれど、嫉妬とか、そういうのではなかった。
修はめちゃくちゃいいヤツで、例え、二人に誰からも受け入れられる類の未来がなかったとしても、応援してやろう、俺だけは守ってやろうと思った。
だから、もしかしたら、俺のいっちに対する思い、みたいなものは、恋愛感情とかじゃないのかもしれない、と思っていた。
いっちが修を裏切る形で北澤と付き合い始めた時は、あまりのバカっぷりに頭にきたが。
いつも、いつも、目が離せなくて。気が付くと視界にはいっちがいて。まさか、誰かに気付かれていたなんて。
大きく息を吐いて俯く俺の様子から、きっと、岡田は伝わった事を察しただろう。
「ごめん。私、あざといね。忘れて」
「いや。俺の事、見ていて、思っていてくれて、ありがと。
今日は混乱しているから、そうだな、とりあえず、連絡先、教えてもらっていいか?」
穏やかな表情で、うん、と、頷く岡田とメールアドレスを交換して、少し、考えさせてくれと言って、また、雑談しながら駅まで歩き、別れた。
バイトの間、いろいろな事が頭の中にあった。岡田の事、高校時代の事、いっちや修の事。
バイト先はレンタルDVD、CDと、書店、雑貨店などが併設されている比較的大型の店舗で、俺の担当はレンタルコーナー。新しい会員証を作る作業も、レジを打つのにもすっかり慣れた。
返却されたDVDを棚に戻している途中、パッケージのタイトルに目が留まった。同じものが、家にある。妹が好きだったエリィとかいう魔法少女アニメ。俺も、途中まで見た事がある。
確か、あの日は。




