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P12

 暗い自室、デスクライトに照らされたノートの上を走らせていたペンを止めた。

 夕方の修とのやり取りを思い出していた。

 自分の顔が、嫌い。ひどいブサイクだったら、自然に納得できる。けど、修の顔を見て貶す者はいないだろう。

 いや、嫉妬で何か言うヤツはいるかも。修は、他人の悪意に傷つきやすいタイプのようだし。髪を長く伸ばして顔にかけているのも、無表情にうつむきがちなのも、きっと、隠すためなのだろう。いつも、へらへらぽわんとしている修が、あそこまで動揺するなんて、きっと、余程の事があったのに違いない。なにか、トラウマになるような。


 ん、と、弟の声がして、二段ベッドが寝返りの衣擦れの音と共に軋んだ。

 無意識に息を殺してそっと振り向く。

 俺と弟の朝陽が一緒に使っている部屋は、真ん中に二段ベッドを置き、入り口側が弟、奥側を俺が使っている。ベッドの上段が弟で、俺の部屋側の天井にカーテンレールを渡し、逆に二段ベッドの下段、俺の使っている方は弟の部屋側にカーテンをかけて、お互いの机の灯りとプライバシーが漏れないようにしてある。部屋は5.5畳なので、ベッドの上と、約二畳分の床がお互いの専有面積って事になる。

 机の上の小さな時計を見ると、23時38分を表示していた。

 もうすぐ、12時か。

 疲れに、じり、と痛む目を両手で抑えて大きく息を吸い、そのまま伸びをして頭の後ろで手を組んだ。

 ま、修の事は、あれこれ考えたところで、何があったのか、何を思っているのか、本人に聞かない事には始まらない。もっと親しくなっていって、俺の事を信用してもらえるようになれば、そのうち、向こうから話すだろうし。

 しんとした部屋に、リビングで両親が、もしくは父と母のどちらかがみているテレビの音が漏れ聞こえてきていた。意識を向けると、すう、すうと、弟の寝息も聞こえる。

 俺も、寝るか。シャープペンをノートに挟んだままぱたりと閉じ、デスクライトのスイッチを切って席を立った。


 クラスマッチの日は、見事な晴天になった。

 昨日まで梅雨空だったせいか、降り続いた雨が空気を洗って、思い切り深呼吸をしたくなるような清々しい朝だった。っていうか、した。きれいな空気を吸い込んで、すごく気分が良かった。

 全校生徒が参加するという事で、会場は、市の体育館を借りて行われる。

 俺は、他県から来て日が浅く、場所がわからないといういっちと待ち合わせて一緒に行った。


「みー、やたら機嫌いいね」


 って笑われたくらいだから、楽しみにしているのがにじみ出てしまっていたのだろう。

 体育館は、中学の頃、バレーの大会や市のイベントでも使われる事が多いから、何度か来ているので、勝手知ったる、というか、懐かしい場所だ。二階の観覧席の一番奥にクラスの場所を確定させ、ふらりとその場を離れた。


 イベント特有の、どこかそわそわして落ち着かない、非日常な気配。

 広い体育館の、懐かしい空気。生徒や教師でごった返す廊下を、所々体を斜めにして人の間をすり抜けながら歩いた。

 狭いサブコートを覗くと、ネットの支柱だけ立ててあって、誰もいなかった。ゆっくり、周りを見回しながら入っていった。点数板、その両側に置かれた折りたたみの椅子、窓にかかる、黒い厚手のカーテン。

 床には、様々な競技のコートを示す色とりどりのラインが引かれ、思い切り見上げた天井には、水銀灯が等間隔に吊り下げられている。

 この場所に最後に立ってから、まだ一年も経っていないというのに、自分でも引くくらい、胸がぎゅっとする。

 チームの技術力には、不安が残る。もっと練習してから臨みたかったけれど、与えられた練習期間はどのクラスも同じだったし、できる限りの事はした。

 一組は、雰囲気のいいチームだ。あとは、楽しもう。心を鎮めて、みんなのいる観覧席へ戻った。


 一組のメンバーが座っている席を見下ろしながら、観覧席の最上段の通路を歩いた。

 なにか、様子がおかしい。

 一番下段の列、手すり手前の通路で、いっちと修が立ち上がり、何か話している。

 ってか、修、今日は眼鏡も掛けていないし、カオだしているんだ。いっちは、うれしそうに修に何か話しているが、修は対照的に、段々と表情が暗く、厳しくなっていっている。いっちの言葉を遮るように、修が短く何かを言い、ぱっと踵を返して階段状の通路を駆け上がり、俺の脇をすり抜けて足早に行ってしまった。

 修を見送って視線を戻すと、いっちが唖然としたようにこっちを見上げていた。ケンカ、というのでもなさそうだし。いっちに近寄って、声を落として聞いた。


「いっち、修の様子がおかしかったけど、何があった?」


「何って。今日はメガネしてないし、雰囲気が違うって、せっかくきれいな顔しているんだから、いつもそうしていればいいのに、みたいに」


 きれいなかお。あの日、俺も確かに同じような事を言った。

 さっきの修の表情は、あの時と同じだった。青ざめ、辛そうな様子で、すれ違う俺にも気づかなかったようだった。それだけ、必死で立ち去らなければならない何かがあったって事か? 観覧席に座っている一組の連中のうち、何人かが俺たち二人を見ていた。


「どうしたの?」


「いっち、ちょっと」


 目で合図をして、修の後を追うように最上段の通路に戻った。

 ざわついた体育館内では、少しでも離れれば話す内容は聞き取りにくい。通路の途中で振り返り、いっちと向き合った。


「修、探すぞ」


「え、何? 確かに様子、おかしかったけど」


「よくわかんないんだけど、修、顔の事言われるの、だめらしい。

 多分、半端ないトラウマレベル。探した方がいいと思う」


 言い終わるのとほぼ同時に、一階に下りる階段を目指して通路を進んだ。いっちもついてくるのを背後に感じる。

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