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第六話 日常交錯・一般論より得るものは


古羽西(コバニシ)の七不思議〜?」


「シロさんは何か知らないすか?」



 放課後。部室を訪ねると、シロさんが珍しく一番乗りでまったりと寝転んでいたので訊いてみた。



「……聞いたことないなー。それって有名なの?」


「有名かは知らないですけど、かなり昔からある話みたいすよ」



 ハナコさんが高校に居着いたのが約二十年前。その頃には既に原型はあったとみるべきだろう。


 古羽奈西高校は突出した特色こそ少ないが、創立百年をこえていて歴史だけはある。建物や設備も年季の入ったものが多く、その手の話が残っていてもおかしくはない。



「そうはいっても、この歳になって怪談話ってのもあんまりねー」



 シロさんの一言に、俺は言葉が詰まる。


 十数年前、俺たちが小さい頃には妖怪やら都市伝説がブームになった時期もあったが、昨今ではそれも下火だ。まして小学生ならともかく、高校にもなって真面目に語らう内容ではない。



「やっぱり、流行んないんすかね……」



 ファンタジー好きとしては、やや寂しさを感じる。

 たしかに、まぁ、色々とやり尽くされている感のあるジャンルではある、が……。



「俺もその手の話は嫌いじゃないんだけどねー。日常的に出る話題ではないよねぇ」


「……まぁ、そうですよね」



 実際にそれが日常に食い込んできている立場からすると、相当に矛盾した会話だな。



「つーかなに、フミやん。今度は怪談ネタでも書くの?」


「あー……。まぁ、そんなトコで」



 適当に誤魔化しつつ、本棚を眺める。


 学校の歴史と同じく、我が文芸部もそれなりに歴史が長い。本棚には資料用と称して歴年の部員たちが持ち寄った書籍が大量に詰め込まれていた。


 有名どころの詩集・文集はもとより、戦国時代の武将伝から数年前の科学雑誌、近代兵器図鑑、シリアルキラー名鑑、動植物の写真集……。

 ジャンルの絞り込みもなにもない雑多なラインナップ。よくもまぁこれだけ色々な嗜好の持ち主が集まったものである。


 そのなかから俺が取り出したのは“世界の妖魔・幻獣百科”。世界各地の怪物、妖怪、モンスターをイラスト付きで紹介したものだ。


 既にひと通り目を通したことのある本だが、目当てのページを探しながらシロさんの背中の上を盗み見る。


 そこではやはり小人が二人、楽しそうに飛び跳ねていた。



 改めて観察するとこの小人たち、何処かで見たことがあるような気がする。唐草にも似た模様がほどこされた着物を羽織り、腰の帯で締めたスタイル。同じく特徴的な意匠の鉢巻き。


