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「俺はこっちと、玄関から外の方見てくるわ」
「じゃ、僕はこっちの廊下、行ってみる」
階段を降り切ったところで、俺は正面の玄関と、玄関に向かって左の方を示していった。
いっちは頷いて、俺とは逆の廊下へ駈けだした。責任感の強い修の事だ、いきなり帰ってしまったりはしないだろうが。どこかで、泣いていたり、とか? まさか、高校生にもなって。いや、でも。
他の時だったら、放っておくだろう。けれど、嫌な予感がする。修が、ちょっと気に障る事を言われたくらいで、機嫌を損ねてその場を離れるなんて、するだろうか。そうしないといけないくらい、余程思いつめたのか。
傷ついてうずくまっているのなら、放っておけない。
いるとしたら、ひと気のないところだろうか。通路を駈け、外履きに履き替えて建物の周りを窺ったりしたが、修をみつける事はできなかった。いっちは、会えたかな。一通り探して、いっちの行った方へ向かった。
総合運動公園の敷地は広い。けれど、修がグラウンドを横切って遠くまで行くとは思えなかった。
きっと、体育館の近くにいる。どこも人でごった返している。一人になれるような場所は限られているはずだ。いっちと修の姿を探して廊下を進んでいくと、突き当りのドアが、ほんのわずか開いていた。
「ここだったか、って、どうした」
ドアを開けると、壁に寄りかかるような位置に座った修が、正面にしゃがみ込んでいるいっちの肩に額を当てるようにもたれてぐったりしていた。
いっちが、縋るように俺を見上げている。いっちの隣にしゃがみ込んで修の表情を窺うと、じっとりと汗をかいて、焦点の合わないような潤んだ目をして、浅く早い呼吸をしていた。
「すごく具合が悪いみたい」
いっちが、俺が出てきたドアに手を伸ばして閉めながらそう言う。
これは多分、何かの発作だ。修の背に手を回し、立ち上がる手助けをしようとした。
「立てるか? とりあえず救護室に行こう」
「嫌だっていうんだよ。修が、治まるからって」
ぎゅっと目を閉じて、必死に首を横に振る修に口添えるように、いっちがそう言う。いやだ、って言ったって、これ以上悪くなったらどうするつもりだよ。無理にでも立たせるか、先生を呼ぶか、一瞬動きを止めると、すう、と、修が力を抜くのがわかった。疲れ切って放心したように、はあ、と、大きく息を吐いた。
「ごめん、もう、大丈夫だから」
「一応、救護室いっておいた方がよくないか?」
多分、発作は治まったのだろう。けれど、普通に動いて大丈夫かどうかは不安がある。俺の言葉に、少し血色のよくなった顔で薄く笑って首を横に振り、いっちから体を離して壁に寄りかかった。
「大丈夫だから、二人は先に開会式に行って」
「何、言ってるんだよ、具合悪い修、一人置いていけないよ」
身を乗り出していう、いっちの言葉に、俺も同意して頷いた。
とにかく、抱きかかえてだって救護室に連れて行こうとしたとき、開会式が始まるから集合するようにというアナウンスが流れた。
修は難しそうな表情ですっと視線を背けた。騒ぎになって、周りに心配をかけたり、目立ったりするのが嫌なのかもしれない。さっきからの修の話し方を見ていると、発作には慣れているように感じたし、今は、緊急を要する状態じゃないようだ。
「先に行って先生にうまく言っておく。いっち、修を頼む」
立ち上がっていっちに言うと、ほっとしたように頷いた。
修は、俺の方を見ず、自分の膝に視線を落としている。こめかみ辺りの髪が、汗でしっとり濡れていた。首にかけていたタオルを外して、修の視線の先、膝の上にぱさりと置いて、体育館の中へ戻った。