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「高城君?」


 すっかり夏の気配が濃くなったある日の午後、駅前のロータリーを歩いていると、不意に声を掛けられた。咄嗟に名前が出て来なかったが、よく知っているヤツなのは間違いない。


「ああ、久しぶり」


 そうだ、高校で一緒だった、岡田さんだ。岡田、何だっけ、下の名前。


「岡田早彩。高一の時、同じクラスだった」


 一瞬、不審そうな顔をしてしまったのだろうか、自分から名乗ってくれた。

 文化祭のクラス発表で頑張っていた。二年で理系コースに進み、文系に進んだ俺とはクラスが別れたが、いっちと仲が良かった。名前、惜しいところまで出ていたのに。


「わかってたよ」


「はいはい、そういう事にしておきましょ」


「買い物? 岡田は確か、東京の大学に進学したんだったよな。休みで帰って来ているのか?」


「うん。高城君は、啓徳大だよね」


 高校を卒業してから、もう一年以上になる。俺たちも大学二年だ。

 高校時代、どちらかというと中性的で、気難しげに強い眼をしていた岡田は、薄く化粧をし、ふわりとした明るいグレーのスカートをはいていた。東京に出たせいだろうか、雰囲気が変わった。岡田は、何か言いかけてちらりと視線を逸らし、再び俺に向き直った。


「ね、高城君、今日忙しい?

 特に予定がないなら、ちょっと付き合ってもらえないかな」


 高校時代、いっちを交えて何度か話したが、俺個人としてはそんなに親しかったわけじゃない。真意を測りかねて一瞬答えに詰まったが、バイト前に大学によっておこうと思って少し早めに出かけていただけで、大した用事でもない。断る理由もなかった。了承して、一緒に歩き始めた。

 岡田は、蓬泉に電車やバスで通っていたヤツだったら、毎日歩いていたはずの道を進んでいった。

 この道のさらに先に、俺が今通っている啓徳大のキャンパスもあるが、バイク通学をしているから、こうして駅前より先の道を歩くのは久しぶりだった。

 お互い、今でも交流のある高校時代の友人や、自分たちの近況を話した。


「佐倉君の進学先は、ちょっと意外だったかな、聞いたとき驚いちゃった。でも、改めて落ち着くと、納得」


「ああ、修、な」


 修といっちも、いろいろあった。主に、いっちがバカなせいで。

 道の先、高い塀の上に、青々と葉を茂らせた桜の枝が見える。その向こうに、蓬泉学園高等部の校舎。


 岡田は、特に用があったわけじゃなかったらしく、敷地内をうろうろと歩いた。休日のはずだが、部活動だろうか、人の気配が多く、懐かしい制服を着た生徒が、すれ違いざまに挨拶をしてくれる。

 はじめのうち、勝手に敷地に入って大丈夫かなと軽く緊張していた俺も、しばらく歩くうち、懐かしさに身をゆだねられるようになってきた。

 中庭に抜けるパサージュ。ここで、昼休みに修やいっち、須貝君とバレーのパスをした。

 いっちに頼まれ、中庭に修と早瀬を呼び出して話したのは、高校二年の時だったか。猛烈に暑い日だった。

 足元のタイルも、打ちっぱなしのコンクリートの壁も、講堂の玄関の上の、わずかに緑青を帯びた校章も、自動販売機も、ぎゅっと胸の奥を締め付けた。

 岡田が、いたずらっぽく、うれしそうに俺を振り返って小走りに駈けだした。向かう先は、購買部の裏手通路。大股に歩きながら後を追った。


「変わってねえな」


 いっちが、北澤えりかと付き合っていた時、ここで何度か密談をした。さすがに人の気配がない。他の場所以上に、全く変わっていない気がした。あの時の空気が、そのまま残っているような。


「岡田、いつもアイス食っていたよな」


「そう。ここに座って、神崎君が買ってくれたやつを、ね」


 スカートの裾を気にしながら、ひょい、と、裏口の段差に腰掛けた。そう、そうだった。妙に馴染んだ風景に、思わず笑みが浮かんだ。


「神崎君、北澤さんと付き合っていたんだよね」


「うん。何か月か、だったけどな」


 もめて、修や早瀬まで巻き込んでもめて、結局、北澤は三年生とフタマタをかけて、いっちと別れた。岡田も、いろいろ心配して情報をくれたりした。

 あの頃は、とんでもない事件みたいに思っていたけれど、なんとなく呆気ない。ガキだったんだなあ、と、笑ってしまうくらい。岡田も同じなのだろうか、肩をすくめてくすりと笑った。


「私は、高城君の事が好きだったな」


「え」


 ふわりと発せられた突然の言葉に、岡田と視線を合わせたまま硬直した。

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