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「誰かたすけてつかあさい」
「自業自得でしょ〜」
宇美ちゃんは机に項垂れる私には欠片も興味なさげにお弁当を食している。一瞥もよこしてくれない。冷たい。でもそこがいい。
いや、そうだよ。確かに自業自得だよ。0歩も譲らず私が悪いよ。初対面であんな態度はない。嫌われるのも当然だ。
ある日の地獄の図書当番中。私は迂闊にもシャーペンを忘れてしまった。ので、清水の舞台から飛び降りる心地で魔王様に拝借願い給うた。魔王様はあの、人を石に変えてしまいそうな眼差しで私を見つめた。ほんとこめんなさい。バカですみません。
「どうぞ」
「……消しゴムは大丈夫です。ありがとうございます」
「……」
なぜか魔王様がシャーペンと共に消しゴムまで差し出したので、私は必死にメデューサの呪いを解いて返しただけだ。なのにどうきて魔王様の怒りの波動に襲われなければならなかったのか? いくらなんでも理不尽だ。
またある日の地獄の図書当番中。私と魔王様は司書さんから長期資料延滞者のチェックを命ぜられた。黙々と貸し出しカードをあらためていたとき、私はつい呟いてしまった。
「ああ、この人もう1年も返してない」
「それはひどい」
西戸崎くんは神妙な面持ちでうなずいた。か、かかか会話が続いた! 感動? 震撼? で固まる私に、彼はにこりと微笑む。
「人に借りたものを返さないのは、泥棒と同じですよね」
「そうですね」
魔王様の微笑みは徐々に凄みを増していった。
「人間の屑」
「……」
「そうですよね、松原さん」
「……はい」
何が地雷だったの。私のような民草が一丁前に声を発してしまったことですか。まるで私が延滞者であるかのようにその日はずっとチクチクと責められた。
またまたある日も、またまたまたある日もそんなことが繰り返された。確かに嫌われてしまったのは私のせいだが、理不尽なことでいちいち寿命を縮められねばならぬのか。このままだと1年のうちに私の命は尽きる。こんなのぜったいおかしいよ!
涙を流しつつ訴える私に、お弁当を食べ終わった宇美ちゃんはやはり一瞥もよこしてくれない。長い睫毛に縁取られた涼しげな瞳は、図書館の本に向けられている。哲学者がエロティシズムを語った本だという。女子高生の趣味じゃない。でもそこがいい。ちなみに彼女が図書館へ行ったのはもちろん私と魔王様の担当じゃない平和な日だ。
「あきらメロン」
「諦めたらそこで死にます。姫様に会うまで死ねません」
「そっちもあきらメロン」
そんな……ひどい。姫様のタオルに顔をうずめる私に宇美ちゃんはつれなく言う。
「自己啓発本でも読んでみたら」
慰める言葉を考えるのも嫌なの? 宇美ちゃん。
職場の上司に借りたのよね〜読んでないけど〜と姉さんが又貸ししてくれた本を開く。
『最悪の事態を想定し、それを受け入れることが基本』
『大丈夫、と10回唱えよう』
もう最悪の事態であるときは、一体どうすればいいんでしょう。
『最高を目指さず、最悪を避けよう』
私の場合まだ避けれそうな最悪は、姫様とこのままずっと出会えないことだろう。そうだ、魔王様にびびってぐちぐち言ってる場合じゃない! さっさと図書当番で人脈を広げて姫様を見つけ出し、感謝の気持ちを伝えなければ!よっしゃ、啓発されたぞ! 私は立ち上がって拳を突き上げた。