 顔立ちと雰囲気からして西洋圏の怪異存在ではなさそうだし……。



「やっぱりコレに似てるな」



 そのページに描かれているのは同様の民族衣装を身にまとい植物の下に立つ小人。



 ――――コロボックル。


 “フキの葉の下に棲む人”を意味する名の蝦夷地――――かつての北海道はアイヌ民族に信仰されていた妖精の一種。

 人間に狩猟、漁業、土器や服飾の生産などの生活技術を伝え、食料を分け与えて友好的に過ごすなど文化的な生活を営んでいたとされる。


 一部では人間との確執でさらに北の大地へと去ったとも語られているが、いずれにしても伝承の中の存在だ。




 朝方の木霊ネズミやらハナコさんやらの妖怪モドキと相対した以上、実存していてもおかしくはない、んだろうが……。なにゆえ関東在住の一個人にひっついているのやら。



 楽しそうに踊っているところをみると自発的について回っているように見えるが……。





「あれ。それコロボックルじゃん。なっつかしーなー」



 ひょいと顔を突っ込んできたシロさんが俺の本を見て言った。



「懐かしい……?」


「ちっちゃい頃、じいちゃんばーちゃんがよく話してくれたんだよなー。ウチの畑にはコロボックルが棲んでるんだーって」



 嬉しそうに遠くをみるシロさん。



「え、でもこれって北海道の話じゃあ」


「いや俺、生まれは北海道だから」



 言ってなかったっけ? と首をかしげる。初耳ですよ完全に。



「小四のときに引っ越すまではじいちゃん家に住んでたからー、夏場は畑の周りではっちゃけてたなー。すっごい広いフキ畑でさー。のどかでいいとこだよ」



 また行きたいなー、と呟くシロさん。



 ってことは、なにか? 元は北海道に住んでいたこいつらがシロさんについてきている、ってことか?


 思考の渦を巻き上げながら、俺は仮説を組み立てる。


 コロボックルは世界各地にある小人信仰からなる種族のひとつ。自然物を人間の形でもって具現化した、“精霊”に近い存在のはずだ。

 住処である土地ならともかく、元々の縄張りを離れてまでシロさんに付いてまわる理由がある、のか……?



「……シロさん。その、じいさんから聞いた話ってどんなのですか?」


「んー? そーだなー。コロボックルが居るからウチの畑は毎年豊作になるんだー、とか。大地の神さまの親類みたいなもんだから、大事にしなきゃだめなんだぞーっても言われたなぁ。神棚にも祀ってあったし、ウチの守護神みたいなものなのかな」


氏神(うじがみ)、ってやつですか?」



 氏神。


 先祖代々信仰されつづけ、ごく一部の範囲で神格化された神様だ。


 偉業を成した先祖の人霊や、その土地に縁のある霊異……河童や鬼などの妖怪の類が対象になることもある。八百万の神が根付くこの国にはそういった土着信仰も数多い。



「そこまでカッチリしたものでもないんだけどねー。信仰してるって言っても、多分もう、じいちゃんとばあちゃんぐらいの話だし」



 信仰……。


 そう聞いて、午前中の教室での一幕が思い出された。



「シロさんは――――信じてるんすか? コロボックル」


「信じてるよー。だって会ったことあるし」



 ためらいなく、シロさんは答えた。



「会った……?」


「あー! 信用してないっしょ。マジで見たんだよ俺。ちっちゃい頃の話だけどさぁ、畑のなかで跳ね回ってたんだから!」



 プンスカ怒るシロさんだが、ならアナタの頭上で飛び跳ねているそれに無反応なのは何故ですか?



「ちなみに、どんなヤツだったんすか?」


「この本と同じよーな格好でー、大きさがこんぐらいでー」



 ジェスチャー混じりに説明するシロさん。その熱意にあてられるようにコロボックル一号二号も肩の上で頷き返す。



「二人いたんだけど、ひとりはおかっぱ頭でー、もうひとりは髪が長くてー、こう、後ろで纏めててー、肌が白くてー、目が小さくてくりっとしててー、人形みたいで可愛かったんだよー」



 シロさんが表するその容姿を肩の二体と比べると、髪型から顔つきまで相違ない。おまけに可愛いと言われたあたりで恥ずかしそうにはにかみながら身を捩りだした。


 本人? で間違いないようだ。




「シロさんって、霊感とかあるほうなんですか?」



 これだけ的中していると見えているとしか思えない。

 しかしシロさんにはカラカラと笑って否定される。



「やー、幽霊とかは見たことないなぁ。てゆうか、そんなの見えたら怖くてやってらんないよ」


「そっすか……?」



 至極暢気な語調から恐怖心はうかがえないが。



「だってさー、生首だったり首無しだったりドログチョだったりするのがうろついてたらキモいじゃん」


「あー……」



 なるほど、そういうイメージか。


 やたら明るく騒々しい連中ばかりだから、そういう負の面からみた幽霊の印象が薄れていた。



「それは、アレっすか。ゾンビのハザード的な」


「見えると霊のほうから寄ってくるっていうしねぇ。やっぱ落ち着かないし危険でしょ」



 一理ないこともない。


 幸いにして、そういったグロテスクな連中には今のところ遭遇していない。だが幽霊だって元は人間である。良いヤツばかりとはかぎらないし、不用意に交流をもつのは本来なら考えものかもしれない。



