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パラパラと、確実に、練習に参加する者は増えていき、昼休みの練習には、時々担任の椎野も顔を出すようになって、そんな時は俺や須貝君もスピードのある球を受ける練習ができた。
やがて、一組のバレーに割り振られた生徒全員が昼休みの練習に参加するようになった。学校の行事だから仕方なく、というのではなく、自主的に練習に参加し始めた、というのが、精神的にも大きな影響を与えていたのだろう、ぐん、と上達し始めた。
まず、顔付きが違う。集中力が違う。そして、楽しそうにしている。
誰かがいいプレイをしても、ミスをしても、明るく声を掛けあっている。パスは長く続くようになり、速い球を回しても、キチンと返せるようになってきた。これなら、ラリーが全く続かずに試合終了、なんて事にはならないだろう。
修が、練習をしたいと言い出してくれたから。
正直、チームの中で一番下手だった修が、くじけずに練習を続けてくれたから。
周囲には、一組以外の、一年以外の練習の輪ができていた。どのクラスも、良さそうな雰囲気でボールを回している。
きっと、自分がそのきっかけになったとも知らず、ひたすら白球を追っている修に、いつか、何か恩返しがしたい、と思った。
昼休みは集まりがいいが、放課後となると、みんな塾やなんかがあって、そうはいかなかった。多くても半数が参加すればいい方、その日は、俺と修の二人きりだった。
日が伸びて、風は心地よかったが、動くと汗ばむような陽気だった。
一対一で練習をすると、さすがに落ち着くのか、まったりと、けれど集中して効率よく動けるようだった。
弟を迎えに行く時間が近付き、練習を切り上げて、外の水道で二人並んで顔を洗った。
タオルで水滴を拭って、ふと修を見て、ぎくりとした。黒縁の大き目の眼鏡は、外して水道のコンクリート製の台の上に置いたまま、長く顔にかかるようにおろしている髪は、水滴の湿り気を残して後ろに流していた。
陶器のように滑らかな白い肌を、体を動かしたせいか上気させ、何色、って例えればいいんだろう、そう、濃いピンクのバラの色みたいな唇を少しだけ笑いの形にして、潤んだような黒い目で遠くを見ていた。
いっちが、アイドルみたいなパッと目をひく美形だとすると、修は、またそれとは違った、うまく表現できないけど、中性的で、人間離れした透明感、っていうか、妖精とか天使みたいな。
思わずじっとみていると、俺の視線に気付いて、気まずそうにすっと顔を背けた。
ええ、なんで隠そうとするんだよ。新発見がうれしくて、妙にテンションが上がって、修の肩を掴んで振り向かせた。
「今まで気が付かなかったけど、修ってめっちゃきれいな顔してるのな」
パシ。
俺の言葉に、修は怯えたような表情に変わって、反射的といった風に肩を掴んでいた俺の手を振り払った。
その反応に驚いて、心情を探るようにさらにみていると、ごめん、と、震える声で言って置いてあった眼鏡を急いで掛けた。真っ青な、強張った顔をしている。
「いや、こっちこそ。大丈夫か?」
褒めたつもりだったけれど、気に障るような事を言ってしまったのだろうか。咄嗟の反応の真意を窺いたくて修の様子を見ていると、おずおずと頷いて、髪を手櫛で解いていつものように顔を隠すようにおろした。
「立ち入るようだけどさ、なんか、あった?」
「顔、きらい、だから」
絞り出すように言うのを聞いて、申し訳ない気持ちでいっぱいになったが、これ以上謝るのも違う気がするし、なんだか気まずく曖昧なまま、それぞれ帰宅した。