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「本当は、祥沢商業いってバレー続けたかったんだ」
この近郊で、一番の強豪校。商業高校ではあるが、就職率も、経済、工学系の大学への進学率も、偏差値も高めの人気校だ。
真柴中は、県大会の早い段階で敗退してしまい、推薦も取れず、一般試験も不合格になって、滑り止めの蓬泉に入学したが、自棄になってバレーも辞めてしまった、と、山崎はいった。
「でも、1組とやった後、やっぱバレー好きだわ、おもしろいわって思ってさ。
今からでも、バレー部、入ろうかなって」
「おお、いいねえ」
俺がそういうと、少し照れくさそうに笑う山崎に、修といっちもうれしそうに笑みを返した。
いいな、と、思った。少しだけ。バレーを続けられて、いいな、と。
初夏の午後、青々とした芝生の上、眩しすぎる日差しを遮る木蔭で、俺の胸のうちだけが昏く冷えていた。
俺がバレーを辞めるっていうのは、自分で決めた事で、山崎には関係ない事なのに、山崎がバレーを再開するっていうのは、本当にうれしいと思っているのに、心の奥に、恨みそうになる自分がいる。
ソイツを必死に捻じ伏せ、イイヤツぶって笑っている自分が、浅ましくて情けなくなる。
クラスマッチが終わった。
1組は、17クラス中14位。まあ、そんなもんだろ。
閉会式を終えて、先生に呼び止められてアリーナに残った委員長の修以外、観覧席で荷物をまとめ、帰る準備をしていた。見下ろすと、閉会式のためにバレーのネットなどはもうすっかり片付けられたコートで、先生が数人の生徒に何か指示を出している。
後一年待てば、来年もクラスマッチはやってくる。そうしたら、またバレーができる。小さくため息を吐いたとき、少し足を引きずるように歩く、疲れた表情をした修に気付いた。
そうだ、すっかり忘れかけていたけれど、あいつ、朝ひどい発作を起こしたんだった。具合が悪いのに、無理をしてはいなかっただろうか。バレーに夢中になって、気付けずにいたなんて。これ以上、無理をさせたくない。
「あー、片付け、だるいな。なーんで委員長と副と実行委員だけ。みんないいなあ、僕も早く帰りたい」
ぶつぶつ文句を言っているいっちに、思わず苦笑が漏れる。
副委員長なんだから、しょうがないだろ。どこまでも正直なヤツ。いっちは、俺みたいにカッコつけて取り繕ったりはしないのだろう。
けど、まあ、いっちはいっち、俺は俺。
「なあ、これから実行委員は片付けに残るんだけど、大丈夫なやつは手伝って行かねえ? 修もあんまり具合よくないみたいだし、少しでも人多かったら早く終わるし」
修が辛そうだったら、放ってはおけない。
自分一人だけが何かができるというのは、思い上がり。1組全体が、チームなんだとしたら。7組との試合中、修に気付かせてもらった事。残る、残らないは強制するつもりもないし、声だけかけてアリーナへ向かった。
本部と書かれた紙が貼られていた、折り畳みの長テーブルを片付ける生徒に合流した。テーブルの足にはキャスターが付いていて、前後二人で床を滑らせるように運んでいく。俺も前のヤツがやったのに倣って後に続いた。天板を倒したテーブルを押しながら顔を上げると、自分が着ているのと同じ、真紅のTシャツが目立つ。こんなに、残ってくれたんだ? みんなだって疲れているだろうに。
いいヤツらだな、と思った。祭りの後の気だるさが、夕暮れ迫る体育館を満たす。来年になればまたクラスマッチが来て、バレーができる。一生、バレーをしちゃいけないわけじゃない。今は、それだけで充分だ。