表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/12

第九話 夜天散策・丘の御社で出会うのは


 ヒトダマたちの道標をたどり、二十分と少々。思った以上の長距離にじれったくなって途中から駆け足に移行した。おかげで全身から汗がにじみ出てきている。カッターシャツの張り付く感触は昔から嫌いで不快だった。


 場所はすでに街外れ。完全に日没を迎え、まばらになった人工の光に代わり、より数を増やしていくヒトダマたち。空を仰ぎ見れば数千にものぼりかねない大群が、おおきな奔流に沿うように宙を往く。


 灯籠流しのようだ――――というか流れているのが比喩でなく本物なんだよな。綺麗だからいいんだけどさ。



 しかし、やっぱ向かってるのは瀧備山(タキビヤマ)のほうか。



 住宅街から離れ、田畑が増えだしたあたりにある標高数十メートルのちょっとした丘。公園と市営の運動施設が隣接した、この街で最も緑が多い場所。頂上までの林道も整備されていて、散歩コースとしても市内では有名だ。


 とはいえ夜間は街灯が少ない分、ほとんど人が寄りつかない。数メートル先の足元すら見えないため、下手すれば道から脚を踏み外し愉快に坂を転がり落ちることになる。



 ――――まぁ、今は要らん心配だけどな。



 ひとつひとつのヒトダマは雪洞(ぼんぼり)程度の明るさだが、それでも折り重なれば光量は相当なものだ。真昼のようにとはいかないが普通に数十メートル先まで目視可能である。

 霊能者ってのは夜目がきくイメージがあるが、案外こういう理由なのかもしれない。



(それにしても随分と集まってるよなぁ)



 その光景に、俺は改めて感じ入る。遠くに見える市内中心の繁華街の光から、次々と産み出されるようにヒトダマが飛び立ってくる様子は圧巻だった。この様子だと、街中のヒトダマが全部集まっているのかもしれない。その向かっている先は、この瀧備山の頂上だ。

 たしか一番上に御社みたいな場所があったから、そこに向かってるのかもしれない。


 ここまできて反転する理由もなく、山頂への道を往く。さすがに駆け上がるのは厳しいのでゆっくりと。宙を漂い同じ道程を往く、ヒトダマたちの速度に合わせて。



 そういや、無縁仏が自分で自分を供養するって話があったな。葬式もなにもしてもらえず、あてもなくさまよう霊魂が神社仏閣を廻るとか、何かで読んだな。


 たしかそのとき、そいつらが歌う唄があった。



「通りゃんせ 通りゃんせ


 ここは何処の細道じゃ


 天神さまの細道じゃ」



 小さく口ずさみながら林道を往く。

 有名なわらべうた、通りゃんせ。情景的にも具合がよく、興が乗ってきたので続けて唄う。



「ちょいと通してくだしゃんせ


 御用のないもの通しゃせぬ


 この子の七つの御祝いに


 御札を納めに参ります


 行きはよいよい帰りは怖い


 怖いながらも 通りゃんせ


 通りゃんせ――――」



 静かな林の奥深くへと、唄は渡っていく。合いの手を入れるようにヒトダマたちが、ヒョコヒョコと宙を跳ねてみせた。俺のまわりをぐるぐると踊るように。

 音痴ではないがさほど上手くもないと評される俺の歌声だが、気に入ったんだろうか。


 うろ覚えな部分の歌詞を鼻歌でごまかしつつ、山頂を目指して歩く。三周目の二番が終わったあたりで到着した。


 小さな庭付き一戸建てが収まる程度の敷地。玉砂利が敷き詰められ、石造りの腰掛けが設えられているのみ。振り返れば市内が一望できる眺望だけが美点といえば美点か。

 その片隅に、御社は記憶通り存在していた。注連縄が掛けられ、わずかに寄せ木細工で飾られた木造建築。

 ふもとにある神社の本殿と比べればかなり寂れているが、整備の手は入っているのか思っていたより荒れている様子はない。



(つーか既に飽和状態じゃねぇか)



 広場の四方八方、上空も含めて席巻する集まりに集まったヒトダマの大集団。もはや提灯飾りとは形容しきれない、個々の判別も難しいほどに密集したそれは頭上で巨大な光球と化している。

 太陽ほど(まぶ)しくなく、月明かりほど朧気でなく、不思議なほどに優しい光。ある意味で“命の煌めき”ともいえるものならば、それも当然か。



 ここにヒトダマたちが集結した理由が在るはずなんだが……。


 何かあるのか? と周囲を見回すが、あまりに大量のヒトダマが視界をさえぎっている。ちょっとどいてくれんかな、と考えているとすぐさま視線の先から退いてくれた。空気の読める霊魂たちである。


 木々の間を探索しながら御社の裏手にまわり、そこでふと、ひっかかりを覚えて足を止める。

 集中して五感を研ぎ澄ますと、林のむこうからなにか聞こえた。



「…………スター。は……しないと……」


「………てる。けどっ……」



 小さいが、話し声だ。誰か居るらしい。物音を立てないよう、接近を試みる。草むらの向こう側を覗き込み、見えたその光景に俺は身を固くした。






 起伏の多い木立の丘で、わずかに拓けた比較的平坦なスペース。


 幾千のヒトダマが円陣を組んで取り囲むその空間に“それ”は居た。



(なんだあの青い……“ぷるぷる”?)



