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せめて一矢報いようと渾身のスパイクをストレートに叩き込んだが、あっさりと拾われてしまった。
レシーバーを見て、ぞくりとした。一回戦を、観覧席から見下ろしていた時には全く気付かなかった。
真柴中の、山崎。
中学最後の試合の空気が蘇る。あいつは高校でもバレーを続けて、やがて実業団にでも入るんだろうと思っていた。球技大会は、その競技の部活に所属している者は選手になれない決まりになっている。この試合に出ているって事は、バレー部には入っていないのだろう。
なんで、辞めちゃっているんだよって思いと、また、俺を止めようとするのか、俺からバレーを奪おうとするのかって、思い。
たかがクラスマッチだ。八つ当たりなのは、自分でもわかっている。
俺が動揺すれば、チームの空気が悪くなる。それだけは、絶対に、なんとしても避けなければ。
椎野先生からのタイムアウトの後、流れを変えようと、再度、山崎のポジションへスパイクを打った。一ポイントでも取れれば、気分的にぐんと楽になる。
須貝君のレシーブも、修のトスも、申し分なかったし、自分でもその時ベストだと思えるコースに打てたが、やはり。
だめだ。どこに打っても。
動揺が、全身を駆け巡る。心配そうに俺を見る修の視線に気付いて、
「次、サーブカット、慎重にいこうぜ!」
と、何とか取り繕って、明るい調子を心掛けた声を上げた。
俺が、何とかしなければ。須貝君は、レシーブでチームに貢献してくれているが、雰囲気を作るタイプとは違う。他はみんな、バレーの試合すら初体験の初心者。
俺が、俺だけが、なんとかしないと。
焦っても、相手が何気なく返したボールでさえ、まともに拾う事ができないチームメイトについ苛立ってしまう。苛立ちを感じ取られたら、委縮させてしまう。負けてしまう。試合が、終わってしまう。コートに、立てる時間が。
空気を変えるためには、もう一度、なんとかスパイクを決めなければ、と、修のトスに集中する。
と。
修があげたトスは、俺の予測していた軌道を大きく外れ、ネットを越え、相手コートにふわりと飛んで行った。
なんで、こんなタイミングでこんなミスを。
睨むようにボールを視線で追うと、相手コートの、ボールが落ちるであろう位置周辺に、ぽっかりと誰もいない。
ネット越しに、コートの遥か後方で、本来自分が守っているべき場所に、トン、と、落ちたボールを、唖然と立ち尽くしてみる山崎が見えた。
山崎のレシーブは、大きく後方まで下がって、スパイクのタイミングに合わせて走り込んでくる。二打目で返され、虚をつかれて、うっかり足を止めてしまったのだろう。
修は、ちゃんと見ていた。気付いていた。散々バレーの試合をこなしてきた俺が、焦って視界も思考も狭まって、気付けなかった事を。
なんだ、コイツ。頭のいいヤツって、恐い。やばい、楽しい。
「ナイスジャッジ!」
ゾワゾワと、テンションが上がってくる。
手を挙げてそういうと、修も同じように手を挙げたから、思い切りハイタッチで手のひらを叩きつけた。
試合が再開し、修が、ちらりと相手コートを見る。山崎の動きが硬くなる。
俺が次に打ち込んだスパイクは、山崎の前方数センチのコートに叩きつけられた。
そうだ、思い出した。バレーは六人でするものだ。
誰かがボールを弾いたら、全員で追いかける。守備範囲が狭いヤツがいたら、他の誰かがその分をフォローする。それが、チームワークってヤツだ。
キャプテンだった中学時代、「全員が俺だったら」と思った事がある。
チームメイトに対し、自分だったら、あんなミスはしない、頼りない、と、不甲斐なさに苛立って。
改めて思い知る。自分だけが、なんて気負いは、思い上がりだ。
修に救われて、力が抜けた。俺は一人じゃない。そうだ、勝つ事より、今を楽しまないと。
「Aいくぞ」
すっと修に近寄って、周りに気付かれぬように声を掛けると、一瞬はっとして視線を逸らした。須貝君も俺たちの動きに気付いて、アイコンタクトで小さく頷く。
クラスマッチ特有のルールは、いくつかあった。
その中の一つが、後衛もアタックラインより前でネットより高いボールに触ってもOK――つまり、ネット際でスパイクを打てる、というものだった。
修は、いっち側へのトスさえおぼつかない。いっちも、スパイクの成功率は今一つ。どうしても、俺に集中する。
けれど、一組には俺以外にも経験者がいる。敵は、バレー経験者であればなおの事、まさかクラスマッチで未経験者がAクイックのトスを上げるとは思わないだろうから、フェイントになる。
と、思って、数回練習をしてみたものの、やはりタイミングを合わせるのは難しく、全くもって実戦向きじゃなかった。時間もなさすぎたし。
練習でできなかったことが、本番でできる可能性は限りなく低い。
けど、いいだろう。失敗したら、俺の責任だと笑ってやる。せっかくのクラスマッチ、盛り上がった方が勝ち、みたいな気になってきた。ネタはプライスレスだ。
須貝君はこんな雰囲気には慣れているのだろう、飄々とポーカーフェイス、修は緊張したように強張った顔をしている。ちょっとしたサプライズを前に、こっちまでドキドキしてきた。