 ――――まぁ、そんな一般論はどうでもよく。



 シロさんの話も含めて、おぼろげだが幽霊が憑いている人間の法則がわかってきた気がする。


 しかしまだ仮説の段階だ。断言するにはまだ情報が足りない。もう何人か、話の聞きやすいやつが居ればいいんだが。




 そんな風に考えていたら、渡りに船とばかりに都合のいい連中がやってきた。



「だーかーらー、それはやっぱり考えすぎだってば姫ちゃん」


「でっ、でもでも! 大切なことなんだよっ」



 女子特有の開けっぴろげな話し声を響かせ、やってきたのは我らが文芸部の姦しコンビ。


 開いた扉の向こうから、呆れた表情のタマが気弱な下がり目の姫爾先生を引き連れてやってきた。



「タマちゃん姫さん、こんちゃーっす」


「なに先生イジメてんだお前は」



 シロさんと俺が言うとタマは露骨に不満を露わにする。



「別にイジメてないし。姫ちゃんがあんまりオトボケだから心配してるだけだし」



 それはそれで軽く馬鹿にしてないか?


 ほらそこ。姫爾さんも落ち込んでないで。怒っていいところだと思いますよ大人として。



 どっかと音を立ててタマは定位置の椅子に座り、姫爾さんは静かにソファーへ腰掛ける。



「なんか騒いでたみたいだけど、何かあったの?」


「姫ちゃんがお化けがコワいって泣いてたの」


「泣いてないよっ!?」



 そこだけは力強く反論する姫爾さんだが、興奮して緩んだ涙腺が目を潤ませており説得力はあまりない。



「おばーちゃんがいるかとおもうとちょっと緊張しちゃって空回りしちゃうだけだもん!」



 話が見えないシロさんは首をかしげているが、俺には大方の流れがつかめた。まだ引きずってるのか昼間の話。今どき珍しいぐらいに信心深いな。


 姫爾さんの頭上に眼をやると、授業のときと同じ老婆の霊がプカプカと浮かんでいた。姫爾さんよりもややおっとりした印象が強いが、これは年季の違いからくるものだろう。下がりがちな眉と眼差しがよく似ている。


 そんな姫爾さんの婆さんは、少し困った様子で自分の孫を見守っていた。ちらちらと俺やタマ、シロさんの様子をうかがいながら、申し訳なさそうに眼を伏せている。


 なんとなくだが、言いたいことはわかる気がした。

 成人した自分の孫がこんな調子じゃ心配にもなるわな。



 しかし実際問題、俺が原因の一端ではある。フォローしてやりたいのは山々なんだが、どう口添えをしたものか。



「ねぇ浦賀くん! 今おばーちゃん私の後ろでなにしてる!?」



 悩んでいたらストレートに訊いてきやがった。というか、姫爾さんの中で俺は完全に見霊るヒト扱いなのか?