 一言で言い表すと、そうとしか描写できない。


 霊魂の光に照らされ姿をみせたのは、人の背丈を軽く超えるほど盛られた液状物体。海の色をおもわせる深い蒼のそれは、うにうにと半固形の表面を震わせてそびえ立っている。


 幽霊、精霊、妖怪、人魂。今日一日、色々と見てきた身でいまさら動揺もしないが、しかし今までとは確実に何かが違った。

 俺は息を殺して、ひたすらに耳を澄ます。



「……なんだかいつもより気配が多くないですか、マスター」



 やはり声がした。それも脳に直で響く霊の“声”とは違う、鼓膜を震わせる声。それに合わせてジェル状物体はぷるぷると表面をうち振るわせている。

 まさかあれが喋ってる、のか? というか、いま御主人(マスター)って言ったよな?



「……うん。妙にコントロールがしにくい……」



 別の声がした。やはりまだ誰かいるらしい。さらに様子をうかがおうと首を伸ばす。しかしその際、踏み出した足元の枯れ枝が音を立てて折れた。

 やばい、と思うより早く目の前の“ぷるぷる”が動く。


 うにうにとしたモーションから一気に全体をしならせて、最頂部分を伸ばして振るう。鞭の先端が俺の右こめかみを狙った。


 ドッパァァァン! と飛沫を立てて(・・・・・・)ぶち当たる。



 見ためより衝撃は少ない。バケツの水をぶちまけられた程度だ。が、半固形の液体が俺の顔面と全身にまとわりつく。片膝をつかされた状態で口にはいったそれを慌てて吐き出し、顔をぬぐって薄く瞼を開く。


 うねる“ぷるぷる”の向こう側に、隠れていた人影が見えた。

 古びた外套で身を包み、フードを目深にかぶって顔は半分も見えない。しかし僅かにみえる体つきと線の細さは女性であることをうかがわせる。先に聞こえた声と合わせてみるに、かなり若い。



 女の子。

 外套で身を隠した姿。

 手にした杖。

 御主人(マスター)

 青い“ぷるぷる”。




 それらのキーワードが一直線に並び、雷鳴のような閃きを俺にもたらす。


 俺はこいつを、いやこいつら(・・・・)を知っている。

 見たことはないが、知っている。



 それに気づいたときには、既に彼らは駆け出していた。人影が林の奥に向かって走り、青い“ぷるぷる”も見た目からは想像できない速さで跳びはねる。



「ま、待っ……でぇっ!?」



 追いかけるべく立ち上がろうとしたが、粘液に脚をとられて豪快にすっころぶ。


 打った頭をおさえて顔を上げたときには、その姿は既に影もかたちも消え去っていた。






     ※



「踏んだり蹴ったりだよこんちくしょう」



 家に帰るなりの第一声はとりあえずそれだった。


 謎の液状物体エックスにまみれて帰宅した俺を待っていたのは、誰もいない無人の我が家。そういえば母さん、今日は会社の食事会で遅くなるって言っていたな。忘れてた。

 晩飯は自力で用意する必要があるわけだが、いまは脇に置いておこう。メシの前に現状をどうにかせねば。


 洗面所に向かい、使い古しのタオルで顔を拭く。髪の毛と、制服についたものもなるべく丁寧に拭き取っていく。派手にぶっかけられた割には繊維の奥まで浸透しておらず、簡単にとれた。


 どうでもいいけど“粘性の液体をぶっかけられる”という表現は無意味にいかがわしい気がする。それを独りで黙々と処理する、という描写も何か寂寥感のようなものを感じる。いや本当にどうでもいいけど。


 ……妙な方向に思考がそれた。疲れてるのか、俺。

 大きく息を吐いて、気を入れ替える。



 果たしてこの液状物体は“何”なのか? 通常であれば、まず人体に有毒なのか否かを気にするべきなんだろうが、俺はそこは問題ないと半ば確信していた。



 俺の推測が正しければ――――。



 ひととおり全身を拭き終えて、重みを増したタオルを見る。白い生地は青みがかった色へと変わっていた。


 俺はそれを床に置き、じっと見つめる。



 さて、なんと(・・・)話しかけたものか(・・・・・・・・)。やはりまずは挨拶から入るべきか。

 咳払い一発、仕切り直して声に出す。



「……あー……そろそろ出てきてくれないか。その、スライムさん(・・・・・・)?」



 返答は返らず、しかし変化として返ってきた。


 タオル地に染み込んだ青色がじわじわと薄まり、代わりに小さな液溜まりが床に生じていく。


 十秒ほどでタオルは完全に乾いた状態に戻り、コップ一杯分ほどの液量が床に広がった。そしてうにうにと動き始め、手のひらサイズの青い“ぷるぷる”と化す。


「――――はじめまして、我が物語の担い手さま。御慧眼に預かり光栄の至り」



 響くは先刻に聴いた声。ぐにゃりと液表面を変化させてつくり出すのは、スマイリーマークのような点目と棒線の口。

 ちなみにいっておくとタマネギ型のシルエットではなく歪な半球体ゼリー型だ。若干の安堵を覚えるが、俺はその言葉に疑問符を投げかける。



「自分が物語の登場人物(キャラクター)だって自覚がある、のか……?」


「ハイ。ワタクシは貴方さまの“運命の一作”に描かれし物語の住人。“魔術師”ルリ・ストケシアと共に世を渡る人造妖獣“スライム”でございます」



 以後よしなに、と一礼するかのようにスライムは全身をぷるりと震わせた。




歌詞掲載、だけど童謡だし大丈夫……っすよね?

問題発生したら洒落にならんけど実験も兼ねて。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