「え、なに。幽霊ネタの火種ってフミヤなの?」


「なになに? 何のハナシー?」



 興味をひかれたタマとシロさんも俺に視線を投げかけてくる。



 さて、面倒な流れだ。

 俺は溜め息を吐きたい気分で考える。



 情報を集めたいのは山々だが、あまり根掘り葉掘り問い詰められるのは好ましくない。

 適当にお茶を濁すのが最良だが、付き合いの長いタマと勘の良いシロさん相手に下手な誤魔化しは効かないだろう。


 ただの冗談のひとつで流せばいいんだろうが――――それは何か、違う気がした。



「……たいした話じゃないですよ。姫爾さんの婆さんが心配するから、しゃんとしろって言っただけっす」



 俺は午前の授業中の顛末を二人に話す。


 それを聞いた反応は、随分と対称的だった。



「あほくさ」


「姫さんらしいねぇ」



 タマは呆れてにべもなく、シロさんは飄々とした笑みを浮かべる。



「背後霊……いやこの場合は守護霊か。なかなか話の広がりがありそうなネタ(・・)じゃない」



 さっきまでの話の流れから、新作構想の一環だと思われたようだ。都合がいいので否定せず黙殺する。



「姫ちゃんもいちいちそんな話を真に受けてたらキリないでしょ。いいかげんシャッキリしなさいよ〜〜♪」



 上から目線で笑いながらタマは言う。


 低身長なタマだが姫爾さんはそれに輪をかけてチビなため、見下ろせるかたちとなるのがタマにとっては嬉しいらしい。

 端から見ていると同レベルのじゃれあいにしか見えないのだが、まぁこれも仲の良いうちに入るのだろう。


 ネタ扱いが癪に障ったのか、姫爾さんはむくれて言う。



「二人は幽霊って信じてないの?」


「どっちでもいい」


「否定はしないけど、信じてはいないかなー」



 ほぼ同義の返答を返す二人。タマはともかく、シロさんの答えは意外だった。



「コロボックルは信じるのに幽霊は信じないんすか?」


「うーん……、だって見たことないしねぇ。世界のどこかには居るのかもしれないけど、自分の身の回りにいるのかって言われるとちょっと自信ないなー」



 なまじ“コロボックルに逢った”という記憶があるぶん、シロさんは“他の霊異が見えない”という現実が浮き彫りになっている。見えない以上は、存在を肯定しにくいということか。ある意味で理路整然としている。



「信じるのは自由だし、頭ごなしに否定する気はあたしもないけどね。それで生活がガタガタになったんじゃ意味ないっしょ」


「ごもっとも」


「うー……」



 姫爾さんは納得できない様子だが、至極当然な模範的回答ではある。一般人にとって幽霊というのは結局、そんな程度の存在なのだろう。


 敬い悼み恐れ親しみ愉しみ。色彩豊かに感情を呼び起こしながらも、結局それは“現実”とは遠い領域の話。ただ自分たちが満たされるための、便利な概念のひとつにすぎない。


 なにせ死人には口がない。どう想い描こうと、文句を言われる道理も筋合いもないのだ。


 結果としてその存在はさらに上書きされていき、流動的に変わっていってしまう。



「このぶんじゃ七不思議の情報も期待できなさそうだな」


「七不思議?」


「古羽西にもそういう怪談があるんだって」


「へぇー、聞いたことないわね。どんな話?」



 少し興味をひかれたか、タマは身を乗り出してきいてきた。



「詳しくは知らねえが、今のところ分かってるのは男子トイレに出る“トイレの華子さん”。それと校内を徘徊する“さまよえる用務員”のふたつだな」


「……華子さんはわかるけど、なんで男子トイレ?」


「知らん」



 当人(・・)曰わく、そのほうが愉しいらしい。とても口には出せないが。



「アレじゃない? 実は華子(ハナコ) 康次郎(ヤスジロウ)とかいう男の霊とかいうオチじゃあ」


「いや、成人女性らしい」


「なにその男の妄想が具現化したよーな妖怪は」



 そう評されるのも無理はあるまい。どう考えても恐怖の前に笑いを取りにきているような連中だ。実際逢った俺がいうのだから間違いない。


 あまりのくだらなさに鼻で笑うタマ。しかしその隣にいた姫爾さんは真剣な様子で顎に手をあてていた。



「……ねぇ、浦賀くん。“さまよえる用務員”って、ひょっとして素行不良の生徒相手に箒で殴りかかってくる――――ってやつ、だったりする?」


「知ってるんですか!?」



 あのときたしか、ミキダさんは風紀がどうとか言っていた。あの見事なまでの箒さばきといい、合致はしている。



「いや、知ってるというか……。私もこの学校のOGなんだけどね。学生のころ読んだ文集に、そんな話が載ってたような覚えがあるの。たしかずっと昔にあったサークルの卒業制作かなにかだったはずだから、図書館にいけば今もあるんじゃないかなぁ?」





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